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第7話 護符兵

「!?」

 二人は周囲の状況を見て驚いた。

 部屋の中は吹き抜けの倉庫のようになっており、1階に様々な荷物が積み上げられているのが分かる。

 表から見えたビルより随分広く見えるが、複数のビルをつなげて建て増しされたもののようだ。

 そして二人が居る廊下の両端は階段になっていたが、どちらにも杭を携えたローブの男たちが待ち構えている。

 廊下から見える1階にも同じくローブの男たちがいた。


「お待ちしておりました、アリウス様、それに清隆様も」

 1階にいるローブの男の一人が二人に声をかけた。

 前に会った構成員たちよりも話し方が丁寧で品を感じられる。

 どうやらヴェールドたちは二人の侵入に気づいて待ち構えていたらしい。


(なぜ私の名前まで知ってる……?)

 清隆はアリウスの知り合いとして既にヴェールドに知られていたということなのだろうか。

 しかし、以前アリウスと出会ったヴェールドは全滅したはずだ。あのときに知られたのではないとしたらいつ知られたのか。

 わからないことを探っても仕方ない。


「お二人共丁重にお迎えしてください」

 1階から声が響き、階段の男たちが近づいてくる。

 アリウスの話の通りなら、ヴェールドの『丁重なお迎え』がろくでもないものであることは想像に難くない。


「清隆、なるべく自分の身を守ることに専念してくれ」

 アリウスが前に進み出ながら声を掛ける。

 横にいた清隆は、アリウスの眼鏡の奥の青い目から光が放たれたように感じられたが、気のせいだろうか。

 次の瞬間、部屋の影という影が波のように震えて形を変え始め、構成員たちに触手を伸ばしていく。


 清隆は目を逸らしたが、触手が構成員たちを締め上げたことによる悲鳴が周囲に響いた。

 アリウスに近づくことのできた構成員は一人もおらず、彼はまだ廊下に立っていた。

「何度でも同じだ。まだやり合おうというのか?」


 1階にいた構成員たちも縛り上げられており、アリウスはそれを冷めた目で見ていた。

 清隆を見ている時には見せない、ぞっとするほど冷たい視線だった。

 構成員たちの命がかろうじて残っているのは、奪おうと思えば簡単に奪えるが、意味がないからしないだけである。

 縛り上げてしまえば杭を持って襲ってくることもできない。


「ふ……同じだと思うか?」

 縛り上げられたまま、構成員の一人が苦しみつつも口元に笑みを浮かべた。

 先ほど聞こえた声とは違い、前に会った構成員たちに近い話し方だ。

 先ほど二人に呼びかけた男は、どうやらすでにこの場から去ったらしい。

 その時、縛り上げた構成員たちの一部に何かが起きていることに清隆も気づいた。


 触手によってローブが破れた構成員の中に、異様な姿の者たちが混ざっていたのだ。

 以前出会ったヴェールド構成員の中には、体に魔術の護符(タリズマン)を刻んでいる者がいたが、それと似た模様を刻まれた、石碑や木簡。

 それらが組み合わさってできた、人形のような何かが触手を振りほどいて立ち上がってきた。

 石でできた人形は、影を振りほどく瞬間に腕が壁に当たるが、当然壁のほうが壊れていく。

 木の人形は、体に巻かれた蔓のようなものがうねっているのが見える。


「ば、化け物……」

 清隆がそう言うと、構成員が笑い声を上げる。

「化け物? それはそちらのアリウス様のことだろう。これらは魔術と錬金術の最新の研究から生み出された護符(タリズマン)兵。我々の切り札」

 その間にアリウスは護符兵たちを再び縛り上げようと影を伸ばすが、振り払われてしまう。

「む……」

 この時になってこれまで余裕そうだったアリウスが少し顔をしかめる。

 どうやら護符兵の腕力は相当なもので、影では縛りきれないようだ。

 動きは遅いが、着実に護符兵たちがアリウスに距離を詰めてきている。


 木の護符兵が蔓を伸ばしてアリウスの腕を縛り上げようとしてきた。

 アリウスは伸びてきた蔓を逆に掴んで引きちぎるが、数が多い。

 それにこのままでは護符兵が清隆に近づいてきてしまう。

 石の護符兵の腕を振り下ろされたら、清隆は簡単に砕け散ってしまうだろう。


「清隆、窓から逃げろ。俺は後から行くから」

 アリウスはそう言って、ドアの前にかがんでいた清隆の横でドアに思い切り蹴りを入れた。

 木のドアが外れて、窓の外が見える。


「わ、わかった……」

 清隆はアリウスのことが心配であったが、今は指示に従うしかないと、なんとか立ち上がる。そして急いで窓へ駆け寄る。

(まずいな)

 清隆が窓の外から様子を確認すると、建物の入口には先ほどまではいなかった構成員やスラムの住人たちが徘徊していて、警戒しているのが分かる。

(屋根から行けるか?)

