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第2話 アリウスとの再会

 清隆は生まれ育った家の付近まで久しぶりにやって来た。

 すぐに見覚えのある風景が近づいてくる。

(ここを曲がれば、すぐ家の門だ)


 しかし、清隆は道を曲がる前に足を止めることになる。

 すぐ近くの路地裏から、何やらざわざわと騒がしい気配を感じたからだ。


 この辺りは実業家などの比較的裕福な家が集まる住宅街だ。

 何もなければこんな夜中に騒がしくなることはない。

 清隆は嫌な予感がしつつも、そっと路地裏の方へと向かう。


 集合住宅(アパートメント)の間にある行き止まりに集団がいて、一人の男を取り囲んでいた。

「――様、お迎えに上がりました」

「何度言えば分かる。もうあの場所へは戻らないぞ」

 囲まれているのは清隆と同じくらいの年の、眼鏡を掛けた金髪の男であった。


(きな臭い雰囲気だな、警察を呼びに行くべきか……あれ?)

 清隆が遠くから様子を見ていると、先程見た金髪の男を何処かで見たような覚えがある事に気づいた。

 この近所に住んでいる者ではなさそうだし、学生時代の知り合いでもなさそうだ。

 どこで会ったのだろうか。


 清隆は男のことをもう少し良く見ようと思い、集団に見つからないように近づく。

 男を囲んでいた集団の多くはぼろぼろの布をローブのように纏っており、はっきり顔を見ることはできない。

 どうみても怪しい集団であった。


 対して、囲まれている金髪の男は一見普通の青年に見えた。

 身につけている臙脂(えんじ)色のフロックコートが少し古い年代のものに見える。

 それに合わせてか、首に巻いているのはネクタイではなくスカーフのようなクラヴァットであった。

 長い金髪を頭の後ろで束ねている。

 昼に街中で見かければ、少し服装にこだわりがありそうな部分以外は気にならないだろう。


(この集団は何狙いなんだ? 金品狙いにしては大掛かりすぎないか?)


 金髪の男を囲む集団の数はざっと見て15から20人はいるように見えた。

「仕方ないですね……強制的に連れ戻すぞ」

 集団の代表らしき男が一人前に出る。

 そのローブから覗いた腕には、奇妙な文字や記号が刻まれている。


護符(タリズマン)を刻んで強くなった気か?」

 金髪の男がそれを見て笑う。これほど大勢に取り囲まれているというのに、彼は焦る様子を見せない。


「捕らえろ!」

 命じられて、数人の者がローブの中から杭のようなものを取り出し、金髪の男に飛びかかる。

 杭を持った者たちの腕にも、同じような模様が刻まれているのが見えた。

 しかし、金髪の男は無駄のない動きで杭を躱していく。

 杭が地面に刺さり、石畳の床を破壊した。普通の人には出せない怪力であることが清隆にも判った。


 その次に、集団の中から別の男が前に出てきて何かの呪文を唱え始めた。

「土の霊よ、奴を取り押さえよ」


 清隆が耳を疑った次の瞬間、地響きが起こり石畳が崩れていく。

 その下から現れた岩盤が金髪の男を囲むようにせり上がっていった。

「何が起きている!?」

 清隆は思わず叫んでしまった。しかし、轟音によりその声は誰にも届かない。


 せり上がった岩盤の動きが止まる。金髪の男は岩盤で潰されたに違いない。清隆がそう思った次の瞬間。

「……この程度か?」

 男のつまらなそうな声が響く。


 その時、清隆は岩盤の周りの黒い影が伸びていることに気づいた。

 何も動いていないのに、影だけが動くなんてことがあるのだろうか。

 しかしここまで異様な光景を見てしまった清隆は、実際に起きているのだと信じるしか無かった。


「弱い人間を多少強化したところで、元の差を覆すのは大変難しいのだ」


 金髪の男の姿が見えないまま、影が集団にまで伸びていく。

 そして地面から飛び出した影が集団を締め上げる。

「ぐっ……やはりこの男こそ……様の探していた吸血鬼……」

 集団の一人が息も絶え絶えに呟くが、次の瞬間に地面から伸びた槍のような影に貫かれ絶命していた。


(何が起きているんだ。これは夢じゃないのか……?)

