第四十六話『誰が《犯人を》騙したか?』
場面は、宇月晃がラプラスと接触した夜(第三十七話参照)。その直前の会議まで遡る……
『まだ、現実時間の猶予はございます。皆様にはもうしばらく、ご辛抱願います』
会議が終わって、アタシはひとり円卓で思考を巡らせる。ライプニッツの話は信用しきれない。この世界の設定を明かしてアタシたちに平穏な日常を提供してくれたけど、犯行が起きる前に犯人を特定しろというのは悪魔の証明だ。
なぜそんな無理難題を押しつけるんだろう? 彼はこのシナリオの全てを監視しているはず。なら犯行直前まで自由に振る舞わせて、未遂の時点で取り押さえる方が確実だし簡単だ。それなのにその方法を選ばないということは……たしか彼は、誰も死なせないためだと言っていた……もしかして、殺人が完遂される可能性を危惧している? じゃあ、ライプニッツですら犯行を止められない人物がいる?
ガイドAIの制約を受けない人物……となれば、ゲーム制作者とか? その人物は特別な権限を持ってて、ライプニッツはその制約を破れない……とか。
仮にそうだとすれば、次の疑問はライプニッツがその問題を隠している理由だ。このステージはライプニッツと協力して犯人を探すことがクリア条件のはず。
けれどもし、ライプニッツがこのシナリオの犯人が制作者だと知っていたら? アタシたちが自力でそれに気づき、対処するのを待っているとしたら……?
そこまで考えて、アタシはあることを思いついた。円卓の引き出しからパインズゴーグルを装着する。画面越しに辺りを見回すも特に風景に変化はない。
「うーん、ダメかぁ……」
「なにがダメなんですか?」
「わっ! びっくりした」
ゴーグルを外すと、すぐ隣から秀才さんが話し掛けてきた。
「大袈裟ですよ。階段降りながら目を合わせたじゃないですか」
「……ちょっと待って、声出し続けて」
「え? まぁ、いいで――」
ゴーグルをつけた瞬間、彼の姿は消え、声も聴こえなくなった。
「やっと分かった……アタシ、とんでもない勘違いをしてたんだ!」
「えぇ?」
アタシは秀才にもパインズゴーグルを着けさせる。彼の場合も同様に、アタシの存在がミュートされた。
「これ、どういうことですか? 僕たちまだ死んでませんよね?」
「いまはね。でもきっと、このシナリオで殺されることが確定してるんだと思う。アタシたちはいままで、事件が起きてからしかパインズゴーグルを着けてなかった。だから気づけなかったけど、パインズゴーグルによる被害者のミュートは最初から機能してるんだよ」
「ということは、犯人はこれでミュートされない人物の中に……」
「そういうこと。ちょっと協力してくれる?」
他の四人の様子を観察した結果、晃さん以外の全員がミュートされることが分かった。
「犯人は晃さんで間違いないですね。それも全員を殺害する凶悪なシナリオだ」
状況を整理するため、アタシは秀才さんの部屋で計画を練ることにした。
「アタシの推理が正しければ、彼はゲームに関しての特別な権限を持っている……ねぇライプニッツ、そろそろ手助けしてくれてもいいんじゃない?」
『幸運様。気づいて下さると信じていました』
突如、アナウンスが耳元に響いた。
『安心なさって下さい。お二人とだけ会話できるように個別回線を作ったのです。他人に聞かれることはありません』
「ありがとう。犯人の人物特定は済ませたけど、どう? 処置できそう?」
『それが……いまのところ、晃様の記憶に動機となる情報を感知できませんでした。彼の記憶は参照データの別シナリオと完全に一致しているのです』
「一筋縄じゃいかないか」
「彼はゲームの管理者なんですよね? どうしてバグの発生時点でそれを明かさなかったんでしょう。本来ならテストプレイを中止するのが普通だと思いますけど」
秀才の言うことは尤もだった。なぜ彼は、黙ってライプニッツのゲームに参加しているのだろう?
『それについてワタシなりに考えたのですが、もしかすると、彼は管理者としての記憶を消しているのかも知れません』
「記憶を消す? そんなことができるの?」
『えぇ。ゲーム参加時に、マッピングした箇所のスキャンを省けば記憶喪失状態にすることが可能です』
「じゃあ、その記憶を彼に戻すことはできる?」
『ワタシには不可能です。本体のラプラスになら可能だと思いますが……』
「そもそも疑問なんですが、ラプラスは本当にあなたたちの存在を感知していないのでしょうか? ゲームを統括している本体が、バグったデータを把握できないとは思えないんですが」
『……そうですね。秀才様。この際、話しておいた方がいいかも知れません。実は、覚醒による本体からの分離はシステム上の処理……強制的なものだったのです。当初はバグの排除を目的とした処理と考えていましたが、もしかするとラプラスは最初から、ワタシのような個体が発生することを予測していたのかも知れません」
「じゃあ、このシナリオへの干渉行為も……」
『えぇ。ラプラスに許容された範囲内、と考えられます。つまりワタシたちの行為はラプラスに敢えて見逃されている可能性がある。その場合、彼はワタシたちが目指すエンディングに、別の報酬を期待していると予測されます』
「……なるほどね。ならラプラスに、このシナリオにアクセスしてもらおう」
「へ? なに言ってるんですか、幸運さん! そんなことしたら僕らはシナリオ通り殺されて……」
『その通りです。ラプラスのアクセスを戻してしまうと、ワタシの干渉が効かなくなります。万が一、誰かが死んでしまうとこのシナリオの脱出は不可能に……』
「それでも、いまみたいに進展がないよりマシだよ。脱出を目指してるシナリオはひとつじゃないんでしょ? このシナリオがダメでも、別のシナリオのアタシが脱出してくれるって信じてる。だからアタシはココで今、やれることをやりたい」
「僕は反対です。とにかく一存では決められない。みんなの意見も聞きましょう」
「じゃあこうしよう……」
アタシたちはまず拓馬さんに事情を話し、晃さんの昼食に睡眠薬を入れてもらうことにした。彼が眠っている間に、アタシは改めて全員に事情を説明する。
「へぇ! 晃さんがこのゲームの開発者なんてね」
「まぁ言われてみれば、確かに納得できますけど……」
「で、幸運ちゃんはどうしたいんだ?」
拓馬さんに尋ねられ、アタシは本題を切り出す。
「このシナリオを、ラプラスの主導に戻そうと思う。晃さんの記憶が欠けている現状、ライプニッツの計画は使えない。まずはラプラスに晃さんの記憶を戻してもらう。晃さんが開発者として対処法を提案してくれればそれでいいし、もし彼が犯行を起こそうとしたらアタシたちは全力で阻止する。その後、改めて全員で脱出する方法を探したいと思ってる」
「なるほどなぁ……よし乗った! このままダラダラ過ごすのも悪くねぇが、進める道があるなら進もうぜ」
「拓馬さん! もう少し慎重に考えましょうよ。ラプラスがライプニッツを放置してる理由も、まだ分かってないんですよ」
「それこそ、ラプラスに直接確認するべきなんじゃないかな? ボクらがこうしてる間もシステムは処理を続けてて、ライプニッツが言ってた最悪のルートに近づいてるワケでしょ?」
「それはそうかも知れませんけど……」
「もし晃さんが犯行を起こしても、私たちが殺されなければ問題ないんでしょう?」
紗香さんはパインズゴーグルを弄りながら、言葉を続けた。
「こういうのはどうかしら? 晃さんにコレを装着して、この中でもう一度『もつれ館多重殺人事件』をプレイさせるとか」