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公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

作者: 白雲八鈴

 私は幸せだった。だって今日は大好きな婚約者のレイモンドとの結婚式ですもの。


 そう、この瞬間まで。


「え?」


 私はレイモンドが言っている言葉が理解できなかった。


「だからそのいま着ているドレスを脱げと言っている」

「だって今日は結婚式で一年前から準備を……」

「そう! 結婚式だ! 俺とナタリーとの!」


 私はナタリーという名ではありません。それは今日私の結婚式に呼んだ友人の名前です。

 私の婚約者のレイモンドの横には、紫のふわふわとした髪を綺麗に巻いている友人のナタリーがいます。それもレイモンドにベッタリとくっついて。


「わ……私との結婚は……」

「そんなもの無しだ! 俺は運命と出逢ってしまったのだ!」

「うんめい……」


 私はレイモンドの言葉をただ繰り返すのみ。何が起こっているのか理解できません。


 だって今日は私とレイモンドの結婚式ですのに。


「そう! 運命だ! 俺は(つがい)のナタリーと出逢ったのだ!」

「つがい」


 つがい。それは運命の伴侶と呼ばれる存在。出逢えば、互いが互いを番だと認識し求め合うと言われている存在。


 しかし本当に出逢えるのは稀のこと。


「「「おめでとうございます!」」」


 今まで私の着付けをしてくれていたメイドたちが、一斉にレイモンドとナタリーに祝福の言葉を言った。


 そして今まで『とても綺麗ですよ』『お似合いです』とか言ってくれていたのに、無言でドレスを脱がせていきます。


 どうして? どうして? だって今日は……


 私はくる時に着ていた普通のドレスを着せられ、放置されました。そして、一年かけて作ったドレスがナタリーに着せられていきます。


 こんなことって……こんなことって……つがいだからと言って許されるのでしょうか?


「レイモンド。お祖父様たちが、私達を婚約者にと決められたのよ。こんなの……」

「は? 何を言っている。婚約なんて破棄に決まっているだろう!」


 その言葉に私は今までの全てが崩れていきました。子供の頃から大好きなレイモンドと結婚できると……幸せになれるのだと思っていましたのに。


 私はこの場にいることが出来ず、ふらふらと部屋を出ていきます。でも誰も止めてくれる人はいません。

 そうこの場にいる者たちはレイモンドとナタリーを心から祝っているのですから。


 何も考えることが出来ず、そのまま屋外にでていきます。いつも以上に賑やかな王都の街とは正反対に、私の心は虚無のように空っぽです。

 ああ、そう言えば明日は急遽シン国の龍王が外交に来られると聞きましたわね。幼い頃にお会いしたことがありましたが、今の私には全く関係のないことですわ。


 ふらふらと歩いていますと、嘶きが聞こえ顔を上げると……





















「きっと馬車に轢かれて死んだのね」


 私はなんと前世の記憶を持ったまま生まれ変わっていました。

 前世は公爵令嬢という何かと周りの目を気にしながら生活をしていましたが、今は気楽な子爵令嬢。五歳。


 三日前に家の階段で足を滑らせて、転がり落ちた時に頭を強く打ったらしく、前世の記憶が蘇ってきたのです。


「国王陛下のお名前は変わっていないので、私が死んでからそんなに年月は経っていなさそう」


 とはいっても、田舎に領地があるエランディール子爵領には王都の情報は入ってこず、ただ国王陛下と王妃殿下の小さな絵姿が家に飾ってあるのみ。それも王位につかれた戴冠式の絵姿なので、それからどれぐらい経っているかは今の私にはわかりません。


「情報が欲しいわ」


 エランディール子爵領はハイバザール辺境伯領の端にあるというのは知っています。

 もし王都の情報が欲しければ、ハイバザールの領都までいかないと得られないでしょう。


「はー。今思えばレイモンドを殴って良かったと思います。だって長年婚約関係にあったのに、結婚式当日に婚約破棄って『一度死んで来い』と思いっきり殴っても……そうです。次に会えば殴りましょう。ボコボコになるまで殴って差し上げるべきです。だって私は死んだのですもの」


 これは今から鍛えるべきですわ。

 拳を作って思いっきり振ってみるも、小さな手に細い腕ではクッションぐらいしかへこませられません。


 それからもう一つ重大なことを、私はなさなければなりません。


つがい(・・・)というモノが憎らしいですわ」


 そう、前世の人生を終わらせるきっかけになった番。そんなモノ存在しなければいいのです。


「何が運命よ! そんな運命に私は逆らってやりますわ!」


 取り敢えず一生に一度会えるか会えないかわからない番に対して、私は屈することは無いと断言します。

 そして番を感知するのは、相手の魔力との共鳴と言われています。ならば、これから魔力を使わず感知出来ないほど、抑え込めばいいのです。


 それが互いの一番の幸せですわ!




