表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/61

第十五話『デモプレイ/ある探偵の死~解決編~』

 晃のセリフに皆、目が点になった。秀才が思わず言葉を繰り返す。

「自作自演……?」

「えぇ。彼女は自殺したんです」

「そんな、自分をあんな風に刺すなんて不可能だ!」

「それを可能にするために、彼女はアイテムを集めたんですよ。包丁と〝コレ〟をね」

 彼が円卓のウィンドウを示す。表示されたのは平たく細長い形状をした、ゴム製のベルト。201号室の証拠品の一つである。

「彼女のベッドの下に落ちていたものです。恐らくは麻雀卓のコンベアベルトでしょう。彼女はアイスの箱に、包丁とコンベアベルトを隠して自室へ持ち帰った。そしてそれらを組み合わせて、自殺のための装置を作ったんです」

 皆、静かに彼の言葉に耳を傾けた。彼は意気揚々と説明を続ける。

「皆さん、パチンコで遊んだことはありますか? ギャンブルの方ではなくて、スリングショットと言った方が伝わるかも知れません。ゴム紐に弾を乗せ、飛ばして遊ぶおもちゃですが……あれはゴムと弾の種類によっては、狩猟に使われるほど危険なものなんです。包丁なんて飛ばしたら、致命傷は避けられないでしょう」

 ウィンドウの表示は、装置の図解に切り替わった。

「コンベアベルのゴムは伸縮性が少なく、硬い。このゴムをベッドに縛りつける形で設置し、ナイフに括り付ける。それから、さすまたをつっかえ棒にしてテコの原理でゴムを上に張れば、ギロチン構造の大きなスリングショットが出来上がります。さすまたを外すと、凄まじい威力でベッドに包丁が突き立てられる」

「確かに……この方法ならあの状況を再現できるね」

 照はしばらくニコニコと笑みを浮かべていたが、すぐに冷めた様子でダメ出しの言葉を続けた。

「けど、これじゃただの方法論だ。彼女が自作自演したって証明にはならない」

「そうでしょうか? 事件現場のアイテムを揃えられるのは、彼女しかいません。アリバイの上で、調理場から包丁を盗み出せるのは拓馬さんと幸運さんのふたり。遊戯室にいらっしゃったとき、拓馬さんは手ぶらでした。あの大きさの包丁は簡単に持ち運べるものではありません。幸運さんがアイスの箱に隠していたと考えれば辻褄が合う。恐らくスペースを確保するために箱から出したアイスが、いくつか冷蔵庫に残っているはずです」

「だとしても、状況証拠だけじゃん。動機は?」

 照の言葉に、拓馬も声を上げる。

「そうだ。お前さんの推理は筋が通ってるが、幸運ちゃんがわざわざそんなことをする理由がねぇよ」

 晃はしばらく笑顔で黙っていたが、我慢の限界というように懐からタバコを取り出して火をつけ、大きくひと息吸い込んだ。

「貴方たちは、どうしても難癖をつけなければ気が済まないようですね」

 彼は煙を吐き出すと、言葉を続ける。

「お忘れですか? これはデモプレイです。マーダーミステリーの進め方を説明するためのお遊び。動機なんて大層なものはないんですよ。それにシナリオを選んだのは、いつも他人の裏を掻くあの幸運さんだ。彼女は、我々の中に犯人がいるという思い込みを利用した、意地悪なシナリオを選んだんです。死体役でありながら我々を欺くためにね!」

 皆、黙り込んだ。事実に照らし合わせれば、晃の説明が一番自然だと(おおむ)ね納得はしていたのだ。そして、幸運が予想外の選択をすることもまた、否定できない材料だ。しかし晃の言い分……ただ皆を欺くために意地悪なシナリオを選ぶ、その陰湿なやり口は彼女のイメージに反している。晃はそれを計算に入れていないのだった。そこに正しい理由を当てはめる事こそが、本当の解決だと感じ取っていた。


「よろしいですか、では投票を……」

「なんか、楽しくない。マダミスって事件全体の概要を推理するものでしょ? 動機も重要な要素だと思うんだけど。デモプレイだとしても、彼女がこんな理詰めだけのつまらないシナリオ選ぶかなぁ」

 照の言葉に拓馬も頷く。晃は眉間に皺を寄せ、吸い終えたタバコを携帯灰皿に捻じ入れた。

「でも、晃さんの推理は素晴らしいです。幸運ちゃんも不本意だったかも知れませんよ。こんな限られた情報で、動機まで推理するのはさすがに無理があるし……」

 紗香が慌てた様子で口走る。これからテストプレイを重ねていく、その仲間が歪み合う現状に堪え兼ねたようだ。晃は、ようやく現れた理解者に口元を綻ばせた。

「その通りです。むしろ限定的な情報で結論に至れるという点では、フェアなシナリオだとも言えます。もし犯人が我々の中にいて、動機が設定されたとしても、それは単なる歯車にしか過ぎません。むしろそのほうが、動機を蔑ろにしていることになるでしょう」

