第二十八話『見立て』
『では、議論を再開して下さい』
調理室での捜査を終えた五人は、再び円卓に集まる。現場に残された犯行のギミック以外、全てがうやむやな事件の全容を、今度こそ明らかにするために。
「じゃあ早速、晃さんからお願いしていい?」
「分かりました。犯行に使われたとされるクロスボウですが、大きさは横約六十八センチ、縦約七〇センチで翼……この弦を張る部分が金属製でした。これだと初速はかなりの威力になりますから、たとえダーツの矢でも人体を貫通することになるかと思われます」
晃の説明を聞き終えると、幸運が丁寧な口調で問い掛けた。
「遺体の喉元に刺さったダーツの矢は貫通せず、ちょうど針と軸の境目で止まっていました。クロスボウで射出したとして、再現は可能ですか?」
「繰り返し実験を重ねれば多少、威力の調整はできると思いますが……ほぼ不可能でしょう。人力で刺したと考えるのが自然です」
「ありがとうございます。じゃあ次、紗香さんお願いします」
指名された紗香が説明を始める。
「ええ。まずは遺体の状態について。投影された〝死体〟データと若干の齟齬があったわ。死因はダーツに塗られた毒によるもので間違いないけど、遺体の左手に僅かな熱傷が見られた。これはテストプレイ時のパインズゴーグルによる解析には含まれていなかったものよ」
「その熱傷、なにが原因だと思われますか?」
先ほどと同じく、まるでリポーターのように幸運は紗香に質問する。
「十中八九、感電によるものね」
「ありがとうございます。では①クロスボウは使用されなかった。②拓馬さんは感電により気絶していた。この二点が確定事項ということでよろしいですね?」
幸運はニッと八重歯を覗かせた。
「じゃあ、ここでアタシの推理を披露しようと思うんだけど……いいかな?」
皆、無言で頷く。彼女は軽く会釈をしてから言葉を続けた。
「もう分かってると思うけど、今回の事件は一種の見立て殺人。全ての犯行は拓馬さんが選んだシナリオをなぞる形で行われた。その手段は……」
言いながら、幸運はパインズゴーグルを取り出して見せる。
「このパインズゴーグル。犯人はこれを使って、ゲームのシナリオと実際の犯行をごちゃ混ぜにして事件を進行させた。最初にシナリオだけを追ってしまったアタシ達はまんまとその策略にハマって、それぞれの要素がどのタイミングで起きたのか把握できなくなったんだ」
「拓馬さん殺害のタイミングを隠し、アリバイを撹乱するのが目的だったというワケですか」
晃の言葉に幸運は頷く。
「そう。例えば凶器を準備するタイミングとかね。最初の議論で、アタシたちは最初に凶器を回収できた人物を容疑者にしていたよね。でも実際は、あの時点で凶器を準備する必要はなかった。犯人はテストプレイの捜査に紛れてあとから凶器を回収して拓馬さんを殺したんだよ」
「なるほど……ねぇラプラス、実際に殺人が起きたらパインズゴーグルの処理ってどうなるの?」
『照様、お答えします。ミュート対象の生体反応が消失した場合、即座に対象のミュートが解除され、投影されている死体映像は消失します』
「だってさ。もし犯人が拓馬さんをどこかで人知れず殺したら、その瞬間、死体が消えることになる。しかもその後、あの巨体を現場まで運ばなきゃならない……そんなこと可能なのかな?」
「その心配はないよ。だって、拓馬さんはずっとあの場にいたんだから」
幸運のセリフに、照は首を傾げる。
「だからさ、調理室に倒れてたのは投影された映像でしょ?」
「そう。そしてミュートされた拓馬さんも、その映像と重ね合わせの状態で、ずっと倒れていたの。そして殺された。だから死体の映像が消えてミュートが解除されても、アタシたちの目には変化がないように映ったの」
「拓馬さんは意識を失っていたんだ。そしてそれが、停電の理由に繋がる」
「まさか……感電で気絶を?」
秀才が口走ると、幸運は指を鳴らした。
「その通り! 犯人は業務用冷蔵庫を漏電させて、拓馬さんを感電させたんだ。夕食後にみんなで片付けをしたでしょ? 多分そのタイミングでアース線を外したんだよ」
「ブレーカーが落ちたのは、漏電によるショートが原因でしたか」
「拓馬さんは漏電状態と知らずに冷蔵庫を開けようと……左手の熱傷にも説明がつきますね」
各々が納得の表情を浮かべる。幸運の推理によって、バラバラに思えたあらゆる出来事が理路整然と揃っていき、その全てが欠けることなく一枚の絵となって、事件の全容を浮かび上がらせていった。
「さて、そろそろ焦ってきたんじゃないかな?」
幸運は一呼吸おいて、円卓のひとりをじっと見つめる――