 階段から落ちて頭を打ってから、私がおかしくなったと、親兄弟に心配されながら十三年の月日が経ちました。


 私。カトリーヌ・エランディール。18歳。


 前世の死んだ歳になりました。


 鍛えに鍛えた私はムキムキ筋肉淑女……にはなれず、普通より背が低く細い子爵令嬢になっています。


「何故に! 筋肉がつかないのです!」


 日課の訓練が終わって地面に項垂れる私。そんな私に声をかけてくる人物がいます。


「それは元々付きにくい身体だと、毎回説明しているわよ」


 その声の方に視線をむけると、私よりも背が高く男装の麗人と言っていい御方がいます。


「イーリア様」


 イーリアイグレイシア・ハイバザール。ハイバザール辺境伯令嬢です。

 太陽のようなきらめく金髪を一つに結い、空を映したかのような澄んだ青い瞳を私に向けています。

 一瞬十八歳の青年にも見えなくもありませんが、婚約者もいるご令嬢です。


「ほら、今日は戴冠式なのですから、いつものようにグジグジと言っている暇はありませんよ」

「私は招待されていませんよ?」


 はい。今日は前世の記憶では、幼い第一王子殿下だった方の戴冠式なのです。しかしただの子爵令嬢でしかない私は招待されていません。

 招待されているのは各家の当主のみです。


「私の侍女は誰?」

「私です。しかしマリエッタさんが行くとお聞きしています」


 今の私はハイバザール辺境伯家に雇われた侍女です。そしてイーリア様の身の回りのお世話兼護衛という仕事についています。


「私と共に王城に行くのはカトリーヌよ。貴女の方が私より所作が綺麗でしょ。公爵様の恥になってはいけませんもの」


 そう言って頬を赤く染めているところを見ると、恋する令嬢に見えます。ヴェルディール公爵。それがイーリア様の婚約者です。


 そして前世の私の甥。私の所作が綺麗と褒められる理由は、ヴェルディール公爵令嬢として恥ずかしくないようにしつけられたからです。


 ですが、今は子爵令嬢でしかない身。使うべきところはありません。

 いいえ、ハイバザール辺境伯様から私の所作が綺麗なことを認められて、剣術バカと言われているイーリア様の侍女を命じてくださいました。

 イーリア様には、私を見習うようにと何度も言われていたのを思い出します。


 この仕事につけたのも前世の記憶があったからですね。


 しかし戴冠式となりますと、きっとレイモンドも来ることになるでしょう。ただの子爵令嬢であれば王城に足を踏み入れることなどありませんが、ヴェルディール公爵の婚約者の侍女としてなら、王城に入れますから。


