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邪剣・龍尾返し

作者: 天柩 光広

剣客ものです。


正直、術理解説っぽい蘊蓄が垂れたい一心でやりました。

あらかじめお断りさせていただくと作者は剣術に関しては全くのド素人です。

出てくる技の術理や動き、描写は作者の妄想の産物です。


なので、


現在、剣術を習っておられる方。

現在、刀を所持しておられる方。

現在、侍を営んでおられる方(!?


は、その辺を汲んでいただいて、温かい目で眺めていただけると幸いです。


あと、一応技自体は藤沢周平氏の『 邪剣・龍尾返し 』(『 隠し剣・孤影抄 』収録)よりアイデアをいただいております。タイトルもそのままですが、中身は本家に比ぶべくもありません。本っ当にすいません。


ではでは、稚拙ではございますが、どうぞごゆっくりご覧ください。

それは、日も没してしばらくした彼誰時(かはたれどき)のことであった。


二人の男が、言い争いをしていた。

否、より正確に云えば、一方が他方に難癖をつけていると云うべきか。


場所は、表通りに出て数町往けば岡場所に出る、細く薄暗い裏道だ。

左右を板塀に囲まれた小路は、人目を忍んで女のもとにしけこむには都合がよいが、通う者は殆ど居ない。



何故か。

この小路では辻斬りが横行しているからだ。

そもそも場所柄、晩くまで供も連れず、一人歩きする者が多い。何時の間にやら、そのような色事師たちを獲物に定めた巾着切や追剥が集まり、挙句の果てにその臭いに引かれて辻斬りまで跋扈するようになってしまった。

今や近所の者たちも、関わり合いを恐れて知らぬ振りを決め込んでいる。

そのような小路であった。



さて、地理を呑み込んだ上で二人の男に目を戻すと、難癖をつけられているのは女のように白い顔をした青年であった。

今は夜目にもそれと判る蒼白に染まっているものの、眉目秀麗。涼やかな容姿はさぞや女にもてることだろう。

纏っている絹物と相まって、如何にも遊び人、という風情を醸し出している。

腰に帯びた大小も、拵えこそ立派ではあるが、実用性など在って無きが如き華奢な華太刀。


総じて、武芸の武の字も知らぬ、良家の道楽息子と見て取れた。

まずまかり違っても腕に覚え在り、などということは無かろう。


この通りが危険であると云うことを知ってか知らずか。(いず)れにせよ、不用心との誹りを免れはすまい。



さて、対するもう一方は総髪を伸びるにまかせ、垢じみた衣を纏った大兵の男だ。

三尺余の剛刀と云い、屈強で大柄な体格と云い、画に描いたような武芸者振りである。

名を、赤澤克人と云った。

この裏道を通う者の御多分に漏れず、辻斬りである。


人を斬り始めて、早数カ月。

初めは町人を斬っていたが、腕に自信を得てからと云うもの歯応えが感じられず、無抵抗な者を斬るのに、やがて飽いた。

以来、赤澤の狙いは(もっぱ)ら、侍。それも、腕が立てば立つほどによい。

近頃は『 辻斬り狩り 』などと称し、辻斬りを専門に狙う輩も現われたようであるが、むしろ、そのような腕自慢とこそ死合いたい。



――――その点では、この青年など、赤澤にとっては歯牙にも掛からぬ手合いであった。



だが、何分狭い路地の事、行き違う際に運悪く鞘が()ち合った。

それ故の先の口論である。

無論、青年はすぐさま謝罪の言葉を口にした。

だが、外見より容易く予想されることではあるが、赤澤は刀を己の魂とも(たの)む者である。

加えて、これより人を斬らんとしていた赤澤の精神状態は血に飢えた(けだもの)そのものであり、更に輪をかけて悪かったのは、ここ最近、歯応えのある対手(あいて)に出会えて居ないと云う事実。



故に、青年の謝罪も甲斐無く、赤澤が腰の三尺刀を引き抜くのは必定であった。



折から顔を出した月の光に濡れ光る刀身を一瞥するや、青年が震えあがる。傍目には機巧(からくり)人形かと思われるぎこちなさで、じりじりと後退した。



一歩下がれば、一歩詰める。

そうして五歩ほど下がったところで、青年は糸が切れたように停止した。



( 抜くか―――― )



