第十二話『もつれ館多重殺人事件』
六人が館に入ると、それを出迎えるように館内の照明が点いた。
館の一階は、赤い絨毯が敷かれた吹き抜けの大広間。中央に豪華絢爛なシャンデリアが吊るされ、広間全体を煌びやかに照らしている。
シャンデリアの真下には『ドミトリー館』を彷彿とさせる大きな円卓が置かれ、その奥で両階段が緩やかな弧を描いて二階へと伸びていた。
階段の下に隠れるようにして左右の奥の壁にはドアがあり、左手の方には「遊戯室」、右手の方には「調理室」のプレートがそれぞれ掲げられていた。
円卓には人数分の座席と資料が置かれている。六人が近付くと、どこからか中性的な声のアナウンスが響いた。
『この度はマーダーミステリー『もつれ館多重殺人事件』のテストプレイにご参加下さりありがとうございます。まずはご着席いただき、お手元の資料をご確認下さい』
指示に従って各々が席に座ると、アナウンスがガイドを続ける。
『簡単なゲーム概要とルール説明をさせていただきます。はじめにゲームのジャンルに関して。マーダーミステリーとは直訳で〝殺人事件の謎〟を意味し、プレイヤーの皆様で犯人探しの議論をして、事件の解決を目指すことが主な目的となります』
「ほーん。おおかた人狼ゲームみたいなもんか」
拓馬が小声で呟くと、自然にアナウンスが反応した。
『拓馬様、失礼ながらマーダーミステリーと人狼ゲームは似て非なるものです。人狼ゲームは進行に応じてプレイ人数が減り、各陣営の勝敗が決するまで終わりませんが、マーダーミステリーは原則としてプレイ人数が変化することはなく、最初に提示されるひとつの事件について証拠を集め、ストーリーを読み解きながら制限時間内に犯人を当てるのです』
「なるほど! 確かにだいぶ違う……って、え?」
違和感に気づいた彼が辺りを見回す。音声の垂れ流しと油断していたところをいきなり話し掛けられ、戸惑っているようだ。
「きっと何処かに集音マイクがあって、コチラの会話を聴いているんでしょう」
秀才が推察すると、それを受けてまたアナウンスが返事をした。
『秀才様、その通りです……失礼、自己紹介が遅れました。ワタシは今回のテストプレイにおいて皆様のサポート役を務めさせていただきます、ガイドAI〝ラプラス〟と申します。以後お見知り置きを』
「ラプラス! 可愛い名前じゃん、よろしくね!」
『幸運様、よろしくお願い致します』
幸運が嬉しそうに返事をすると、ラプラスも愛想よく答える。ガイドAIというだけあって、執事のように丁寧な言葉遣い。そのやりとりを聴いていた晃は、不審げな表情で問い質した。
「ところでラプラス、貴方は我々のことをどこまで知っているんですか?」
『お答えします。ワタシには、皆様のフルネームと性別、生年月日に加え、本社で検査した身長と体重が設定されております。それ以外は存じ上げておりません』
「ふむ。では皆さん先に自己紹介を済ませておきませんか。まだ互いにハンドルネームしか知らないのに、ラプラスが本名を呼ぶのでこんがらがってしまいそうで……」
「さんせーい! じゃゲーム説明はその後でいい?」
『了解しました。しばらく待機します』
「ありがと。じゃあアタシから! ラッキーこと、東幸運です。今は私立探偵をやっていて……」
六人が自己紹介を終えると、ラプラスがルールの説明を再開した。
『では、簡単なデモプレイを行ってみましょう。資料の最終ページをご覧下さい。個別のミッションと、役割が記載されているはずです。被害者の方は?』
「アタシだ〜」
『では今回のゲームマスターは幸運様となります。机の引き出しを開けて下さい』
「これ?」
『そちらを耳にお掛け下さい』
「はーい……って、おお。おおお! なにこれ凄い!」
幸運が小型のイヤーカフ形状をした機器を耳に掛けると、一部が光った。その途端、彼女はまるで初めて3D映画を見た観客のように、椅子の背もたれに大きく仰け反った。
「大丈夫か、幸運ちゃん!」
拓馬が慌てて声を掛けるが、彼女はすぐに落ち着いて返事をした。
「えっと、うん。大丈夫〜! いきなりで驚いたけど、普通にARデバイスだね」
『失礼。説明が遅れました。最初に起動するデバイスがそのゲーム進行における親機となります。ウィンドウに表示されたシナリオから好きなものをお選び下さい』
「オッケー、選んだよ」
『残りの皆様もデバイスを装着して下さい。よろしいですか? では、ゲーム開始です』ラプラスの言葉と共に、彼らの眼前にウィンドウが表示された。
【ある探偵の死】私立探偵の東幸運が殺害されているのが発見された。場所は建物二階、南棟にある彼女の自室、201号室。夜間に行われた殺人。いったい犯人は誰なのか……
タイトルと共に、事件の概要がテキスト表示され、同時に館の全体像が回転する立体図で示される。
ここで簡単に建物の構造を説明しておく。『もつれ館』は北を上にして大きな「コ」の字型をしており、建物が三方から中庭を取り囲む構造。建物のない西側には壁が設置されているため、中庭へは一階の遊戯室か調理室を経由しなければ行き来できない。
六人が最初に入った玄関は東側、「コ」の字の右に位置する。縦棒部分が吹き抜けの大広間、横棒部分は一階がそれぞれ調理室と遊戯室、二階が宿舎になっている。
二階の宿舎は北と南から中庭を挟み、三部屋が向かい合って並ぶ。事件現場は遊戯室の真上、南棟の一番奥の部屋だった。
事件概要の説明が終わり、ウィンドウが閉じると……果たして、円卓から幸運の姿が消えていた。戸惑う五人をラプラスが促す。
『さぁ、では現場に参りましょう』