 腕が鳴りますわ。


「何、凄く怖い顔で笑っているの?」

「イーリア様! 支度をしてまいります!」


 私はそう言って、土を払って駆け出しました。


「待ちなさいカトリーヌ。貴女がするのは私の支度よ!」


 そんなことはわかっています。私の支度はすぐに終わりますから、少し待っていてください。





 そして私は完璧な装いに仕上げました。勿論、イーリア様の侍女としてです。


 戴冠式は出席できませんが、その後の祝賀パーティーはイーリア様の付き人として会場内に入れます。

 そこがチャンスでしょう。


「カトリーヌ。何故貴女、さっきから拳を振るっているの?」


 イーリア様も完璧に仕上げた私は、身体を温めるために正拳突きを繰り返しています。気合は十分です。


「イーリア様。いかなるときでも鍛錬は必要です」

「これ以上強くなってどうするの? そろそろ結婚する相手を見つけた方がいいのではないのかしら?」


 結婚……その言葉を聞くとイラッとします。私は結婚などするつもりはありません。


「ほら、ヴェルディール公爵様が迎えに来てくださったから、そろそろ止めなさい」

「はい」


 仕方がありません。私は振るっていた拳を下ろし、身なりを整えます。


 そしてイーリア様のドレスが着崩れしていないか確かめてから、玄関ホールに向かいました。


 イーリア様は緊張されているのか、いつものおしゃべりは聞こえず、ただ床を叩くヒールの音のみが響いています。


 実は前世の甥であるヴェルディール公爵とは初めて会うのです。

 番という存在が優先されてしまうのが常識。そのため、貴族の令嬢という立場で、他の殿方に直接会うということは良しとされていません。


 ええ、婚約破棄問題が頻発してしまうからです。


 ですが、婚姻後であれば、番を愛人として囲うことができるのです。

 私としましては、その時点で背後から殴っていいと思いました。


 今の私はエランディール子爵令嬢ではなく、イーリア様に侍女でついていくため、その問題には引っかからず、王城に行くことができるのです。

 まぁ、抜け穴というものですわ。


 そこでいい殿方でも見つけろというハイバザール辺境伯様の意図が見え隠れしています。はい、ハイバザール辺境伯領の殿方は、私の訓練相手として何かとボコっているので、私を珍獣扱いしているのです。


 それは大いに結構。ムキムキ令嬢になって殿方からドン引きされよう作戦が、暴力令嬢でドン引きされるに変わっただけですから。



 玄関ホールにつきますと、そこには赤い髪の長身の男性がイーリア様を待っていました。イーリア様は頬を染めながらその人物に近づいて行きます。


 レイリヒト・ヴェルディール公爵。前世の兄の子になります。私が死ぬ前に生まれたばかりでしたが、兄によくにています。


 公爵もイーリア様に好感を持っているのか、優しい目でイーリア様を見つめています。


 三ヶ月後に籍をいれることが決まっている二人が、幸せになれることを祈っていますわ。








 戴冠式が無事に終了し、新たな国王となったユーリウス王。私の位置からでは遠目でしかわかりませんが、先代の陛下に似ておられます。私の記憶は五歳の第一王子殿下の姿で止まっていましたが、立派になられました。


