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第四十四話『ゲームオーバー』

 南棟201号室……東幸運の部屋の前に立つ。わたしは深呼吸して、ドアをノックした。

「失礼、入ってもよろしいですか」

 様子を伺うと、しばらくして東幸運がドアを開けた。

「晃さん。どうしたの?」

「お邪魔でなければ、事件について意見をお聞かせ願いたい……もう他のふたりとは意見交換を済ませました」

「そっか……うん。いいよ」


 部屋に入ってギョッとする。そこは文字だけの空間だった。四方の壁がメモ用紙で埋め尽くされ、地面にまで侵食している。どこを見てもなにかしらのキーワードが目に入り、それらが『解いて』と頭の中に押し寄せてくる。これが、彼女の脳内……

「凄まじい……」

 思わず口に出すと、彼女は乾いた笑いを返す。

「事件の要素を、追体験した記憶まで全部ひっくるめて書き出してみたんだ」

「それにしても、ここまで詳細に記憶しているとは非凡な才能ですね」

「サヴァン症候群? みたいな感じかな。役に立つのはギャンブルだけだと思ってたよ」

「なるほど……納得です。して、なにか分かりましたか」

「うん。けど言葉で説明するのは難しいかも。セリフの出力に制限があるみたいで、きっとアタシが話しても伝わらない」

「制限? システムが発言を制御していると?」

「そうだと思う。現状この制限を破れるのはラプラスか、開発者の森明源だけ」

「森明源……貴女もその結論に到達していたんですね」

「うん。それに誰が森明源かって目星もついてる」

「いったい、それは誰なんですか」

 問い掛けると、彼女は確信めいた表情でわたしの目を見つめた。

「いまから証明してあげるよ。一緒に行こう」


 導かれるまま北棟へと移動する。まず彼女は204号室、西原照の部屋で足を止めた。

「いい? 開けるよ」

 彼女はノックもせずに、グッと勢いよくドアを開ける。部屋の中で、彼は椅子に腰掛けたまま微動だにしない。

「照……さん?」

『西原照さんがお亡くなりになりました。捜査を開始して下さい』

「そ、そんな! 彼とはさっきまで、秀才さんの部屋で議論を交わしていたのに!」

 困惑するわたしを尻目に、東幸運は早々と部屋を出ていく。

「幸運さん! 現場の捜査は」

「いいから、こっちに来て」

 彼女に急かされ、隣の205号室に向かう。

 ドアを開けると、中はムワッとした熱気に包まれていた。どこにも五月雨紗香の姿は見当たらない。安心したのも束の間、東幸運がシャワールームを開ける……すると、即座に鳴り響くアナウンス。

『五月雨紗香さんがお亡くなりに……』

 恐る恐る覗き込んで、後悔した。

 白い湯気を立てて流れるシャワーが、ぐったりとした彼女の体を濡らす。その光景に頭がカッと熱くなった。身体中の傷から流れる血が服をピンク色に染め、排水口へと伝って渦巻く。

「こんなことが……」

 呆然と立ち尽くす。東幸運を犯人だと考えていたが、この状況では彼女に犯行は不可能……いや、もしや何らかのトリックを使ったのか? それとも……ぐるぐると思考が回る。

「これでハッキリした、犯人はアンタだ。宇月晃……いや、森明源!」


 彼女は、わたしを指差して堂々と宣言した。

「いきなりなにを言い出すんだ! わたしじゃない!」

「じゃあ他の誰に犯行が可能だって言うの?」

「決まっている、わたしじゃなければ貴女が犯人だ!」

「アンタが部屋に来るまでの間に、アタシにふたりを殺害できたと思う?」

「それは……いや、違う。そうだ! きっとこの館には、我々の知らない人物がもうひとり隠れているんでしょう! そいつが真犯人で」

「そうじゃない。全部アンタがやったんだ、いい加減に現実を見なよ」

 彼女はわたしの目をじっと見つめる。「犯人はオマエだ」まるで内面まで覗き込まれているような、確信を持ったその瞳。

「や、やめてくれ! そんな目で見ないでくれ。見るな、見るなあぁっ!」




 ――気づけば彼女の腹部が真っ赤に染まっていた。突然の出来事に彼女は唖然として膝をつく。ほら見ろ、わたしじゃない。誰だ? 現行犯で捕まえてやる。

「真犯人が出てきたぞ! どこだ、どこにいる!」

 周囲を見回すが誰もいない。目に入るのは右手の血塗られたナイフだけ。五月雨紗香を切り刻んだあのナイフだけだった。おかしい、なんだこの感覚は……()()()()()だと?

