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第十六話『ほんと、の、じけん』


 午後八時二十分。各々が探索を進めるうち、館に食欲をそそる匂いが漂い始める。その匂いにつられて彼らが大広間に集まると、円卓にはいつの間にか色とりどりの料理が並んでいた。

 拓馬がメインディッシュの大皿料理を運び終え、説明を始める。

「旬の食材を使った即席フルコースだ! 豆腐と夏野菜のサラダに茹でピーマンのおかか和え。スタミナのつく麻婆茄子と、合宿ってことでカレーも用意した。好みの素揚げ野菜を乗せて食べてくれ。アレルギーがある人はいないか?」

 五人は目を輝かせて卓上の料理に魅入る。

「すごっ! これ全部、拓馬さんが作ったんですか?」

 秀才の問い掛けに、拓馬は腕を組んで答えた。

「おうよ! 冷凍モノばかりかとヒヤヒヤしてたが、ちゃんとした食材が揃ってたから腕を振るわせてもらったぜ。合宿中の食事は任せてくれ。報告は食いながらでいいよな?」

「そうしましょう。折角の料理が冷めては、もったいないですからね」

 晃の言葉に皆、速やかに席につき「いただきます」をして、夕食会となった。


「美味しい……! 拓馬さんありがとう、普段お菓子ばっかりだから、久しぶりにこんな美味しいご飯食べたよ」

 照が珍しく、満面の笑みで素直な感想を伝えた。

「そりゃよかった。料理人冥利に尽きるぜ」

 皆、並べられた料理に舌鼓を打ちながら、館についての情報交換を始める。まず幸運が切り出した。

「遊戯室にはチェス、将棋、ダーツにビリヤード、卓球台……とにかく遊具が沢山あったよ! あと、裏口の方に電気系統のパネルがあったから触らないようにね」

 続けて秀才。

「二階の宿舎ですが、五十音順で201から206まで部屋割りが済ませてありました。共有しておきます」


 北棟……206四谷秀才/205五月雨紗香/204西原照

 南棟……201東幸運/202宇月晃/203大岩拓馬


「照さんと部屋を比べてみたんですが、備品を含めて間取りもほとんど同じで、リビングにはテレビとベッド、小さい机に椅子、戸棚には着替え用の服。あと入り口廊下にトイレとシャワールームですね。ドアの鍵は内側から締めるタブのみで、外からは開かない構造です」

「私は中庭を見てきたんだけど、いかにも夏って感じね。サルスベリの木にアベリアの植え込み、花壇も花で埋め尽くされて……気になったのは出入り口かしら。遊戯室と調理室の裏口からしか出入りできないから、二つのドアが施錠されたら閉め出されちゃう。気をつけてね」

「調理室は食材と調理器具がなんでもある。果物やらお菓子もあるから、食いたいもんがあったら出すから言ってくれ」

「二階の廊下、宿舎入り口に飾られてる騎士のオブジェだけど、ボクの見立てでは中世時代の本物だよ。南棟前の騎士が腰に下げてるサーベルも、北棟前の騎士が構えてるクロスボウも使えるように手入れされてた。とっても高価だから、下手に触らない方がいいと思う」

「わたしは南棟、宿舎奥の倉庫を見てきました。医療系の道具が一式と薬品棚。中身は薬がほとんどでしたが、殺しに使えと言わんばかりの毒物も多数。一応、全てメモを取っておいたので、紛失しても調べられるよう共有しておきます」

 情報交換は、用意された料理が綺麗になくなるまで淡々と続いた。確からしいのは、この館が六人が生活する上で必要なものを過不足なく備えていることと、同時に殺人の手段としての、ありとあらゆるアイテムを揃えているということだった。