「そっか……きっとそうですよ!」

 晃のセリフに突然、秀才が叫んだ。

「賛同者がもうひとり。ありがとうございます」

 秀才は、晃の呼び掛けなど耳に入らない様子でつらつらと喋り続けた。

「ラプラスも言っていました、デモプレイは犯人が極めて不利だと。もしこの事件に彼女を殺した犯人がいたとしても、同じように状況証拠で追い詰められたはずです。トリックも動機もただ割り当てられて、殺人という罪を被ることになる。彼女は、誰にもそんな役を引き受けさせたくなかった。だから自らがその役を引き受けることで、みんなが公平に探偵役として、楽しんで推理できるシナリオを選んだ……どうですか?」

 秀才はひと息に喋り切って、拓馬と照の方を見る。ふたりは深く頷いた。

「うん。その動機ならボクも納得かな」

「オレもだ。ピースがぴったりハマった感じがするぜ。晃、突っ掛かって悪かったな」

「いえ……あぁ、いえ。気にしていませんよ」

 晃はキョトンとした顔で答えた。ふたりが納得したところで、ちょうどラプラスのアナウンスが入る。

『時間です。皆さん、速やかに投票をお願い致します』

 滞りなく投票は終わり、ゲーム終了を告げるブザーが鳴った――




『西原照さん、深夜に遊戯室へ忍び込む。クリア……素晴らしい! 全員ミッションクリアです。完璧なデモプレイと言えるでしょう。お疲れ様でした』

【ある探偵の死】シナリオの全貌は、議論の推理通りだった。全員のミッション合否を発表し終えたラプラスが、アナウンスを続ける。

『現在、時刻は午後7時38分。本日のプランはこれにて終了です。パインズゴーグルを円卓に戻して下さい。明日の午前9時より、テストプレイを再開します。それまで自由時間となります。では、ごゆっくりお過ごし下さい』

「みんなお疲れ様! いや〜、凄かったぁ」

 ミュートを解除され円卓に現れた幸運が、笑顔で皆を労う。

「自殺のトリックは誰かが辿り着くかな、とは思ってたけどさ。まさかアタシがそのシナリオを選んだ動機まで推理されちゃうとはね! もう完敗です、あっぱれ!」

 幸運はそう言いながら、両手を上げておどけて見せる。皆、その様子を微笑ましそうに眺めた。

「ガッハハハ! 幸運ちゃんもお疲れ様、良いデモプレイだったぜ」

「本当に? トリックだけじゃ判断できないって言われたときは、ドキッとしちゃったよ」

「オレは、幸運ちゃんがそんな意地悪するのかって疑問に思っただけさ。言い出しっぺは照だぜ」

「ボクのせいかよ〜。ボクはリアリティーを売りにしてるなら、動機も大切だろうって思っただけ。テストプレイヤーとしては、厳しい意見でも発言した方がいいでしょ? 理詰めの推理も面白かったし、晃さんには悪いと思ったんだけどさ」

 照が晃に目配せすると、晃は微笑んで返した。

「いえ。照さんの言った通り、わたしの推理は肝心な点が詰め切れていませんでした。秀才さんに一本取られましたよ」

「そんなそんな……僕はストーリーを付け加えただけで、全て晃さんの推理の賜物ですよ。色んな小説で奇抜なトリックは知ってるつもりでしたけど、実際に推理しようとしても、なにも思い浮かばくて。むしろ揚げ足取りみたいになって申し訳なかったです」

 秀才はバツが悪そうに頭を下げる。対する晃はそんな彼を慈しむような目で見つめた。

「そんな謙虚になる必要はありません。実際、わたしは犯人の気持ちを理解しようとする点で、想像力が足りませんでした。外堀を埋めるだけでは説得力に欠ける。あなたの推理で初めて、皆が納得してくれたんです。その功績は誇って下さい」

「晃さん……ありがとうございます」

 晃は嬉しそうに頷くと、仕切り直して提案した。

「さて。明日の朝まで自由時間ですが、どうでしょう? 改めてこの館を探索しませんか? 捜査で行けてない場所がまだまだありますし……」

「賛成! アタシ、遊戯室が見たいな」

 幸運のセリフを皮切りに各々が行きたい場所を提示したので、一旦バラけて探索して、後から情報交換をする運びとなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