廃劇場の歌声
第1話:廃劇場の歌声
リヴィウス・モーリスは、幼い頃から星空に心奪われていた。幼少期、湖畔で母と見上げた満天の星々。それはまだ幼かった僕にとって、果てしない宇宙の壮大さと自分の小ささを教えてくれるものだった。この体験が人生の道標となった。
僕が住むルナリアの街は、湖と丘に囲まれ、夜空が美しく見えることで知られている。しかし、街の人々はその美しさに関心を持たず、日々の生活に追われるだけ。リヴィウスにとって、星空は心の拠り所であり、唯一の友でもあった。
彼は毎夜、天文台で観測を続け、月の軌道や流星群の動きを記録していた。しかし、観測の合間にふと空を見上げると、彼の心にぽっかりと空いた穴が広がる。星々のきらめきが彼の胸を満たしてくれる一方で、孤独の影はますます濃くなるばかりであった。
成長した彼は、天文学を学ぶために、街外れの丘にあるルナリア天文台に勤めるようになる。彼の日々は星々の観測と研究に捧げられていましたが、それは同時に彼を孤独にするものでした。
リヴィウスは街の人々に失望していました。彼らは星空の美しさに気づかず、目の前の些細な事柄にばかり心を奪われています。「なぜ誰も、星の声に耳を傾けないのだろう?」とリヴィウスは思う日々であった。
ある夜、リヴィウスはいつものように月の観測をしていました。満月の光が窓から差し込む静寂の中、ふと耳を澄ますと、遠くから歌声が聞こえてきます。それは不思議と彼の胸を震わせる音色でした。
「こんな夜中に、誰が……?」
歌声に引き寄せられるように、彼は街外れにある廃劇場へ足を運んだ。劇場はかつて栄華を誇り、多くの観客が集った場所であった。だが、今では廃墟同然。壊れた窓から差し込む月光が、埃まみれの椅子や崩れかけた舞台を照らしていた。
舞台の中央には、ひとりの女性がいた。彼女はグランドピアノの前に座り、静かに歌っている。その声はまるで夜空そのものが奏でる音楽のようで。僕は思わず立ち止まり、この奏でられた音に聞き入ってしまった。
彼女の声は遠くから響く小川のせせらぎが、静寂の中に優しく流れ込む。葉が風にそよぐ音や、鳥たちのさえずりが彼女の鼓膜を包み込み、心の奥底に微かな振動を残していく。
時間が止まったかのように、ただ音だけが全てを支配していた。
一つ一つの音がまるで透明な糸となり、彼女の意識を織り上げていくようだった。その中に身を委ねていると、思考は消え、言葉を超えた静寂と調和が広がる。
僕はこの時間を心と体で楽しんでいた。何分かこの時間を堪能していると、音が止まった。どうやら演奏が終わったらしい。
「……そこにいるのは誰?」
女性が歌をやめ、こちらを振り返った。その声は穏やかで、それでいてどこか警戒を含んでいた。
盗み聞きしていたことを彼女に気づかれてしまった。僕は少し戸惑いながらも答えた。
「天文台から歌声が聞こえて……その声に惹かれてきました。」
素直に感じたままに彼女に伝えた。女性は小さく微笑んだ。しかしその瞳の奥には深い疲労と哀しみが宿っているように感じた。
「私はアステラ。この劇場で歌っていた者よ。」
「どうして、こんな場所で?」
「歌うことしか、私にはもう残されていないから。」
その言葉に、リヴィウスは深い共感を覚えた。自分もまた、星空以外に心を寄せるものを持たない孤独な存在だと感じていだ。