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第3話 協力体制

「死んだ?」

 半年前の事件のことを聞いたアリウスが驚いた顔をする。

 ボーダーポート駅前、劇場などの集まる区画にあるホテル。最上階のスイートルームに二人はいた。


 先ほど、アリウスは親友である長尾宗一に会うために、久しぶりに彼の屋敷を訪れた所だった。

 ところが家に人の気配がなく、不思議に思って周囲を歩いていたところ、先程の集団に取り囲まれてしまったのだという。


「てっきり、引っ越したのかと思ったのに」

 アリウスはリビングのソファに倒れ込むように座り、天井を見上げていた。


 清隆が昔、父から聞いた話によると、アリウスと父宗一は、この英国(イギリス)にやってくるまでの長い間一緒に旅をした仲だという。

 父が結婚してこの地に定住するようになっても、度々アリウスは彼の元を訪れて楽しそうに話していた。

 清隆は幼い頃の記憶を思い出す。その時のアリウスの姿は今と変わらなかった。


(もしかして父は、アリウスが吸血鬼であると知っていたのだろうか?)

 直接アリウスに聞こうかと思ったが、それよりもまず気になることがあった。

「そういえばここ数年は父に会いに来ていませんでしたね。どこか遠くへ出かけていたのですか?」

「いや、あの集団のせいだ」

 アリウスが身を起こし、苦々しい表情で答える。

「奴らは『隠された神秘研究会ヴェールド・アルケイン・コヴェナント』と称する魔術や神秘、錬金術の研究団体だそうだ」


「研究団体、にしては随分物騒な印象でしたが」

 清隆は『隠された神秘研究会』の集団を思い出す。

 杭を持つ者や、怪しい呪文を使う者などがいた。

 普通なら胡散臭いだけの存在だが、清隆は実際に彼らが使う術を目にしている。


「あいつらは末端の構成員だろう。上層部はもう少し研究者なんだろうが、不老不死の薬を作るとか、ろくでもないことを試している連中だ」

 数年前に、アリウスは『隠された神秘研究会(ヴェールド)』に捕まり実験施設のようなところに閉じ込められてしまったのだという。

「俺を捕まえてよくわからない実験を繰り返していた。もう少し丁重に扱って欲しいものだったな」

「あんな力があるのに、なぜ今になるまで逃げなかったのです?」


 清隆はアリウスがヴェールドの構成員たちを全て殺戮した場面を見ていた。

 そんな力を出せるなら、実験に抵抗するなど容易(たやす)いのではないだろうか。


「捕まってすぐに記憶を失ってしまったんだ。最初は自分が吸血鬼であることも忘れていたよ」

 しかし、徐々に記憶を取り戻し、ほんの数日前に施設から逃げ出してきたのだという。

「でもまだ思い出せないことも多い。宗一やトリシア、清隆のことは覚えているが、もっと昔のことはまだはっきり思い出せない……」

 トリシアは清隆の母の名だ。二人の名を口にする時、アリウスが青い目を曇らせているのを清隆は見ていた。


 清隆はアリウスになんと声をかければ良いのか分からなくなってしまった。

 自分も家族を失って悲しんでいるが、それと同じ思いをアリウスが味わっている。


「色々答えられないことが多くてすまない。そうだ」

 アリウスが立ち上がる。

「せっかく来てくれたのだから茶でも出さないとな」


 部屋には薪ストーブがあり、湯の入ったケトルが備え付けられていた。

 アリウスは机の引き出しを開けてティーセットを取り出し、紅茶をいれる。


「あ、ありがとうございます……」

 テーブルに置かれた紅茶を見て、清隆は戸惑いつつもカップを手にした。

 吸血鬼が入れた紅茶といっても、見た目は普通のものと変わりない。

 口に含むと暖かさで、先ほどまでの暗い気持ちが、ほんの僅かに紛れる気がした。


「清隆も大変だっただろうに、相変わらずしっかりしているな。もう少し楽にしてくれてもいいんだぞ」

 アリウスがそう言いながらフロックコートを脱ぎ、髪をほどく。

 ウェーブの掛かった金髪を適当に後ろにやり、アリウスは改めてソファにくつろぐように座った。