赤澤の経験則から云えば、侍ならば大抵の者が柄に手を掛けるまでは、反射的にやってのける。

(もっと)も、そこから先はお話にならない者が殆どだが。

冷静に考えれば逃げた方が良いにも拘わらず、身に付いた矜持(きょうじ)が邪魔をするのか。

果たして青年も、ようやっと、震える右手を柄頭に掛けた。



赤澤の貌が緊張に引き締まる。

人斬りに堕したとは云え、彼もまた、一角の武芸者である。

一度抜き合わせたならば、如何な不測の事態が起きるやも知れぬことは弁えている。



故に、相手が素人であろうと油断する心算(つもり)は毛頭無い。

兎を狩るにも全力を以ってという気概で、青年の一挙手一投足を注視し、また鞘より刀身を二尺二寸と看て取った。それに応じて、青眼に構えた切っ先をゆるやかに修正する。



だが、ここで青年は赤澤の予想外の行動に出た。

踵を返すや、路地の奥に向かって一目散に駆け出したのである。

意外に冷静な思考の持ち主だったのか、或いは恐怖の余り何かが振り切れたのか。



一瞬呆気に取られた赤澤を尻目に、青年はぐんぐんと距離を引き離していく。

()ッという間に五間の間が開く。思いの外に(はや)い。



「 ク、クククク―――― 」


慌てて青年を追って駆け出しながら、しかし、赤澤の頬に浮かんだのは歪な笑み。



思えば、それは彼にとっても初めての趣向だった。

即ち、『 逃げる者を追って斬る 』と云う行為が、である。


町人は、白刃を見た途端、腰が抜けて動けなくなったところを斬った。

腕に覚えが在る者は、尋常な立ち合いの元で斬り捨てた。


逃げようとしたが竦んで動けぬ者、侍で在りながら腰が抜けて斬られると云う、文字通りの腰抜けも居たが、意外にも『 全力で逃げる者を追う 』のは初めての経験だった。



――――悪くない。


「 待ていッ。その首、置いていけッ――――!! 」



初めて味わう感覚に、昏い喜悦が込み上げてくる。

熊であれ、狐、或いは猫であれ、『 背中を見せて逃げる者を追う 』と云うのは(およ)そ、狩猟を生業(なりわい)とする獣に組み込まれた本能である。



追えば追うほどに、その本能に火が付いた。

燃え上がる情欲にも似た嗜虐心が沸き上がってくる。

体内で渦巻くその熱が燃料となり、赤澤の足をさらに加速させる。



その心理は(まさ)に、血の臭いを嗅ぎ付けた肉食獣のそれ。

だが、一方の青年も又、必死。

脱兎の如く、と云う言葉が在るが、()(ほど)、追う側が肉を貪る獣であらば、追われる側も又一匹の草()む獣、青年は健闘したと云うべきであろう。



だが青年にとって不幸なことに、彼と赤澤では、体格の差も考慮せねばならぬ。

小兵の青年に対し、大柄な赤澤。

さながら兎と比ぶるに、豹。

一歩の大きさは、明らかに赤澤の方が大きい。

同じ速さで足を動かすならば、一歩ごとにその距離が縮まるのは自明の理であった。



事実、赤澤が一歩を刻む度に、見る見る青年の背が大きくなる。

当初は五間ほどあった距離は、今や五尺程。

あと数歩で、赤澤は青年を刃圏に捉える。



( 逃げ足だけは達者だった(のう)―――― )



