第十三話『デモプレイ/ある探偵の死~事件編~』
弓形の階段を登った先には踊り場があり、一階の円卓を見下ろす形でせり出したその空間は大広間を背にしてソファと小さな机が設置されている。壁には黄金色の金属プレートが二枚、それぞれ『201〜203←』『→204〜206』と黒く印字されていた。
五人は201号室を目指して左へ向かった。ドアを開けたのは秀才だ。部屋はホテルのスウィートルームのようになっており、廊下からリビングを見通せた。五人が部屋になだれ込むと死角になっていた右手のベッドの上に、変わり果てた幸運の姿があった。
ベッドに横たわる彼女は安らかな顔をしていたが白いブラウスの胸元は赤黒く染まり、そこに墓標のように大きな包丁が突き立てられていた。机と椅子が不自然に反対の壁際へ寄せられており、床には防犯用のさすまたが転がっている。
「こっ、これは!」
動揺する秀才にラプラスは淡々と説明した。
『ご安心下さい。こちらはデバイスによって投影された映像になります。もしご気分が優れないのであれば、一度デバイスを取り外していただいて構いません』
皆がデバイスを取り外すと、ベッドの死体は消え、代わりに部屋の真ん中に、何事もない様子で幸運が立っていた。彼女は意地悪な笑みを浮かべて彼らを観察していたが、自分が視認されたことに気づくと驚いてみせた。
「わ! びっくりした」
「こっちのセリフですよ。幸運さん、ずっと見ていたんですか?」
晃が呆れたように尋ねると、彼女は照れ笑いをしながら言った。
「たはは……透明人間になれたのが楽しくて、つい」
『被害者はゲームマスターとして、ゲーム中は存在がミュートされます。〝死体〟が喋ってしまっては推理になりませんので』
ラプラスが説明すると幸運は指で空を切り、なにやら操作をしながら言葉を続けた。
「そうそう、わざとじゃないんだよ。死体役でも結構やること多くて忙しいし。さ、戻った戻った。みんなはゲームを楽しんで!」
彼女に促され、秀才が再度デバイスを装着した瞬間、またしても幸運の姿は見えなくなり、代わりに先程と同じく〝彼女の死体〟がベッドの上に現れる。
『本来のプレイでは〝死体〟が発見された時点で事件発覚、ゲーム開始となります』
「これって……視界を上書きしてる?」
『その通りです、秀才様。視界だけでなく、五感全ての情報をゲームシナリオに基づいて調整します。このデバイスこそ、『もつれ館多重殺人事件』における我が社の最高機密。極限のリアリティーをもたらす夢のアイテム〝パインズゴーグル〟です』
「パインズゴーグル……」
『紗香様、いかがでしょうか? 』
「あっえっ、はい! 素晴らしいものだと思います」
名指しされた紗香はびくりと身体を震わせる。研究者として好奇心を抑えられなかったのだろう。まじまじとデバイスを観察していた彼女は、イタズラを咎められた子供のように取り繕って返事をした。ラプラスは特に追及せずガイドを続ける。
『それは何よりです。ではデモプレイに戻りましょう。皆様、現場をご覧下さい。捜査員の方々には血痕や足跡などが、青い光で強調表示されていると思います。それらの内いくつかが、事件解決に役立つ証拠となるものです。』
「なるほど、これなら素人のオレたちでも証拠を見落とさずに済むな」
『平等なゲーム体験を目指してデザインされていますので……では、捜査パート開始です』