第十九話『状況的密室』
『ここからは議論パートとして記録を開始します』
ラプラスのアナウンスで、円卓に戻った彼らは一連の操作を基に議論を開始する。
「さて。どうでしょう? 皆さん」
晃がメガネの奥から、じっくりと四人を見渡す。
「まったく全体像が掴めないわね。証拠がほとんどないし」
「そうですね……では状況整理のために幸運さんの死因からお願いします」
晃に促された紗香は溜め息をつき、遺体に関するデータを共有した。
「まず、彼女の死因は出血性ショック死。現場を見れば明らかだけど、急激に大量の血液が失われたことで多臓器不全に陥って死亡した」
彼女は一旦言葉を区切り、呼吸を整えてから再度話し始めた。
「遺体にあった三つの刺し傷については大きさに違いがあったわ。致命傷になったのは下腹部の方で、十五センチ以上。あとの二つは比較的小さくてこっちは刃渡り十センチ前後。つまり、犯人は犯行に二種類の刃物を使った」
紗香の提示したデータに、照が首を捻る。
「犯人は二刀流だったってこと? 殺意高すぎるなぁ」
「問題は秀才さんの部屋にあった果物ナイフが、ちょうど二つの傷に合致するサイズだってことよ」
紗香のセリフに秀才が背筋を伸ばした。照はここぞとばかりに秀才に詰め寄る。
「どうなの秀才くん、やったの?」
「僕はリンゴしか切ってません! 信じて下さい」
必死に容疑を晴らそうとする秀才に、晃が助け舟を出す。
「まぁまぁ、調理室には同じような刃渡りのものはいくらでもありました。果物ナイフだけで彼を疑うのはナンセンスですよ」
「ごめん、イジワルだった。物証で不利なのはボクも同じだからね。それに致命傷になった刃物が見当たらないことも決め手に欠けるよね」
照の言葉に秀才は縋り付くように言った。
「そうですよ、それに現場の状況からして怨恨による犯行っぽいですし……僕はそんな動機、ないですから」
秀才のセリフに、晃が疑問を呈する。
「そうでしょうか? まぁ動機は置いておくとして……この犯行現場にはどうにも、意図的な演出を感じますが」
「演出だと?」
拓馬が尋ねると晃は頷き、現場の映像を共有した。
「この現場、一見すると犯人が憎しみに任せて彼女を滅多刺しにした……ように思えます。しかし、不自然なんですよ。血飛沫が綺麗に現場を塗り潰すよう、満遍なく飛び散っている」
彼の言う通り部屋の血痕は幸運を中心に、まるで円を描くように染まっていた。
「確かに、たった三箇所の刺し傷でこんな血の吹き出し方はしませんね」
紗香の同意を得て、晃は言葉を続ける。
「その通り。それに傷は貫通していません。彼女の後方にまで血が飛び散るのはおかしいでしょう。彼女の遺体をここに置いた後に、上から血を掛け直したのだと思います」
「いったい、なんのためにそんなことを……」
拓馬の問いに、晃はメガネのブリッジを指で押し上げながら答えた。
「それは……恐らく犯行現場を誤認させる為です」
「彼女は別の場所で殺害されたと?」
「ええ。間違いないでしょう。この事件は、極めて計画的な犯行と推測しますね」
そう言い切る晃に照が疑問を投げ掛ける。
「でも、おかしくない? ボクたちは昨日顔合わせして、初めてこの館に来たんだよ? 半日も経たずそんな周到な計画が用意できるかな」
「普通に考えると不可能です、しかし実際に行われた。初めから計画されていたのかは分かりませんが、犯人は非常に高度な知能を持った人物と考えられます。我々はそんな相手と知恵比べをしている……」
晃の言葉に皆、思わず身構える。彼らの脳裏を過ったのは、人狼ゲームの試合だった。
人狼は人を殺しておきながら、素知らぬフリをして会議に紛れ込む。事件の結論を誤った方向に導く為に、常に誰かの隙を窺って他人を陥れようと機会を狙う。
ゲームだから存在を許される、そんな冷酷非道な人物が現実に自分たちの中に潜んでいる恐怖……
重い空気の中、秀才が口を開いた。
「あの、テストプレイみたいにアリバイを検討するのはどうでしょうか? 晃さんの推理通りなら、犯行現場から彼女の部屋まで移動する必要があります。照明記録が役に立つかも知れません」
秀才が例の館内データを共有した。
「記録によると夜は十二時の点灯が最後で、以降は翌五時の点灯までセンサーは反応していませんね」
「その記録だけどさ、大広間に降りなきゃほとんど意味なくない?」
照の指摘に、秀才が反抗する。
「そんなことありませんよ! 二階にも三箇所……北棟、南棟の廊下と、踊り場に照明センサーがあります。つまり昨夜の間は、誰も部屋を出入りしてなってことになります」
「じゃあ犯人はどうやって、幸運ちゃんの部屋に侵入したんだ?」
拓馬の問いに、皆しばらく思案した。
201号室は鍵こそ掛かっていなかったが、照明のセンサー記録は館全体が、一瞬の密室状態だったことを示唆していたのだ。