息を切らしながら、赤澤が悪鬼羅刹の如き凄まじい笑みを浮かべた。



あと三歩、二歩――――



一歩。



赤澤は右足で大きく踏み込んだ。これが常の道場の板敷きであれば、踏み抜いていたであろう激烈な踏み込み。

足で地を噛むように身を低く落とし、同時に切っ先は天へ、大上段に振り被る。

そのまま、渾身の袈裟掛けにて青年を斬り捨てようとし――――。



不意に、全身に力が入らない事に気が付いた。

何故、力が入らないのか。


実に単純である。

赤澤が青年を斬るに先んじて、青年が振り向き様に赤澤を斬り捨てたからに他ならぬ。

喉を裂かれ、飛沫(しぶ)いた自らの血が虚空に踊るのを見てなお、赤澤にはその事実が信じられなかった。

堂と仰向けに倒れて漸く、自身が如何に斬られたかを理解し、血が絡む喉から声を絞り出す。


鮮やかな手並みであった。だがそれは所詮――――。



(さか)しい、(だま)し技では、ないか。卑怯な―――― 」


「 逃げる者まで追って斬ろうとする、獣が如き手合いには、似合いの技であろう 」



怨嗟を込めた赤澤の眼差しにも動じず、青年は侮蔑を込めて吐き捨てる。


(だま)し技――――。

青年が用いたのは、『 龍尾返し 』と呼ばれる太刀技である。


術理そのものは単純至極。

逃げると見せて背を追わせ、振り返り様に斬る。赤澤の認識通り、(だま)し技、邪剣の類である。

だが青年は元より邪剣と蔑まれるこの技に、更にいくつかの悪辣な工夫を加え、必殺剣として昇華したものと見える。


第一の工夫は、刀に在る。


赤澤は彼の鞘を見て刀身を二尺二寸と看て取ったが、今(まさ)に赤澤の血を吸って艶やかに濡れる刀身に眼をやれば、刃渡りはその実、二尺きっかり。



即ち、鞘から目算される長さよりも二寸も短いのだ。



ここに、陥穽が仕掛けられている。

追われると云うことは自身も対手(あいて)も全力で疾走することを意味している。

当然、両者には慣性力が働き、急には停止できまい。

ここで、全力で疾走してくる対手に対して、不意に踵を返して向き直った場合、相手が慣性に乗って近づいてくる分だけ、間合いは余分に縮まる。


何故ならば、相手は自分が逃げる、即ち間合いを離そうとする事を想定して、斬撃の間合いを計っているのだ。その意図を裏切り、急に反転すれば、対手が目測を誤ろうことは容易に想像できよう。


従って青年は、労せずして赤澤の内懐に飛び込む形となる。この距離、この局面において、青年の小兵、そして刀身の短さは逆に有利に働く。

等速度ならば、切っ先の描く軌跡は、長いよりも短い刀の方が対象に到達するまでの時間が短い。


本来ならばその体格、そして三尺余の長刀を利して、赤澤は彼の間合いで戦おうとするだろう。決して青年を懐に近付けようとはすまい。だが此度の場合、近付いているのは赤澤自身の方なのだ。



故に、青年は赤澤の間合いを盗み、自身に有利な間合いを得る。



だが、これではまだ足りぬ。

何が足りぬか。

――――確実性が足りぬ。



如何に間合いを盗んだとは云え、対手もそれなりに腕に覚えの在る者であろう。

奇襲の利を活かし、一撃必殺を以って葬らねば、どんな反撃が隠されているか知れたものではない。



そこで第二に、斬撃箇所の工夫である。

常道ならば、居合からの斬撃は唐竹か、袈裟掛けであろう。

また、振り向き様に斬り付けるならば、身体ごと横薙ぎに薙ぐのが定石か。


だが彼はその(いず)れも選択せず、赤澤の喉を突いた。


一度実際に走って頂ければお分かりになるかと思うが、走っている最中というのは視界が狭くなるものだ。

特に前傾し目線を敵の背に合わせれば、顎が前に突き出される分下方に対するそれは極めて狭くなる。


そこで、突きである。

『 突き 』は元より強力な殺傷力を持つと同時に、最短距離を貫く、云わば最速の技でもある。

無論、その分防御、乃至(ないし)回避された場合の危険度は他の技の比では無い。だが、この状況下に於いて、対手の視界は、下方に対して狭いのだ。

既に青年は赤澤の懐に潜り込んでおり、且つ赤澤は攻撃の体勢に入っている。回避も防御も困難と云わざるを得ない。


強引に身体を(ひね)れば或いは回避できるやも知れぬが、喉は正中線上、即ち体幹に位置する為、『 外す 』ことは極めて難しい。



故に、青年の技は必殺足り得る資格を持つ。



だが、これでも確実を期するにはまだ足りぬ。

何が足りぬか。

――――(はや)さが足りぬ。


如何に対手(あいて)の懐に肉薄し、最短距離を突いているとは云え、先に斬られてしまえば元も子もない。無論、先の二つの工夫を以て、弾指(だんし)ほどの(とき)は稼げようが、達人が繰り出す剣は瞬息(しゅんそく)。これに対抗するには青年の剣も又、瞬息を以って当らねばならぬ。


