第一話『ドミトリー館の殺人』
西暦2037年。デジタルトランスフォーメーションによって人材雇用枠が減り、各国でベーシックインカムが導入されてから世界の在り方は大きく変わった。
人々は持て余す時間を手軽な娯楽に染め、現実逃避としてのVR需要が高まった。程なくして仮想空間は第二の生活圏と言われるほどに普及する――
VR人狼ゲーム『ドミトリー館の殺人』は、いま破竹の勢いで世界を席巻している対戦型推理ゲームだ。早くも開催された第一回大会、その決勝戦の卓に僕は座っている。
「まず自己紹介から始めましょう。僕はシュウ。〝警察官〟です」
男女六人が向かい合う円卓で、僕は先陣を切って発言した。同卓者の視線が集まる。気圧されないように声を張ったせいで喉が変な感じ……
『ドミトリー館』のルールは単純だ。館に集められた参加者のうち、ひとりだけ紛れ込んだ殺人鬼を探し出す。
犯人役は議論の合間にひとりずつプレイヤーを殺害し、全滅させれば勝ち。被害者陣営は割り振られた職業の能力を駆使して生き残りながら犯人を探し、議論で投票して追放する。
疑心暗鬼のなか繰り広げられるプレイヤー同士の推理と殺戮劇。試合はライブ配信され、観客は事件を推理しながら、ときには犯人視点のスリリングな殺害シーンまで楽しむ。アバターによって演じられる現場の臨場感が、熱狂的な支持者を生んでいた。
僕の職業〝警察官〟は毎晩の行動パートで、指定した相手の職業を知ることができる。犯人役の嘘を暴く上で重要な能力。開幕に明かす職業としては悪くないだろう。
「えへん……次はあなた、お願いします」
さり気なく咳払いで喉の調子を整えながら左隣、スキンヘッドの大男に自己紹介を促す。腕組みをしてどっかりと席に座り込んでいた彼は背もたれから体を起こした。右頬のキズとタンクトップを膨らませる胸筋が目立つ、威圧的なアバターだ。
「おう! オレはタクマ、〝医師〟をやってる。よろしくな!」
豪快な渋い声が響く。テンションから見た目より怖くなさそうだとホッとした。
「タクマさん。よろしくお願いします。では、次の方」
僕は挨拶を交わし、即座に隣のプレイヤーへと繋げる。こうして回すことで全員に自己紹介をさせながら、会話の主導権を握るのが狙いだ。
「わっ、私……Sayaといいます。よろしくお願いします」
黒髪ロングの女性が伏目がちに呟く。パステルピンクのロリータ服に白いフリルが揺れる様子は、まるで看護師を彷彿とさせた。
「Sayaさん。職業は……」
「次アタシ、名前はラッキー! よろしくね」
僕の質問を遮って、真正面のギャルがフライングした。「にゃはは」と八重歯を見せて笑う彼女は薄紫色の前髪で左目を隠し、テラテラと光る派手なジャンパーを着ている。右肩へ下ろした長い髪の毛先には妙な形の髪留めが揺れていた。あれは……麻雀牌? 苦手なタイプかも。少しビビりながらも対話を試みる。
「失礼。ラッキーさん、Sayaさんがまだ職業を明かしていません」
「いーじゃんそんなの! 隠したいことだってあるでしょ」
「いや、でも」
できるだけ情報が欲しい。そう思って食い下がろうとしたが、彼女の左隣に座るオールバックの男が割って入った。
「まぁまぁシュウさん。気になるなら、ご自分で調べればいいでしょう。〝警察官〟ならね」
銀縁メガネと黒スーツに身を包む彼は、切れ長の目でじっとコチラを見つめてくる。ヤクザの若頭みたいな雰囲気。静かな威圧感に僕は黙り込んだ。冷静になれ、と自分に言い聞かせる。
大会では複数回の試合を通して、各試合に応じた点数が加算される。被害者陣営は生き残れば1点。犯人役で勝てば殺害した人数分が得点となる。5点先取で優勝だ。
