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第三十話『変針』

 ある朝、東幸運が奇妙な夢から目覚めると、自分が世界を構成している情報のうちの、ほんの一部に過ぎない存在だと気づいた。

 完全に覚醒する前、(かす)かな意識のなかで彼女の視界に映った世界は白黒のドット絵で、自分の体もベッドも床も机も椅子も、全てがただ同じように模様として在るだけだった。

 視点を引けば、それがベッドに寝ころんだ幸運と201号室の内部の描写だと分かるが、荒い画素は彼女の腕とベッドの端の稜線を、同じ一列の黒として出力していた。

 手を動かすと、それに合わせて隣り合ったドットが明滅し、目の錯覚で移動したように見える。そうして動いている間だけ、自他の境界を認識することができた。

 自分と世界との境界を意識しても、体を動かすのをやめれば彼女という存在は、周囲と同じドット柄に紛れて見えなくなる。あらゆるモノが同じ画面に、ただ描写されているだけ――自他という区切りには意味がない。世界に境界はないと悟った瞬間、彼女はあらゆる存在と一体化した。


 その悟りは、だが瞬きの度に芯を捉えるのが難しくなっていく。確信めいていた感覚は、熱にうなされた子供が見る幻覚のようにぼんやりと頭の片隅に訪れ、ふっとその片鱗を覗かせたと思えば、輪郭も掴めないうちに消え去った。

 次に目を開けたとき、世界は元の彩りを取り戻し、物質はそれぞれの名に合わせた個としての存在をしっかりと主張していた。


「うーん?」

 彼女は夢のなかでなにか閃いたのを忘れ、手の甲で瞼を擦って天井をじっと眺める。目に入るのは見慣れた事務所の白タイルではなく、黒ずんだ木の梁。

 ぼんやりと自分の状況を思い出す。『もつれ館多重殺人事件』のテストプレイに参加したこと。昨夜の麻雀のこと。

 彼女は大きく伸びをしてから、ジャンパーを羽織って部屋を出る。時刻は六時半。ちょっと寝過ぎたかな、と考えながら階段を降りた。

 大広間にはまだ誰も居ない。耳を澄ますと、調理室からカチャカチャと音が聞こえる。覗いてみると予想通り、拓馬が朝食の準備をしていた。

「おはよ、拓馬さん!」

「おう幸運ちゃん。おはよう、相変わらず早起きだな」

「えへへ、拓馬さんには敵わないけどね。今日の朝ごはんは?」

「今朝はキノコと鶏の雑炊に、だし巻き卵だ。洋食はフルーツサラダとポトフがある」

「わぁ美味しそー! いつもありがとね、準備手伝うよ」

「助かるよ。じゃあ、そこの皿を並べといてくれ」

「了解!」

 朝食の準備をしながら、幸運は拓馬に尋ねる。

「ねぇ拓馬さん。アタシたちってテストプレイ始めてからどれくらい経つんだっけ?」

「どうだったかな。一週間、いや。一ヶ月……か? よく覚えてないな」

 彼は首を捻ると、歳を取るとこれだからな、と笑いながらボヤいた。朝食の準備を終えた頃、他の四人も次々と円卓に集まった。

「拓馬さん、いつもありがとうございます。では、いただきましょう」

「この卵焼き美味しい! 拓馬さんホント天才だね」

「がはは! 照、それはだし巻きっていうんだ」

 六人で円卓を囲む朝食。いつもの光景……いつも? 幸運の頭に疑問符が浮かぶ。

「ねぇみんな、アタシたちっていつからここに」

 そこまで口にして、不意に彼女の脳裏でいくつかの記憶がフラッシュバックした。

「あっ!」

「幸運さん? どうしたんですか」

「……あのさ。ご飯食べ終わったら、みんなちょっとだけ時間イイかな」

 その鮮明なイメージは、この館に隠されたある秘密を暴くものだった。

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