 物陰に隠れたままの清隆は、あまりの衝撃に動けなくなってしまう。

 ここにいた20人近くの人々の命が、一瞬で尽きてしまったのだから無理もない。


「やれやれ……無駄に力を使ってしまった」

 岩盤の下から出てきた金髪の男が、服についた土を振り払う。

 悠長にしているが、彼の周りには地面から生えた影の槍に貫かれた者たちの成れの果てが垂れ下がったままだ。


(私は、どうすればいいんだ?)

 最初は集団のほうが男を害していると思ったわけだが、実際には逆の結果になっている。

 清隆はその場から動けないまま、警察に行ってなんと言えばいいのかわからなくなってしまった。

 物陰で清隆が困惑している間も、金髪の男は彼の存在に気づいていないようだ。


「腹が減ったな」

 そう言って金髪の男は近くの死骸を槍から引き下ろした。

 貫かれた胸と口から血を垂れ流している。

 金髪の男は死骸がまとっていたボロ布を破き、胸に口を近づけた。

 口を開けると、長い二本の牙が光るのが見える。


(まさか……)

 先ほど、集団の一人が死ぬ前に吸血鬼という言葉を口にした。

 それは比喩などではなく、本当にあの男が人の血を飲む存在であるということを意味していたらしい。

 清隆に見られていることに気づかないまま、金髪の男は死骸から血を啜り続けていた。

 その時だ。清隆が彼の顔をはっきり思い出したのは。


「……え、アリウス、さん?」

「!?」

 金髪の男が初めて清隆のことに気づき、驚いて顔を上げる。

 口の周りに僅かに血がついているのは初めて見たが、それ以外は確かに見覚えがあった。


「アリウス・ネームレスウッド伯爵。日本に帰れなくなった父を長年助けてくれた……昔よく遊びに来ていたのを覚えています」

「お前は、清隆なのか? 宗一の息子の」


 金髪の男――アリウスが清隆の名前を口にする。それにより清隆は彼が間違いなくアリウスであると確信した。

「しかし、あなたは昔あった頃とほとんど姿が変わっていないようです……一体どういうことなんですか?」


 清隆の父は生年がはっきりしていないが、おそらく享年60前後だろうと思われた。

 彼と若い頃から親交のあるはずのアリウスだが、目の前にいる男は清隆とほぼ変わらない年齢に見える。少し年上くらいだろうか。

 このような不自然さに、これまで気づかないなどありえるのだろうか。

 それとも、彼が不思議な力で若返ったとでもいうのか?


 清隆が正面から問いかけたことで、アリウスは申し訳無さそうな顔をした。

 先ほどまでの、集団に囲まれても平然としていた彼はどこかに消えてしまい、なんと答えればいいか困惑しているようだ。


「記憶が間違っているのか、あなたが若返ったのか……」

「俺は変わらないよ。奴らの話を聞いていたのだろう。つまり、俺は元々吸血鬼なんだ」

 アリウスが姿勢を正し、清隆に近づいてきた。

 清隆は、アリウスの恐ろしい一面を見たばかりだと言うのに、不思議と危険を感じることはなかった。


「『奴ら』……そういえばこの人たちは一体何者なんですか。なぜ追われていたんです?」

「すまない。全部話したいが、ここでは時間がかかりすぎる。私の部屋まで来てほしい」


 アリウスが清隆を制し、ついてくるように言って歩き始めた。

「ボーダーポート駅前のホテルに部屋を借りている。ああ、でも心配ならまた別の日にするか?」

「いえ……」

 アリウスの言葉に首を振る清隆。

 あまりにも常識外の事が起きすぎて、既に警察に行く気持ちも失せている。

 今は彼から話を聞くしか無い、とアリウスについていくことにした。

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