 髪をほどくとますます最近の若者のようにしか見えず、清隆は彼が父の親友であるという事実が奇妙に感じられた。

 そのままアリウスはシャツの首元のボタンを外し、鎖骨を(あら)わにする。

「アリウスさん……」

 あまり見るのも悪いかと思い、清隆は目を逸らしながら声をかけた。

「アリウスでいい。見た目的にはそう年も離れてないだろう?」

 ややくだけた態度でアリウスは答える。

 たしかに、二人きりのときならともかく、知らない人が二人の会話を見ると奇妙に感じられるだろう。

 清隆はできるだけ同年代であるように話すことを心がけることにした。


「わかった。それでアリウス、これを聞いていいかわからないが、父と母を殺したのは吸血鬼だと思うか?」

「……それはもう少し判断する材料がないとなんとも言えないな。ただ可能性はないとはいえない」


 アリウスが悲しげな顔で答える。

 街で密かに流れる、吸血鬼や人狼がいるという噂。

 本当にそれが事件の真相であるなど信じられるだろうか。

 しかし、ここに実際に吸血鬼がいるというのもまた事実であった。


 清隆はその言葉を聞いて、考えていたことを続けて話す。

「この街にアリウス以外にも吸血鬼がいるのか、それとももっと別の何かが原因か……それを知ることで家族が殺された事件の真相に少し迫れる気がするんだ」

「なるほどな。なら協力させてくれ」

 アリウスの答えがあまりにも早かったので、清隆は少し驚いた。

「なぜ吸血鬼なのに協力してくれるんです?」

「それはもちろん、宗一が私の友人だからさ」

 当たり前だろう、とでも言うようにアリウスは平然と答えた。


 長いこと話し合っていたため、すっかり真夜中になってしまっていた。

 八猫亭では清隆が帰ってこないので心配されているだろう。

 ひとまず清隆は駅の近くから出ている馬車で帰ることにする。


 アリウスは部屋を出ていく清隆を見送りながら言う。

「見送りできずすまないな。どこにヴェールドが隠れているか分からないからな……」

「このホテルは安全なのか?」

 清隆が疑問を口にする。何も力になれないとしても、誰かと一緒にいたほうがいいのではないだろうか。


「このホテルには奴らの影響がないと確認済みだ。逆に言うとそれ以外の場所に行く方が危険があるかもな」

「どうやって確認したんだ?」


 清隆が尋ねると、ソファに戻ったアリウスが顔だけ清隆の方に向ける。

 そして自分の眼鏡を指で示した。

「俺は人より少し眼がいいんだ。この眼で心の中まで読めるのさ」

「そんな力があるならなぜ……」


 敵対的な集団が迫ってきたら逃げられるのではないか?

 清隆は信じられないというように言葉を濁した。

「ヴェールド構成員は魔術的な何かで心を一時的に読めないようにできるらしい。だから不意に囲まれてしまうことはある。でもそれはつまり、読めない部分があれば怪しいと言っているようなものだ」

 アリウスが清隆が最後まで言い終わらないうちに答える。

 このホテルの関係者の心を読んで、不自然に読めない箇所がないと言うところまで確認済みということらしい。


「もちろん、勝手に清隆の心の中まで覗こうとは思わないさ」

 最後にそう付け加えたのは、心を読むまでもないということなのだろうか。


 帰り道、夜の霧の中を馬車が走っていく。

「はぁ……」

 清隆は一人でため息をついた。

 アリウスと二人で話していた時はなんともなかったが、一人になると彼が血を(すす)っていた様子を思い出してしまう。

(本当に彼と協力してもいいのだろうか。しかし、今日は色々起きすぎた……)

 アリウスは――少なくとも今は――清隆に敵対的ではないようだ。それでもどこまで信用していいのか分からないところがある。

 しかし、いまは何かを判断する気力も残っていない。

 ひとまず帰って、休んでから今後のことを考えることにした。

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