従って、青年が最後に為すべきこと対手より刹那でも早く抜き、突きかける事に他ならない。



そこで最後の工夫。抜刀法である。

基本的に居合・抜刀術は術者の正面、もしくは右斜め前の敵に対して最大の効果を発揮する。

これは左に鞘を差し、右手にて抜刀すると云うその性質上、当然の帰結である。


無論、左方或いは背後の敵に対処する(すべ)が無い訳でないが、基本的にそれらは二挙動、即ち『 抜いて、返す 』という形を取る。それでは振り下ろされる刃には間に合わぬ。


故に、解答は明白である。一挙動で『 抜き、反転し、突く 』。(これ)より他に手は無い。

だが、如何に是を可能とするか。


答えは膝に在る。


流派ごとに多少の違いは在るが、通常、抜刀は起点の反対側の足、右足を前に出す事で、腰を前に打ち出し、重心の移動を利用して刀を抜く。


だが、これは飽くまで正面の敵に対する場合である。

重心が前に移動している為に、背後に向かって反転するためには一旦重心を後ろに戻すことより始めねばならぬ。これでは如何にも遅い。



先にも述べたが、それでは間に合わないのだ。



では、如何にするか。

結論を述べれば、発想の逆転である。起点側の膝、即ち左の膝を崩すのだ。

さすれば当然、腰は、重心は左後方に打ち出され、その勢を駆って、右手を引き抜き抜刀する。



同時に、この左足は軸足として機能する。後方への重心移動を此処でも利用し、左足を支点に、身体ごと左転。これは刃を構えた右手が先に外側に回る分、右側に反転するよりも(はや)い為だ。

さらにこの際、右手の手首は返さずに、抜き放った状態のまま、右半身を送るように反転する。

そうして柄頭に左手を添えれば、自然(じねん)、諸手突きの体勢となる。



(これ)を以って、動作の切れ目無く、遅滞無く、瞬息(しゅんそく)より尚迅く三つの工程を達成。



後は、回転の勢いを上乗せし、諸手を最短距離の喉笛に向けて突き込むだけで良い。



是にて、邪剣龍尾返しは完成する。結果は見ての通りである。

今月に入ってから、青年は七人の辻斬りをこの技で斬った。赤澤を加えれば八人、と云うことになる。



『 貴様等の様な連中はいつも(・・・)この手に掛かるのでな―――― 」



消えゆく意識の中、去りゆく青年の声で、赤澤は彼が『 辻斬り狩り 』である事を悟った。

その剣技のみならず、容姿、態度。

その全てが辻斬りを斬るために、鍛え抜かれた青年の技であった事を理解した。



あれ程死合うてみたいと(こいねが)った『 辻斬り狩り 』。

その本人に、(おび)き出されたとも知らず斬り掛かった挙句、一太刀で斬り捨てられるとは・・・。



喉から漏れ出る呼気の音を聞きながら、赤澤の頬に苦笑が浮かんだ。



『 龍尾返し 』

その技の名に思いを致す――――。


()(ほど)、自分は肉を喰らい、血を(すす)る獣であった。草を食む獣など、敵では無い。

だが、兎と思うた対手(あいて)は龍であったか。此度は相手が悪かった――――。



その自嘲を最後に、赤澤の意識は二度と戻れぬ暗闇へと落ちて行った。


                                             

                                                                                           了

いかがだったでしょうか・・・。

ヤマもオチもなく、まったくもって人様にお見せできるほどの物ではないのですが、思わずやってしまいました。


今は反・・・反省していないッ!!

文章上達は日々の地道な努力から。

虎になって闘えと、我が(勝手に)尊敬する心の師匠、冲方丁先生も言っています。

とは言いつつも、月まで歩けと言われている心持ですが。


それはさておき、全部読んでいただけると飛び上がって喜びます。

感想などいただいた日にはアルキメデスばりに外を走ります。全裸で。

嘘です。嘘だからッ。

ソコ、引かないで。イタイ、痛いッ、石を投げないで!!


(ずるずると背中を引き摺られながら退場する)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 邪剣竜尾返しのことをよく考え出ると思います あの剣は騙し討ちで、一対一で的に背中を見せる…までは良いんですが、罠か何かと警戒されたら終わりだとも思ったので、走る、相手に逃げたと油断させる(…
[良い点] 術理の説明がよかったです。話の半分くらい説明で費やしてましたけど、そこがいい。 [一言] 『小説家になろう』ではとても珍しい真面目な剣客もので驚きました。 これからも応援させていただきます…
感想一覧
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