第16話 灯台
しばらくして清隆は自分の屋敷のホールで目を覚ました。
(あれから、私はどうしたのだ……?)
一度屋敷の外に出てから戻った記憶がない。
外はすでに日が高く昇っているが、ボーダーポートは通年で曇りが多く、ぼんやりとした明るさだった。
次第にこれまでのことを思い出してきた清隆は、心が沈んでいく。
(父と母、そして使用人たちもすべて殺したのは私だった……)
彼のすぐ近くに凶器として使われた刀が置いてあったが、なるべく目に入れたくなかった。
(そしてアリウスもヴェールドに捕まってしまった……)
清隆は再び自分の胸に手を当てる。
昨日と同じように鼓動を感じられず、自分が人間としては生きていないことを突きつけられる。
「うえ゛っ……」
清隆は急に吐き気を催し口を押さえた。
しかし、口からは特に何も出ず、代わりに彼の影から血がどくどくと溢れ出す。
それは自分が家族たちを殺して得た血であることにすぐ気づいた。
(戻しておきなさい。それがないと君は生きられない)
清隆の中に自分と同じ声が響く。名前のない吸血鬼の声である。
顔を上げると、清隆の前に彼と全く同じ姿の半透明の男が立っていた。
清隆はこれは自分にだけ見える幻覚なのだと悟る。
「生きられないだと? 馬鹿馬鹿しい」
すでに生きていないようなものではないか。
しかし、この血をいくら床に流しても、父も母も戻ってこないのだ。
どうやって戻せばいいのかわからなかったが、清隆はとりあえず血が影に戻る様子を思い浮かべた。
しばらくすると、徐々に想像した通りに血が引き、元の何も無い床に戻っていた。
「は……」
なんとか力を入れて清隆は立ち上がる。刀を手にして家の外へ歩き始めた。
(アリウスを探しに行くのか?)
「違う」
清隆はそれ以上何も言わず、無言で港へ向かって歩いていく。
名前のない吸血鬼の幻覚も何も言わず、清隆の後を追う。
やがてたどり着いたのは、港の一角を占めるレンガ造りの灯台であった。
灯台の扉は鍵がかかっていたが、清隆は扉を無視して上の庇に登り、手が届く窓のガラスを壊して中へと入った。
(おい、何するつもりだ)
名前のない吸血鬼が呼びかけるが、清隆は何も答えない。
灯台の中は殺風景な木の階段があり、登ると上部まで行けるようになっている。
清隆はやや早足でその階段を上がっていく。
最上階の灯室は巨大なレンズのついたランプがある。ボーダーポートへ来る船へ向かって光を届ける、この街の象徴とも言える存在だ。
しかし清隆はランプに目もくれず、ドアを開けて外のデッキへ出た。
前方には海。そして後方には、列車の線路に沿ってボーダーポートの町並みが広がる。
(なかなかいい眺めだな……いや)
名前のない吸血鬼はここにきて、清隆の真意に気づいたようだ。
清隆は刀を抱えたまま、デッキから海へ向かって身を乗り出そうとしていた。
(よせ!)
清隆の体が落ちかけた瞬間、手にしていた刀が青白い鋭い光を放った。
そして清隆はふわりと体が浮かび、デッキに叩きつけられる。
清隆が目を開けると、名前のない吸血鬼が顔を覗き込んでいた。
刀を手にした清隆の手が自由を奪われ、自らをデッキに押し続けている。
「止めないでくれ」
(君が死んでしまったら、また私は体を失うのだぞ)
「だからこそだ。勝手に体を使われてたまるか。家族を自らの手で殺して、アリウスも失って、それでも生きていられるか」
(君からしたらそうだろうな。だがそれでも私はアリウスの元に戻らなければならないんだ。場合によっては今ここで君の意識を消し飛ばすぞ)
名前のない吸血鬼がそう言うと、清隆は抵抗を止めてデッキに力なく手足を広げた。
「消せるならそうしてくれ。でも私を勝手に使わないでくれ。消したらそのあと死んでくれ」
(無茶言うな……先ほどのは嘘さ。抹消は実のところ不可能だ。人間の意識と身体は、そうそう綺麗に切り離せるものではない。博士もそう言っていただろう)
仮にできたとしても、アリウスがそれを許さないだろうしな、と最後に付け加える。
名前のない吸血鬼はしばらくして立ち上がり、清隆に呼びかけた。
(では交渉しよう)
「今さら交渉? 体を乗っ取ったあとに交渉など、到底対等な取引になるわけない」
(君たちもそう言うのは得意だろう。テーブルにつく前に色々進めておくのも交渉術だ)
清隆がなにか言い返そうとしていると、名前のない吸血鬼が再び話しかける。
(私の力があればアリウスを取り戻せる。その力を君の意識のまま使えるようにする)
「!? それは、どういう意味だ……?」
清隆の目に光が少しだけ戻る。その様子を見て、名前のない吸血鬼が言葉を続けた。
(長尾清隆、私と融合して、一人の吸血鬼になってくれないか)