 午後九時。夕食を終え片付けを済ませたあと、各人は円卓で寛いでいた。そこに幸運が呼び掛ける。

「誰か、麻雀やらない?」

 これに反応したのは、秀才と照のふたり。

「いいですね。久しぶりに打ちたいかも」

「リア麻か、ボクもやろうかな」

「やったー! じゃ、三麻で……あっ東天紅とかやる?」

 三人が遊戯室に入ると、しばらくしてジャラジャラと牌をかき混ぜる音が響き始めた。


 同時刻。大広間で晃が紗香に声を掛ける。

「紗香さん、少しいいですか?」

「はい? なんでしょう」

「失礼ながら、過去に新型ニューロコンピューターについての論文を出してらっしゃいますよね?」

「えっ。あっはい! お恥ずかしながら……」

「私の専門も似た分野でして。当時、興味深く拝読しました。よければ意見交換などいかがですか」

 晃が名刺を差し出すと、それを見た紗香の顔はパッと明るくなり、二つ返事で快諾した。ふたりは二階中央の踊り場に移動し、ソファに腰掛けて熱い議論を交わし始めた。


 午後十一時。遊戯室。

「うーん、まだ間に合う!」

 幸運が牌を切ると、照がニヤリと笑った。

「ロン。平和(ピンフ)断么(タンヤオ)、ドラ、赤、北で8000点」

「くぅー、やっぱ張ってたかぁ〜」

 幸運は悔しそうに点棒を支払った。

「ちょっとお手洗い」

 ゲームが一区切りついたところで、照がそう言って席を立つ。館には共同トイレがなく、いちいち自室に戻らねばならないのが不便だった。

「そろそろいい時間だし、お開きにしますか」

「えぇ〜勝ち逃げ? ずるいよぉ」

 時計を見て解散を提案した秀才に、幸運が駄々をこねる。ゲームは彼女のひとり負けだった。

「ボクはふたりに合わせるから、決めといてよ」

 照はもう限界と言わんばかりに、駆け足で遊戯室を後にした。

「ねぇお願い! もう一周だけやろうよ」

「また負けたらどうします? ツイてない時は、引き際も肝心ですよ」


 秀才の言う通り、今夜の彼女は(ことごと)く運が悪かった。最初は勢いがあったが、途中で照の役満……国士無双に振り込み、そこから鳴かず飛ばずの展開が続いた。

 麻雀は、運が絡むゲームだ。他の数多のボードゲーム……将棋やチェス、オセロといった完全実力のゲームと違い、どんなプレイヤーでも運に左右される時がある。

 幸運が麻雀を愛して止まないのは、決して計算通りにはならない卓上のハプニングを愉しんでいるからなのだが、それがこれだけ負けに傾倒してくると流石に面白くないようだ。

 一方、秀才はゲーム中の彼女を側から見て、冷静に分析していた。彼女のプレイスタイルはどんどんインファイトになっている。さっき負けたから次は勝てる、次こそは……と気持ちが焦り、その焦りが更なる失敗を引き起こす。典型的な負のスパイラルに陥っているのが手に取るように分かった。

「一旦落ち着いて、仕切り直しましょう。また明日にでも」

「うーん。うーーーん……分かった! じゃあ明日、絶対にリベンジね!」

 そうして渋々、片付けを始める姿はどこにでもいる負けず嫌いな女子だった。


 五年前『ドミトリー館』で戦ったときには完全な格上で、手の届かない存在に思えた彼女……そのコが当たり前に感情的な一面を持っていると知って、秀才はどこか親近感を抱いた。


 同時刻。二階踊り場。

「つまり晃さんの考えは、多体間に形成されるエンタングルメントが距離を無視する矛盾についてそもそも距離という概念自体がまやかしで、この世界全体を極めて小さな一点の座標として捉えるということですね」

「流石に理解が早い。いやぁ嬉しいな」

「実は、私も似たような着想からあの構想に至ったんです。仏教の〝一は全、全は一〟という思想で」

 紗香のセリフを、慌ただしい足音が(さえぎ)った。照が階段を駆け上がってふたりの前を通り過ぎる。

「……どうかしたんですかね?」

「お手洗いでしょう。もう一時間以上、打ちっ放しですから。それより是非、続きをお聞かせ願いたい」

「あっ、はい。つまり拡散しているとされる宇宙が、いわば一つのパソコンのデータだと仮定した場合……」

 ふたりが議論を終えたのはそれから二十分ほど経ってからだった。


 午後十一時半。お手洗いから戻った照が遊戯室でふたりの片付けに合流し、解散。


 午後十二時。それまで調理室に篭り、明日以降に向けて料理の仕込みを続けていた拓馬が自室に戻る。


 ――この時点で、この日は館にいる全員が自室に戻った。


 翌午前八時。晃が自室から大広間に降りると、既に拓馬が朝食の準備をしていた。

 それから三十分の間に紗香、秀才のふたりも大広間にやってくる。円卓に着席した彼らの前で、コンソメスープが温かい湯気を上げていた。

「昨晩に引き続き、ご馳走になってすみませんね」

 晃に合わせて紗香と秀才も礼を告げる。

「いいってコトよ。好きでやってるんだからな」

 拓馬はパンを切り分けながら返事をした。

「それにしても、あのふたりは遅いな」

「照さんは低血圧で朝が弱いって言ってました。幸運さんはいつも六時前には目が覚めるって話でしたけど……」

「そう言えば、昨夜三人で麻雀を打たれてましたね。どうでしたか?」

「楽しかったですよ。照さんが国士を和了(あが)ったり……」

 秀才と晃が麻雀談義をしていると、照が寝ぼけ眼で階段を降りてきた。

「おはよー。みんな早いねぇ」

「おう照! 朝ご飯は和洋どっちがいい? 味噌汁とおにぎりもあるぜ」

「朝はあんまり入らないから、スープにする。ありがとう拓馬さん」

 照はそう言いながら、皆が飲んでいるスープの匂いに顔を綻ばせた。


 午前九時。朝食と片付けを終え、テストプレイの開始時刻となったが、幸運は姿を見せなかった。

「幸運さん、大丈夫ですかね? もうテストプレイが始まっちゃいますよ」

 不安げな秀才。晃も訝しげに腕時計を目を落とす。

「既に二分超過しています。ラプラスのアナウンスがないのもおかしいですね」

「私、ちょっと見てきますね」

 紗香が席を立つ。しばらくして、二階から彼女の叫び声が響いた。


「いやあぁっ!」


 異変を察知した四人が急いで声のした方へ向かうと、201号室の前で紗香が座り込んでいた。

「紗香さん! いったい何が……」


 彼女は震える指を必死に部屋へ向ける……そこに広がっていたのは、まさに地獄。リビングは一面、おびただしい量の血でぬらぬらと光っており、その真ん中で生け贄のように()()()()()()()()()()


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