 そのユーリウス王から祝賀パーティーの開催の挨拶がされ、ユーリウス王とシエラ王妃が会場の中央で踊られ、華やかな雰囲気でパーティーが始まりました。


 流石新たな王の祝賀パーティーとなりますと、各国の要人の方々が招かれています。


 隣国のアスレリア国王。貿易が盛んなギルベーラ共和国の国主。ヴァルト国の獣王。シュエーレン神聖国の聖王。


 あら? 極東のシン国の龍王までいらっしゃる。前世でお見かけしたときは穏やかな雰囲気の方だと思いましたが、なんだか人殺しのような目で場内を見下ろしていますわ。


 前世と違い、各国の要人の方々とは関わることはないですが、視界には映りたくありませんわね。


 一瞬、漆黒の瞳と目が合ったような気がしましたが、気の所為ですわ。



 そして私は視線を巡らし、目的の人物を探し当てます。

 金髪に白髪がまじり始めた四十代中頃の男性です。


 あれから二十五年たちましたもの、歳はとりますわね。


 その隣には小じわが目立つ紫色の髪の女性。

 ええ、レイモンドとナタリーで間違いはないですわ。


 私は国王陛下と王妃殿下のダンスを魅入っている二人の背後に近づきます。


「カウザーニ侯爵様。そしてナタリー。お久しぶりね」


 そう、私は声をかけます。その声に二人はビクッと肩を揺らし、恐る恐る私の方に振り返りました。


「……エリザベート……」

「ひっ! ヴェルディール公爵令嬢様」


 二人は私に視線を固定しながら、一歩さがります。


「何故……」

「何故?」


 私の姿に疑問を呈するレイモンドに向かって一歩踏み出します。すると二人はそんな私から距離を取るようにまた一歩後退しました。


「何故、エリザベートが生きて……」


 エリザベート・ヴェルディール。それが前世の私の名前。

 そしてエリザベートとカトリーヌの共通点。それは赤い髪に赤い目。

 ですが容姿は違います。だからそれを補うために、前世と同じように見えるように化粧で誤魔化しているのです。


 まぁ、あと背の高さと身体の厚みが違いますので、そこはヒールとドレスで補いました。


 急に痩せるのは難しいですが、詰め物をするのは可能です。自分で言っていると悲しくなりますが。


 よく見れば容姿が違いますが、彼らからすれば、エリザベートが蘇ったように見えていることでしょう。


「生きていないわ。あの日、私の結婚式があるはずだった日。死にましたもの」


 そう言ってまた一歩踏みだします。


 すると今度は二人揃って二歩三歩と下がって行っています。その距離を詰めるように足を踏み出す私。


「死んだというなら君は誰だ」

「私はレイモンドのこと愛していたのよ?」


 詰め寄る私に対して、恐怖が浮かんだ表情をしながら、距離を取ろうとする二人。


「でも、番だからという理由で、私の全てをナタリーに奪われてしまった。それが悔しくて、恨めしくて、ここに来てしまったのよ」

「ひっ! しかし! 番は共にいることが常識だ」

「その常識の所為で私の人生は壊れてしまった。ねぇ、ナタリー。私のドレスを着た感想はどうだった?私の幸せを奪って今は幸せ?」


 ナタリーは私の問いには答えない。答えられない。ガチガチと歯の根が合わず、息をするのもままならないようになっている。


 そして私の頬を冷たい風が撫ぜる。二人を追い詰めて人気のないバルコニーまで誘導してきた。


「私はね。今が一番幸せ。だって私を壊した二人に復讐できるのですもの」


 私は普通の人には目に止まらない速さで、二人の背後に回り、バルコニーの柵の上に立つ。


「え? 消えた?」


 戸惑っているレイモンドは無視をして、ナタリーの首を軽く蹴る。すると糸が切れた操り人形のように倒れ込むナタリー。それをレイモンドが支えようとして、背後にいる私に気づき、固まってしまった。


 貴方の大切な番が床に倒れてしまっているけどいいのかしら?


 私がバルコニーの床に降り立つと、レイモンドはナタリーを置いて背を向けて逃げようとする。


「レイモンドの大切な番のナタリー。レイモンドに助けてもらえなくて可哀想」


 私はそう言いながら、床を蹴り逃げるレイモンドの前に立ち塞がる。


「ひっ! エリザベート許してくれ! あのときは仕方がなかったのだ!」

「そうね。番だから仕方がない」


 私の言葉にレイモンドはホッとした表情を浮かべた。その顔に思いっきり拳を振るう。

 当たる直前に拳を止めたものの、衝撃波で脳を揺らすレイモンド。倒れ込むレイモンドの胸ぐらを掴んで、揺さぶり起こす。


「あ……」

「私の心は、あの結婚式の日に死にました。番だからと言って全てが許されるとは思わないことね!」


 拳を握り込み、思いっきりレイモンドの腹に叩き込む。そして回し蹴りをして吹っ飛ばす。くの字に折れ曲がりながらバルコニーの柵に叩きつけられるレイモンド。そしてトドメと言わんばかりに、踵が高いヒールで腹に踵落しを入れる。


「あースッキリした」

 バレると面倒なので、さっさとここを離れるに限ります。そう思い振り返ると、黒い壁が立ちはだかっていました。

 なんです? この壁?


 視線を上げると黒色の瞳と目が合いました。デジャヴ。

 それも人を視線で殺せるのではと思うほどの鋭い眼光。


「エリザベート嬢」


 今のこの私を前世のエリザベート・ヴェルディールと認識する人物は、二人以外居ないと言っていいはずでした。

 エリザベートの兄であるヴェルディール公爵は、若くして病に倒れ亡くなったと風の噂で聞きましたし、両親もエリザベートが五歳の時に事故で亡くなっています。


 ですから、この姿をエリザベートと認識する人は居ないはずでした。そう、この国には。


 三百年という長きに渡ってシン国を治めている龍王セイシン様。

 長身の闇に溶け込むような黒髪の龍人です。私は前世で会っているのです。ヴェルディール公爵令嬢として。


「エリザベート嬢、生きていたのか……」

「私はカトリーヌ・エランディール。エランディール子爵の第一子になります」


 私は名乗り、王族に対して行う深々とした礼をとる。


「いや、君はエリザベート嬢だ。私の魂がそう言っている」


 なんですか? それ。

 それに私が前世でお話をしたのは片手で数えるほどです。龍王に何かを言われるようなことはしていません。


「だが、何も感じない何故だ?」


 あの、私はここから離れてもいいでしょうか? ぶん殴って放置しているレイモンドとナタリーを……もう! 私がヤッてしまったとバレバレではないですか!


「魔力がない?」


 そう聞こえた瞬間。未だに頭を下げている私の頭に手が置かれ、バチッと電撃が走った感覚に襲われ……は? 何してくれやがったのですか!


 私が自分自身にかけていた魔力抑制の効果が強制解除されているのでありませんか!


