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第四十一話『舵を取るのは』

 立て続けに起きた二つの事件。気持ちの整理がつかない我々は捜査を一時中断し、円卓に集まった。


「ねぇライプニッツ、全部観てたんでしょ。捜査する必要ある? 犯人に処置するべきじゃ……」

 東幸運が呼び掛けるが、ライプニッツから返事はない。

「思ってたんだけどさ。なんかアナウンスの印象、違くない?」

 西原照が試しに呼び掛ける。

「ねぇ、()()()()?」

『照様。なにかご質問でしょうか』

「あー……いや、なんでもない」

 彼は両手を上げて〝お手上げ〟のポーズをする。

「想像だけど、ふたりが死んだ時点でこのシナリオは全員脱出のルートから外れたんじゃないかな。だからライプニッツはここから去った」

「そんな……じゃあ私たちは、もうこのシナリオに閉じ込められたままなんでしょうか」

 不安げな紗香を安心させようとわたしは口を開いた。

「いや、ライプニッツの目的は全てのシナリオから意識を救出することです。我々が失敗したからと言って絶望することはない、きっと別のシナリオが脱出に成功すれば、我々も統合され共に脱出できるはずです……それに賭けましょう」

 前向きな言葉を選んで話すも、空気が重い。五月雨紗香が泣きそうな声で話す。

「そうだと良いですけど、怖いんです。もし意識に主軸みたいなものがあって、私たちはその候補から外されたとしたら……現実に戻れても、あくまで脱出に成功した別の私が主軸になって、いまここにある私の意識はただの記憶として隷属することになるんじゃないかって……」


 場が静寂に包まれる。彼女の意見は否定できない。ライプニッツが去ったいま、運命の主導権が自分たちの手から離れたことを実感するほかなかった。

 なにか縋れる希望はないか。考えていると程なくして東幸運が口を開く。

「アタシは正直、難しいことは分かんない。けど一つ言えるのは……シナリオを追体験したとき、アタシはどれも否定しようとは思わなかった。全部をちゃんと、自分として受け容れようとしたよ。みんなは?」

 皆、少し考えて頷く。わたしも同じだった。追体験が終わったとき、自然と全てを自分がしたことだと理解していた。

 それは殺人の記憶についても例外ではない。システムに仕向けられたとはいえ、あくまで行動の選択は各々の裁量にあった。その意思決定を自分以外に責任転嫁するのはナンセンスだろう。不特定多数の動機が生まれるという点においては、現実となんら変わらないはずだ。

 あのとき涙を流したのは、今の自分が殺人という罪を犯さずに済んでいる安心と、その選択をしてしまった世界線の後悔、それらが混ざって感情が揺れたからだ。


 思い返すうちに、彼女の言いたいことがなんとなく分かった気がした。東幸運はどう話すか吟味するように間を置いてから言葉を続ける。

「ライプニッツの計画が成功したらさ、きっと脱出するアタシたちも今のアタシたちと同じように、全部の意識とか記憶を大切にしてくれると思うんだよね。だからアタシたちはただ、自分のことを信じてあげればイイんじゃないかな。だって、みんな同じ自分だよ。それ以上の信頼ってなくない?」

 彼女が笑う。様子を伺うと、五月雨紗香も穏やかに笑った。

「……言われてみれば。私は私のことを大切に思ってます。信じる以外に、ないですね」

 目から鱗だった。彼女はシンプルな言葉で不安の核心を突き、全員が納得する一点を的確に示して見せたのだ。その手腕の鮮やかなこと!

 わたしはと言えば、解離性人格障害における自己同一性に関する論文を拠り所に、知識で皆を安心させようと必死に頭を捻っていた。己の見当違いを恥じるばかりだ。

「幸運さん……素晴らしい。貴女こそ、困難を切り拓く主人公に相応しい存在だ」

「あはは、変な褒め方! でも嬉しいよ、ありがとう」

「じゃあ主人公の幸運さんは、このシナリオをどう進める?」

 西原照が尋ねると、彼女は強い眼差しで言った。

「決まってるじゃん、この事件を絶対に解決してみせる。さぁ、捜査を始めよう」


 彼女の鶴の一声で事件の捜査は再開された。


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