第九話『招待状その2~西原照・五月雨紗香』
「よし、クリア! やっと終わった〜、みんな応援ありがと! じゃ、また次の配信で会おうね!」
流れるコメントに包まれながら、彼は配信を切りヘッドセットを外した。
高級マンションの一室。不釣り合いなくたびれたジャージ姿で、彼はゲーミングチェアに深々と背中を預ける。大きく溜め息をつくと、やおら体を起こして配信記録のトリミングを始めた。
ライト――西原照、28歳。VRゲーム配信者『サイバー・ライト』の中の人。中性的な声とあざとい子どもアバター。それらに似合わぬ頭脳派プレイがウリで、視聴者参加型のボードゲーム企画が人気だ。作曲家としても知られており、活動歴は今年で十年になる。
そんな彼は、最近マンネリに悩まされていた。新しいゲームも楽曲も、どれも似たように感じる……
原因はAIだ。2030年代、AI生成楽曲が音楽業界を混乱させていた。36年の法改正で落ち着いたものの、かつて世に出たものはネットに残り続けている。
照は以前、興味本位で自分の楽曲を無断学習させた曲を聴いてみたことがある。そこで一曲だけ、未発表のアイデアと酷似したモノを見つけてしまったのだ。
自信家の彼にとって、そのショックは大きかった。「ボクの才能は、AIに予測される程度か……」敗北感が無意識に刷り込まれ、いつしか鬱状態になっていた。
全てがつまらない。現状を打開する起爆剤になるような、新しい刺激が欲しい。そう考えていたところに、あのメールが飛び込んできた――
「ご存知の通り、2022年にダブリン大学が脳内の陽子スピンからエンタングルメントを観測し、現在では人の脳が量子計算を行っていることは明白な事実です。この液体型コンピューターの工学理論を応用すれば理論上、DNAコンピューティングの延長として人の脳をそのまま利用可能……」
会議場でプレゼンをするスーツ姿の女性。ひと目で美人と分かる彼女が登壇したとき、出資者の……特に男性陣の目はしっかりと開かれていた。しかし二時間後、結果は惨敗。彼女の熱弁を理解できた者は誰一人としていなかった。
「うーん。『次世代ニューロコンピューターと仮想空間の新しい定義について』ねぇ。所詮、机上の空論でしょうな」
「見た目は良くても、頭はお花畑か」
会場を後にする客たちの心ない言葉に、彼女は唇を噛み締めた。
「出資に興味あるとか言って、集まるのは下衆ばっかり」
悪態を吐きながら帰路を急ぐ。今日のプレゼンは最悪だ。いやらしいあの視線に耐えたのに、研究内容まで否定されて……過去のトラウマが脳裏を過ぎる。
Saya――五月雨紗香、32歳。幼少期に「ブサイク」と虐げられた彼女は就職してお金を貯め、整形で人生を変えた。元はプロダクトデザインの会社に勤めていたが、整形を期に転職し現在は生物工学の研究者として活躍している。
バラ色の人生を手に入れたと浮かれたのも束の間で、外見至上主義にうんざりした彼女が次第に人の中身に興味を見出すのは自然な成り行きだった。外見を排除し、能力至上主義の社会になればどれほど愉快だろう。そんなくだらない妄想がやがて研究の主軸となり、人類の脳を直接のサーバーとした仮想空間の構想に至った。
人が眠って見る夢を知覚しているように、それが当たり前だと認識すれば思考は劇的に変化するはずなのに……どうしてみんな、気づかないんだろう。
失意のまま帰宅した彼女が気分転換にゲームでもしようとデバイスを起動すると、見たことのないアドレスからメールが届いていた――