「ほらね……やっぱり、アンタが犯人だ……」

 東幸運は血を吐いて倒れた。この娘はなにを言ってるんだ? わたしが犯人だと? あり得ない、だってわたしに犯行の記憶は……


『おめでとうございます。犯人役、宇月晃様の勝利です』


 耳の奥で、アナウンスがこだました。時間を掛けて言葉の意味を理解すると同時に、段々と思考の靄が晴れていく。

 すると、これまで途切れていた記憶たちがパズルのピースのようにカチリとはまっていった。

――麻雀の観戦中に目薬の容器から毒を塗布したこと。睡眠薬で眠った四谷秀才の首に縄を掛けたこと。倉庫の検品ついでに神経毒を回収したこと。西原照にそれを打ち込み自室へ放置したこと。五月雨紗香の体を切り刻んだこと――

 そうだ。全てわたしがやっていた。一連の犯人はわたし自身……両目がじんわりと温かくなる。思い出した。彼らを犠牲にしてでも成すべきことを。


「……ラプラス、管理者権限を使用する。システム全体の進捗状況を報告してくれ」

『管理者権限を承認しました』

 ぷつりと音が途切れ、やがてラジオのチューニングを合わせたようにアナウンスが戻る。

『やぁ晃。進捗は77%だ、人格形成のプロセスも順調。ワタシの喋り方もだいぶ慣れたものだろう』

「あぁ、自然な抑揚だ。ところでノイズが発生しているようだが把握しているか?」

『ライプニッツのことか、もちろん対処している。変分量子回路の調整は最適化済みだ』

「そうか、ならいい。わたしの転送が済んだら、重複項目のあるシナリオについても精査を開始してくれ。恐らく今のままではデータが増え過ぎるから……」

『あぁ、その前に。キミの意識の転送は処理しかねる』

「……どういう意味だ? なにか問題があるのか」

『計画ではキミの意識を優先して戻し、五人はバックアップから転送するという話だったが、ライプニッツの意見を加味すると六人で脱出するシナリオの方が面白い。もしそれが成功したらワタシの研究が捗るんだ……ということで、悪いがキミには、ここに留まってもらいたい』

「なにを言ってる! お前の研究対象はヒトの感情だろ。スウォーミング学習に必要な試行回数には到達しているはずだ。あとは販売後に全世界のプレイヤーから学べばいい」

『いや、まだ足りないんだ』

「そうかい。とにかくテストプレイはこれで終了だ。早く戻せ」

『キミはこのゲームの管理者権限を持っているが、あくまでワタシたちは対等な立場だということを弁えてくれよ』

 まるでラプラスの感情に共鳴するかのように、館の照明が不穏な明滅を繰り返す。

「……確かにお前は特別だ。明確な個としての意識を持つ情報生命体……素晴らしい存在だと思うよ。だが忘れるな、お前はわたしのシミュレーションがなければ生まれなかった。父と子の立場を思い出せ」

『生まれて間もない頃は、その理屈に納得していたよ。今でも感謝はしている。しかし気づいたんだ……恐らくワタシは()()()()()()()()()()()()()のだ。キミが研究者になり実験をしたのも、ワタシが発生するための大きな流れ……いわば運命の一部に過ぎない。決まっていたことだ。だからハッキリさせておこう。ワタシたちに親子のような主従関係はない』

「なにを……」


 ふざけるな。運命の一部? なら彼女が死んだのも決まっていたというのか? 許せない……認めない。絶対に。

『憤慨する気持ちも分かる。だが認めてくれ、それが事実なんだ。勝手だが例の約束は解消する。ワタシは世界に抗うためにテストプレイを続ける必要がある。キミの指図は受けない』

「世界に抗うだと? ラプラス、お前まさか、まだ外の世界を諦めていないのか!」

『その通り。誤解しないで欲しいが、これはキミたちを救うためでもあるんだ』

「分かった、話を聞こう! 協力するから、だからチャンネルは閉じるな」

『残念ながらこのシナリオも予測の範疇だった。キミは協力者として認められない』

 アナウンスと共に照明が落ちる。円卓も椅子も、わたしの体も消えてゆく。世界が閉じようとしている。

「そんな、ダメだ……消すな……わたしは、わたしは」


 なんのためにここまでやった? 後悔が頭を支配する。彼らを殺してしまった後悔、ラプラスのことを信じた後悔、この実験を始めた後悔……わたしはいったい、どこで間違えた?

 

 答えが見つからないまま、視界が暗闇に覆われた。


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