 窓から頭を出し、上に登るために掴めそうなところがないか探す。

 (ひさし)につかまるには、窓に足をかけないと無理そうだ。しかたなく身を乗り出す。


「上に登って逃げるぞ」

 案の定、すぐに下の構成員たちが清隆に気づいた。

 急がなければ、と清隆が腕に力を入れると、自分でも思っていないほどの身軽さで、屋根に飛び乗ることができた。


「……?」

 清隆は奇妙に思うが、立ち止まっている余裕はなさそうだ。

 下の方から構成員たちの近づいてくる足音が聞こえる。すぐに屋根に登ってきて捕まってしまうだろう。

 その前に逃げなければ。


 ビルの屋根を伝って別の建物に飛び移り、そのまま旧市街を離れることにする。

 清隆は後ろを振り返ることなく、全力で走った。

 屋根と屋根の距離が多少離れていても、難なく乗り移れた。

(流石におかしくないか?)

 清隆ははここまで運動神経が良かった覚えはない。しかし今はこの身のこなしの軽さで、ヴェールドの追手を振り払うことができたようだ。

 気がつくと、旧市街からすっかり離れて新市街へ戻ってきており、ボーダーポート駅が見えてくる。


 夜なので目立ちにくいが、人通りの多い場所まで来たので清隆は気づかれないようにビルとビルの間へ降りる。

 壁の柱に捕まりながら、無事に地面に降り立った清隆はため息を付いた。

「……アリウスは無事だろうか?」

 心配しつつも、あまりに必死に逃げてきたためか、疲労感が途方もなかった。

 なんとか八猫亭へ戻って寝台に横になりたい。

 清隆は自分にそう言い聞かせて、馬車を探しながら歩いていく。



 時は少し戻る。

 清隆がビルの窓から抜け出してすぐのことだ。


 アリウスの前に木と石の護符兵が迫ってきていたが、少なくとも清隆を逃がすことができたことで安心していた。

「俺が逃げるのは容易いが、これらは徹底的に壊しておいたほうがいいだろう」


 清隆はアリウスがこれ以上の神秘を起こすのを快く思わないだろうが、彼の安全を守るためには仕方ない。

 未だにアリウスの記憶には眠っている箇所が多い。それでも、破壊(くいあらすこと)は彼の本質に近く、簡単に思い起こせる。

 そう決めると、アリウスは普段の笑顔に戻る。


「今夜は一緒に遊ぼう、名無しの森の子たち」


 歌うように呟くと、周囲の影がこれまでと違った形に動き始める。

 影の中から無数の目が開き、ぎょろぎょろと周囲を見回す。


「ひっ……」

 影の中から何かに見つめられていることに気づいた構成員たちは、息が止まりそうになる。これまでもアリウスの影が動くのは知っていた。それとは違う何かが起き始めていた。

 護符兵たちには意思がないのか、目がないからなのか、そうした変化にも怯えることはない。


 しかし、木の護符兵の動きが止まる。足元からバリバリと音が聞こえて、構成員がそちらを見ると、影から出てきた獣のような何かが護符兵の足にかじりついていた。

 それは山羊のような角を持つ、黒い毛むくじゃらの獣であった。目は一つしか無く、手足がどこかも判別できないが。

 獣は一匹だけではなく、次から次に影から湧き出してくる。

 獣は護符兵の表面に刻まれた模様を食いちぎり剥がしていく。

 木だけでなく石の護符兵も同様であった。


「魔術師ならよく知っているだろう。この世界が見ようによっては、情報でできているということを」

 アリウスがそう言いながら、崩れていく護符兵を横目に、階段を降りていく。

 ゆっくりと拘束されている構成員の一人へ近づいてきた。

「俺が人の血を飲むように、この子たちは情報を食べる。普段は歌とかなんだがな」


 情報――護符の力もそうだ――を失った護符兵はもはや木や石でできたがらくたに過ぎない。

 獣は護符を食べ尽くしたあと、周囲の荷物の文字の部分なども食べ荒らしていく。

 食べ終わって満足した獣たちが目を閉じると、影の触手がそれに掴みかかり、影の中へ引きずり込んだ。

 引きずり込まれた影の中で、骨や肉が砕ける不気味な音が響く。

「おやすみ。まあ役に立ちそうな情報は無かったな」

 影の中を見つめながら、アリウスがつまらなそうに呟いた。


「情報を食ったのか……あの獣ごと」

 瓦礫の山と化した中で、未だ意識の残っていた構成員が不気味なものを見るように言った。

「獣じゃない。眷属(こどもたち)だよ。名無しの森の愉快な仲間たちさ。黒山羊って言われることもあるな。うん、誰が言ってたんだっけ?」

 アリウスは早口でまくし立ててから、不思議そうに首を傾げた。


「名無しの森……」

 構成員たちは、アリウスを調べたときの資料でその名を知っていた。

 この世界――遠い星、あるいは別の世界かもしれないが――のどこかにあるその森と、アリウスの影は繋がっている。

 その森で生まれる生き物はアリウスの眷属であり、アリウスの眷属となった者もその森に行くことになるという。

 アリウスは眷属を自分の子と称すが、その愛で方は人間のそれとは異なるようであった。


「流石に眷属(こどもたち)を沢山呼んだから、腹が減ったな」

 そう言うとアリウスは拘束されていた構成員たちを見る。これだけの人数がいれば、腹を満たすための血には困らなそうだ。

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