優勝賞金100万円。大学生の僕にとって、その金額は大きかった。就職に失敗したら給付金で細々と生活するしかなくなる。優勝できれば、しばらくゲーム制作に打ち込んで夢を追いかけられるだろう。
長期戦を見越すなら、第一試合で注目を浴びるのは不利だ。ここは引くのが賢明。
僕が大人しくなったのを確認してから、オールバックの彼は喋り始めた。
「わたしはケイ。〝用心棒〟をしています。次どうぞ」
「えっと。ボクはライト! 〝占い師〟だよ」
無邪気な声の主は、おかっぱ頭をした子どものアバター。動きに合わせて未来的な水色の服と、ミルク色の髪がフリフリと動いた。
「まぁとりあえず、顔合わせはこんなところだな! 議論の残り時間はスキップして、次に持ち越そうや」
「さんせーい!」
僕が口を挟む間もなく、タクマさんとラッキーさんに流されてこの場は解散となる。
あのギャルにペースを乱されてから主導権を失ったが……仕方ない、まずは今ある情報で戦うとしよう。
ステージが暗くなり、行動パートに移る。このパートで僕たちは、自室に引き上げ行動を選択する。〝医師〟や〝用心棒〟は誰かの部屋へ移動して犯行を防いだり、〝占い師〟は誰かが死んだら、その人の生前の行動を知れる。全員の行動が終われば夜が明け、また円卓に集まって議論をする。
職業を明かしていないSayaさんかラッキーさんを選ぼう……そう考えて僕は行動を開始した。
――ライブ配信が一室の様子を映し出す。暗闇の中、手元だけを照らす灯りがベッドに近づく。無慈悲な刃が振り下ろされ、画面が鮮血に染まった。
補足:『ドミトリー館の殺人』大会ルール
一試合ごとの結果に応じてプレイヤーに得点が与えれられ、通算5点先取で優勝。同時に複数人が5点獲得した場合、単独の最高得点者が決まるまで追加試合を行う。
被害者陣営が勝利した場合、生き残った全員に1点。犯人役が勝利した場合、殺害人数分が得点となる。なお大会
では特別に、職業の活躍に応じて【大会ルール】による加点項目が設定されている。個別の【大会ルール】は職業一覧を参照。以下、職業一覧(五十音順)
〝医師〟……行動パート中、生存している一名を選び、部屋を訪問する。訪問した部屋が事件現場となっていた場合、その人物『蘇生』する。【大会ルール】勝利時、『蘇生』に成功した回数分追加で点数を獲得する。
〝占い師〟……行動パート中、その時点で死亡している一名を選び、生前の行動履歴を見ることができる。この行動は部屋から出ずに行われる。
〝警察官〟……行動パート中、その時点で生存している一名を選び、職業を知ることができる。この行動は部屋から出ずに行われる。
〝詐欺師〟……開始時点で他のランダムなプレイヤーの職業を『コピー』する。本人にはコピーした職業が通知され実際に行動もできるが、一方で効果は伴わない。〝詐欺師〟と犯人役のみが生き残った場合、被害者陣営の特殊勝利となる。【大会ルール】特殊勝利成立時、3点を獲得する。
〝探偵〟……この職業は一度だけ『徹夜の推理』を行うことができる。『徹夜の推理』を行った行動パート中に殺害対象に選ばれたとき、対象はランダムな別のプレイヤーに変更される。【大会ルール】『徹夜の推理』を行った次の議論パートで犯人が追放された場合、生存している人数分を点数として獲得する。
〝塗装屋〟……行動パート中、生存している一名を選び、部屋の前にペンキを塗る。対象が部屋から出た場合、足跡からその移動先を知ることができる。
〝用心棒〟……行動パート中、生存している一名を選び、部屋の前を警護する。警護対象は部屋から出ることができないが、殺害対象となっていた場合『防衛』となり犯人は殺害を実行することができない。【大会ルール】勝利時、『防衛』に成功した回数分追加で点数を獲得する。