第十四話『デモプレイ/ある探偵の死~捜査編~』
『……では、捜査パート開始です』
「凶器確保ッ!」
ラプラスがアナウンスを終えた途端、最初に動いたのは照だった。彼はベッドに近づくと、どこからか取り出したハンカチで包丁の持ち手を包み、一気に引き抜く。その反動で幸運の死体が少し浮き、ベッドの反発で軽くバウンドした。
「照さん。ゲームとはいえ、もう少し配慮を……」
「あ、ごめん。ただの立体映像と思って、不可抗力だった」
晃が注意すると照は少しバツが悪そうに謝罪したが、すぐさま興奮冷めやらぬ様子で言葉を続けた。
「それにしても、パインズゴーグルだっけ? 本当にスゴイや。包丁を抜き出した時の重みまで、しっかり腕に伝わってきたよ」
晃は彼の態度に眉をひそめるも、まずは現状を理解することに努めた。
「……まぁいいでしょう。死体の動きを鑑みるに、我々の視界に合成される情報は単なるホログラム的な映像ではなく、物理演算なども組み込まれているようですね」
『仰る通りでございます、晃様。皆様の行動に反応してパインズゴーグルは感覚野を刺激し、証拠品の実際の重みや匂いまで感じていただけます。これこそ極限のリアリティを追求した……』
「夢のアイテム、でしたね。捜査はが必要なのはこの部屋だけですか」
『もちろん、現場以外にも解決の糸口となる証拠が残っている可能性はございます。館内はご自由に探索下さい。ですが今回はデモプレイですので勝手ながら制限時間は十五分で区切らせて頂きます』
――十五分後、彼らは再び円卓に集合した。
『さて皆様、準備はよろしいでしょうか? ここからは議論パート……前の捜査パートで集めた証拠を基に、事件の概要を推理して頂きます。とはいえデモプレイなので、皆様には幸運様の〝死体〟を発見する前の行動がありません。今回はシナリオに沿って皆様の行動は設定させて頂きました。是非ロールプレイをお楽しみ下さい……事件に関わる現場のアイテムに関しても、本来は皆様の提示によって共有されるものですが、時間短縮のためにあらかじめ表示しておきます』
ラプラスの案内と共に、円卓の中央にウィンドウが浮かび上がる。表示されたアイテム表は以下の通りである。
201号室の証拠品……包丁、アイスの空き箱、防犯用さすまた、長いゴム製ベルト(何かの部品らしい)
『では、議論パート開始です』
「じゃあ。まずボクからイイかな」
照が喋りながら手元を操作するとウィンドウが切り替わり、包丁の立体映像が投影された。幸運の胸に突き刺さっていた、あの包丁である。
「凶器は間違いなくこれだね。死体の状態を調べたら、刃が食い込んで胸骨の一部が骨折してた。凄まじい力で突き刺されたらしい」
彼のセリフに合わせて、レントゲン風の情報も投影される。包丁の根元に近い刃と、骨の亀裂。二つは完全に一致していた。
「包丁に指紋はなかったけど、備え付けのさすまたには彼女の指紋がついてた。これで犯人に抵抗しようとしたんだろうね」
照が物証について話し終わると、紗香が情報を付け加えた。
「胸の刺し傷以外、遺体に目立った外傷はありませんでした。シーツに大量の血痕があったので、死因は出血死で間違いないと思います。問題は包丁の出処ですが……」
「それについては、オレが」
拓馬が手を挙げ、話を継いだ。
「この包丁は調理室から持ち出されたものだ。刃物のセットから一番大きなものが一本だけ紛失していた」
「なるほど。犯人は調理室に出入りした人物……と。凶器については、このくらいにしておきましょう。次にアリバイについてですが」
晃がそう言うと、円卓のウィンドウが切り替わり、以下のような時間割のリストが表示された。
午後九時……円卓にて全員で夕食。紗香と照が自室に戻る。拓馬と幸運が調理室で食器洗いなど片付け。晃と秀才が遊戯室でチェスを始める。
午後十時……拓馬と幸運が調理室を退室、遊戯室でチェスの観戦。
午後十一時……全員が自室に戻る。
翌午前八時……死体発見。第一発見者は秀才。
「ご覧の通り、共有情報として設定されたアリバイは全員が自室に戻った午後十一時までしか載っていません。記録上、調理室の出入りは拓馬さんと幸運さんのふたりだけ……」
「オレは違うぞ! 片付けのあと、刃物が揃っているのを確認してから調理室を出た。オレよりも、個別行動をしていたふたりが怪しい。どうなんだ」
「私は備え付けのテレビでずっと映画を観てました。珍しいDVDがあったので」
「ボクはずっと寝てたよ」
「照が怪しいな。オレたちが遊戯室に行ったのを見計らって、包丁を盗み出したんじゃないのか?」
「面白い推理だね。ところで拓馬さんは包丁の扱いにも慣れてるし、かなり力が強そうだ。犯人像にピッタリだと思うけど?」
照と拓馬がバチバチに睨み合う。秀才が仲裁に入った。
「落ち着いて下さい! 闇雲に主張し合ったところで水掛け論にしかなりません。それよりこっちのデータで、気になる点があるんです」
秀才が示したのは、館内の電気系統記録。プログラム形式で記載されているため、その文字の羅列が何を意味しているのかは、一見して分からない。秀才が追って説明をする。
「この建物は人感センサーで照明をコントロールしています。人がいなければ十五分で消灯する設定です。記録によれば午後十時以降、大広間の照明は三回、遊戯室の照明は一回点灯しています。僕たちが遊戯室から自室に戻った後に、誰かが遊戯室を訪れたってことです」
「遊戯室? 事件と関係ないじゃないか」
拓馬が呆れたように首を捻る。一方で、照がケロッと告白した。
「白状するよ。それ、ボクだ」
「おい! やっぱりウソついてたのか!」
「勘違いしないで欲しいな。拓馬さんの言う通り事件と関係ないから、ノイズにならないように立ち回ってただけさ」
「遊戯室から中庭を通って、こっそり包丁を盗んだんじゃないか? 秀才、調理室の照明記録は?」
「朝まで反応なし。つまり誰も入っていないことになりますね」
「ほら、言ったでしょ? ボクは調理室には行ってないんだってば」
やれやれと首を振る照。
「じゃあ犯人はどうやって包丁を手に入れたんだ……」
当てが外れ、頭を抱える拓馬を尻目に、晃が口を開いた。
「照さんは何をしに遊戯室へ?」
「どんな物があるのか気になってね。深夜に起きてこっそりチェックしに行ったんだ。久しぶりに麻雀の自動卓みたから少し触ってみたよ」
「自動卓、確かにありましたね。遊べましたか?」
「壊れてて動かなかった。直そうとしたんだけど原因が分からなくて、諦めて戻ったんだ」
「そういえば幸運ちゃんも自動卓を弄ってたっけな。その時は動いてた気がするが……」
「なるほど」
晃はふたりの話を聞きながら目薬を差し、眉間を揉んでしばらく思案に暮れた。やがて納得したように頷くと、更に拓馬へ質問した。
「拓馬さん。調理室を出たのは貴方が最後ですか?」
「どうだったか……あ、そうだ! 俺が点検を済ませたあと、幸運ちゃんがアイス食べたいって引き返したな」
拓馬のセリフを聞いて、秀才が思い出したように付け加える。
「そういえば遊戯室に箱で持ってきて、配ってましたね」
晃は満足気な笑みを浮かべる。
「ありがとうございます、全て分かりました。この事件……幸運さんの自作自演ですね」