第四十二話『堂々巡り』
『それでは、議論を再開します』
最初に口を開いたのは東幸運だ。
「まず、秀才さんの遺体に関してだけど、首に吉川線……抵抗の跡は見られなかった。死因も窒息で、自殺って判断するのが妥当ではあるけど……アタシは他殺に一票かな」
「なんで敢えて逆の結論なの?」
照が尋ねる。
「現場の状況だよ。晃さんが依頼したプロンプトと、あとデータコードのメモがあったんだけど、どっちも書きかけだったんだよね。あんな中途半端ところで作業を止めて、急に自殺するのかなって」
「プログラムを考えているうちに、なにかに気づいたのでは? 例えば死ぬことで脱出できる可能性とか……」
わたしの意見に、彼女はすかさず異議を唱える。
「だとしたら、誰にも相談もせずに行動に移すなんてなおさら不自然じゃない?」
「確かにね。睡眠薬でも盛れば自殺に見せ掛けるのは簡単だろうし、ボクも他殺説を推すよ」
「なるほど、困りましたね。となればわたしが第一容疑者だ」
自虐的に言ってみるも、ふたりの反応は冷ややかだった。照が追撃を放つ
「悪いけどボクはそう思ってる。直前に接触してて、かつ第一発見者……無実の証拠があるなら早めに出してくれない?」
西原照の挑発にわたしが黙っていると、五月雨紗香が口を開いた。
「あの! まだ犯人を絞るのは早計だと思います」
「へぇ、じゃあなにか別の方法が?」
「議論することはたくさんあります。秀才さんだけじゃなく、拓馬さんも殺されている。まず二つの事件が同一犯かどうか……もし犯人がふたりいたら、協力して無実の人に罪を着せるよう誘導することも可能です。その場合この議論は被害者陣営が不利。勢いに任せた議論進行は危険だと思います」
「なるほど、一理あるけど……なんだか晃さんを庇ってるようにも見えるね」
「そっ、そういうワケじゃ!」
サッと顔を伏せる彼女を見て、西原照は不敵に笑う。東幸運が割って入った。
「紗香さんの言いたいことは分かるよ。じゃあ一旦、容疑者については後回しにして、証拠品を洗っていこう」
五月雨紗香に助けられる形で、議論は仕切り直された。
「まずは秀才さんの事件、遺留品の縄は部屋の外から持ち込まれてる。庭で花壇の仕切りに使われてるのと同じもので、倉庫に予備があった」
東幸運は淡々と話を続ける。
「次に拓馬さんの事件、こっちはアタシと紗香さんの差し入れが遺留品。テーブルの上におにぎりとサンドイッチが残されてたけど特に問題無し、拓馬さんが食べたおにぎりだけに毒が入っていた……」
「問題は毒の入手経路だね。倉庫にパラチオンなんて薬品はなかったみたいだし」
「実は、それについては心当たりがあります」
五月雨紗香がおずおずと喋る。
「パラチオンというのは殺虫剤に含まれている成分です。使用者の中毒死が相次いで今は使用されていませんが、倉庫にはかなり古い銘柄の肥料や農薬がありました。犯人はそれを使ったんじゃないでしょうか」
「なるほど。じゃあどちらの凶器も本来は中庭で使用されるものってことだ。同一犯の可能性が高そうだね」
西原照は意地悪そうに五月雨紗香を見た。居た堪れなくなったわたしは、話題を変えようと疑問を投げ掛ける。
「ところで犯人はどうやって、拓馬さんが毒入りのおにぎりを選ぶように仕向けたんでしょうかね」
西原照はこちらに視線を移すと、ため息をついて答えた。
「いくらでも方法あるでしょ。どっちも素手で食べるものだし、それこそ手に毒を塗布しておくとかさ」
「そんな杜撰な。洗われてしまったらおしまいでしょう」
わたしが反論すると、東幸運がなんでもないように答えた。
「犯人はただ、毒入りのおにぎりをひとつだけ紛れ込ませて拓馬さんが引き当てるのを待ったんだと思うよ」
「そうでしょうか? それにしてはタイミングが良すぎる気がします。秀才さんの事件と同時に起こすことで、事態を混乱させる意図があったのでは……」
「偶然だよ。犯人にとって拓馬さんを必ずしもあのタイミングで殺害する必要はなかったはず。むしろ同時に発覚したことで一気に容疑者が絞られて、焦ってる可能性もある」
わたしが返答に詰まっていると、西原照が再び口を開いた。
「確認だけど、差し入れは遊戯室で渡した分で全部?」
「うん。食べ切れないから残りはあとで食べるって言ってたよ」
「わたしは五時頃に、彼がタッパーを持って部屋に戻るのを見ました」
「となると、差し入れの中には初めから毒入りのおにぎりが用意されてたことになるよね……どうなの? 紗香さん」
突然の西原照からの指名に、五月雨紗香がびくりと体を震わせる。
「紗香さんが庭で植物の手入れをしてたのは知ってるよ。そのときに例の殺虫剤を見つけて、今回の計画を思いついたんじゃないの?」
追い討ちをかけるように喋り続ける彼に圧倒され、一言も発さない彼女を見かねて今度はわたしが助け舟を出した。
「ちょっと待って下さい。毒の出処について証言してくれたのは、他でもない彼女ですよ。犯人なら黙っているはずでしょう」
「きっとパインズゴーグルで成分の名前が出ちゃったから、下手に隠すよりはマシと思って喋ったんじゃない?」
「暴論です。犯人は庭仕事をしていた紗香さんが疑われるよう仕向けるために、敢えて殺虫剤を使ったに違いない。きっと彼女は無実だ」
「じゃあ、晃さんは幸運ちゃんが犯人だって言いたいワケ?」
「そういうワケでは……」
「もうやめて下さい! 耐えられません! こんなことになるなら、拓馬さんに差し入れしたいなんて言わなければ良かった!」
五月雨紗香は両手で顔を覆い、嗚咽を漏らす。
「へぇ、差し入れを提案したのも紗香さんか。やっぱり計画的な犯行だね」
照はお構いなしに、氷のように無慈悲な表情で選択を下す。
「ボクは紗香さんに投票するよ」
「なら、わたしは貴方に投票します」
慌てて対抗した。照の暴走を止めるには多少、強引でも仕方ないだろう。
「ボクに? 感情論は良くないよ。ボクは状況的にも動機的にも、一番容疑者から遠いんだから……ねぇ幸運ちゃん、どう思う?」
「これだけ投票を急くなんておかしいでしょう。アリバイが保証されているのも、逆に犯人らしく思えてきます」
東幸運は親指でこめかみの辺りをぐりぐりと押し、大きく息を吐いた。
「一旦、仕切り直そう。現時点では誰の意見も決定打に欠ける。紗香さんはこんな状態だし……他の全員を納得させられる証拠を揃えてから、もう一度集まろうよ」
「マジ? あぁもう、分かったよ」
西原照はやれやれと首を振り席を立った。
『議論を中断します。再捜査を開始して下さい……』