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第1話 ボーダーポートの夜

(184×年8月某日 ボーダーポート日報の記事より)

「凄惨な事件、犠牲となった一家


 先週土曜の深夜、当市□□通りの一角に位置する長尾宗一(ながおそういち)氏の屋敷において、何者かによって長尾宗一氏、長尾トリシア夫人、使用人を含む6人が殺害されるという凄惨な事件が起きた。

 長尾氏は本市で名の知れた運輸事業主であり、移民でありながら長年にわたり本市の発展に尽くした良識ある名家として知られている。

 唯一の生存者は、宗一氏の長男であり、現在運輸会社を継ぐ長尾清隆(ながおきよたか)氏である。

 彼は襲撃の際、犯人を目撃したと証言している。

 清隆氏もまた襲撃を受けたが、意識を失った後に一命をとりとめている。

 犯人は既に逃走しており、家屋内には侵入の痕跡や目撃証言もない。

 警察当局は事件後現場を調査したが、決定的な証拠は発見されていない。

 捜査は継続中であり、警察当局は□□通り周辺で不審な人物や物音を目撃した者がいれば、ボーダーポート署まで速やかに情報提供をするよう呼びかけている」



 事件から半年後のことである。

 長尾清隆は最近同じ夢ばかり見ることに悩んでいた。

 夢の舞台は、いつも決まって自分のかつて住んでいた家である。

 時間は家族も使用人たちも寝静まった真夜中。

 清隆は二階の廊下にいて、廊下の奥の方を眺めていた。

 廊下からは父の部屋の扉が開いているのが見え、黒い何かが滲み出ている。

 バラバラにされた枕から飛び散った羽毛が散らばっていた。


 中を確認するまでもなく、清隆は父に起きたことを察する。

 背後の母の部屋で同様のことが起きていることも。

 それと同時に、正面から歩いてくる影に気がついた。

「誰だ……?」

 姿形ははっきりしないが、影が手に長い得物を持っていることがすぐに分かる。刀剣だ。

 父と母を殺した凶器を手にした影が、清隆に近づいてくる。


「はあ……っ!」

 清隆が大きく息を吐きながら机から顔を上げた。

「大丈夫ですか! 所長」

 突然起きた清隆の様子に、周囲にいた職員が心配そうに近づいてきた。


 部屋の窓からレンガ造りの灯台と建物が並ぶ町並みが見える。

 ここは英国(イギリス)のとある港町、ボーダーポート。

 運輸業が盛んで活気あるが、貧富の差も激しい。それ故かどことなく陰鬱な雰囲気がある。

 清隆が目を覚ましたのは昼間、父から引き継いだ運輸事務所の事務室であった。

 彼は日本人の父と米国人の母を持ち、この街で比較的裕福な層として生まれ育った。


「すまない、眠ってしまっていた」

「困りますよ、最近忙しすぎたんじゃないですか?」

 清隆が仕事中に眠ってしまっても、職員たちは強く責められない。

 彼がある事件を経てから、夜中に密かに出歩いているのを知っていたからだ。


「実は先ほどクラーク氏が来ていました。所長が寝ていたのに気づいたので、疲れて休んでいると伝えておきました」

 職員の一人が清隆に言うと、彼の表情が曇る。

「そうか。しまったな、忘れてた……」

「また来ると言ってましたよ。まだ屋敷を売るか売らないか決めてなかったのですね」


 ここ最近、ボーダーポートでは不可解な事件が立て続けに起こっていた。

 労働者の失踪事件、犯人の見つからない殺人事件、墓所の遺体盗掘事件など。

 街では密かに、これらの事件は吸血鬼や人狼のような怪物が起こしているのではないかと噂が流れていた。

 そうした中、半年前に清隆の家族が屋敷に侵入した何者かに殺されるという事件が起きたのだ。


「なかなか決心がつかなくてな」

 犯人を見たのは清隆だけだった。その男は清隆の父の日本刀を使い、使用人と家族を殺し、自分にも斬り掛かってきた。

 しかし清隆は死ななかった。


 目を覚ましたとき、犯人の姿はなかった。

 警察は今でも捜査を続けているが、事件の多さのためか手がかりを掴めないでいた。


 ボーダーポートは夜になると霧が出て、人々があまり出歩かなくなる。

 いつからか清隆は夜になると、誰にも言わず一人で街を彷徨(さまよ)うようになっていた。

 もしかしたらあのとき家族を殺した犯人が見つかるのではないか、と期待を込めながら。

 仮に出会っても自分で捕まえられるか分からないが、出歩かずにはいられない。

 事務所の職員たちはその行為を知っていたが、危険なのでやめてほしいとは言えずにいた。


 事件がおきた長尾家の屋敷に、清隆はしばらく戻っていない。

 独りで家に住み続けていられる心境ではなかった。使用人を雇いなおす気も起きない。

 最近は昔からよく通っていた下町の酒場兼宿屋「八猫亭(はちねこてい)」に部屋を借り、そこに滞在しているという。

 屋敷は無人のまま放置されていた。事件直後は警察が捜査を何度か行ったが、今は手つかずのようだ。

 次第に、無人の家の話を聞きつけて買いたいという者まで現れるようになった。クラーク氏もその一人だ。


「クラーク氏には後で手紙を書いておこう」

 その後は特に何もなく、仕事を続けていく清隆。

 日が暮れて、少しずつ事務所から人がいなくなる。

 ここ最近は、所長の清隆が最後に帰ることが多い。


「さて……」

 その日も清隆は最後の戸締まりを終え、街の巡回に行こうとしていた。

 すると、彼の背後に誰かが近づいてきていることに気づく。

「お帰りですかい?」

 振り向くと、清隆のよく見知った顔だった。

「トレヴァーか。こんな所で何をしてるんだ」

「もちろん清隆さんを迎えに来たんすよ」


 八猫亭に昔から住み込みで働いている少年、トレヴァーであった。

 よく酒場で人々の話を聞いているためか、一部では街の情報通として頼りにされているらしい。

「最近また失踪事件が起きてるらしいっす。変な集団に追われる人もいるとか……一緒に帰りましょう」

「変な集団」の所だけ小声で伝える。どこかから仕入れた情報なのだろう。

「ありがとう。だけどすまない、どうしても寄りたいところがあるんだ」

 申し出を断るのは気が引けたが、清隆にはどうしても気になることがあった。


 トレヴァーはため息をつくが、それ以上食い下がることはなかった。

「分かりました。とにかく、あまり遅くならないようにしてくださいっすよ!」

 いくら説得しても、清隆の決断は変わらないと分かっていたのだろう。


 二人が別れたあと、清隆の足は自然と長尾家の屋敷へと向かっていた。

(最近は夢でばかり家を見ていたが、実際に見たのはいつが最後だったろう……)

 清隆はなぜか、今夜もう一度屋敷を見に行ったほうがいいという予感があった。

 夢を見たせいだろうか。クラーク氏の申し出について考えたからだろうか。

 今夜は必ずそこに行かなければならない、と自分の中から声が聞こえた気がした。

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