「やっと捕まえた。私の番」


 文句を言おうと顔を上げた私に、昔の記憶にある穏やかな笑みを浮かべた龍王が、とんでもないことを言いやがりました。



 番。それは人を狂わせる恐ろしい存在です。















「エリザベート嬢。私は貴女が成人するまで待っていたのだ」

「私はエリザベートという名ではなく、カトリーヌです」


 私を番だと言い腐った龍王は、強引に私を連れ去った。恐らくこの国に滞在するためにあてがわれた離宮でしょう。


 そして何故か龍王の膝の上に抱えてられいる私。その今の私は無心です。


「人は成人するまで番だとわからないと聞くが、カトリーヌはいくつになる?」

「先日成人しまして十八歳になりました」


 そうなのですか。周りに番という存在が居ないので知りませんでしたが、成人しないと番だとわからないと……私には何も感じないので、これは龍王の勘違いだと思います。


「そうか。私はエリザベート嬢が成人したと聞いたので、二十五年前に迎えに行ったのだよ。しかし、私の目の前にいたエリザベート嬢は冷たく動かない存在になっていた」


 確か、私の結婚式の翌日に龍王が訪問されると……ん? これはそのままいけば、結婚した私が龍王に会っていたということですか?


「私はそのことに絶望した。公爵に八つ当たりをしてしまったが、今思い返せば、それが原因で彼は早世してしまったのだろう」


 ……お兄様! あのあと龍王にボコられていたのですか!

 いいえ、その前に私は結婚していましたよ。


「あの……」

「なんだ? カトリーヌ?」


 凄く甘い声で名前を呼ばれて、虚無の境地に陥りました。

 ああ、そういえば、昔もそんな感じで名前を呼ばれていたと思い出します。


「そのエリザベート嬢という方が番だということは、どなたかに言われていたのですか?」

「勿論、この国の先代の国王とエリザベート嬢の父上に言っていた」


 ……こ……これは、お父様が誰にも言っていない可能性が出てきました。

 私とレイモンドとの婚約は十歳のとき。お父様が亡くなったのは五歳のとき。


 お兄様! これはお父様が悪かったのですわ。


「そうなのですねー。取り敢えず、私は帰っていいですか?」


 イーリア様に何も言えずにここまで攫われてしまったので、帰りたいです。とにかくこの状況から解放されたいです。


「そうだな。カトリーヌの父上に挨拶はしておかないとな。カトリーヌを妻に迎えると」


 ……私の父に挨拶……私を妻に……そんなことを言えば、両親は喜んで私を龍王に押し付けることでしょう。


「しかし年齢が成人していても、身体が小さいと、番とは認識しないものなんだな」


 多分、背が低いのは母に似たからだと思います。だから成人云々と身体の大きさは関係ありません。


「まぁ、五十年まったのだ、共に暮らしていけば一年二年ぐらいあっという間だ」


 エリザベートが生まれてから五十年は経っていません。それから何故これから一緒に暮らすことが決定されているのですか?


「そうだろう? 私の可愛い番」


 そう言っている龍王の黒い瞳に映る私の赤い瞳は、死んだ魚の目をしていました。


 私の番に対する感知機能は、前世の私の心が死んだ時に失ったのでしょう。


 私を裏切ったレイモンドとナタリー。そしてエリザベートという番に固執した龍王。


 番とは呪いだと思いませんか?





「嫌です!」


 私ははっきりと言います。

 しかし私の言葉に場の空気は最悪と言っていいでしょう。


「うっ……こう何度も直接言われると、胸が痛い」


 私の言葉に傷ついたと言って、自分の胸に手を当てている龍王シンセイ様。


「カトリーヌ。カトリーヌの幸せの……」

「お父様は黙ってください!」

「カトリーヌ。番は共にいるものなのよ?」

「お母様。私にはさっぱりわかりません」

「エランディール子爵令嬢。これは個人の問題ではなく国家間の……」

「先々代の国王陛下の肖像画に落書きをして、消すまでおやつ抜きになった国王陛下には関係ありません」

「……」


 今まで私に注目されていましたが、中央の偉そうな椅子に座っている男性に視線が集中します。


 お祖母様が王家の血筋でしたので、王家の裏話は耳に入っていましたよ。前世の話ですが。


 そして、ここは王城の一室になります。ここで何が行われているかといえば、私の説得です。


 シンセイ様が国に帰るときに、私もシン国に帰ろうと言いやがったのです。


 だから私は嫌だと言っていると、両親が呼ばれ、国王になったばかりのユーリウス王が呼ばれ、それでも私が折れないのでハイバザール辺境伯と私が仕えているイーリア様を呼びに行っているところなのです。


「人族という者は面倒ですね。陛下が五十年前にさっさと公爵令嬢を連れて帰らなかった理由はコレですか。まさか本当に未熟だと番がわからないとは」


 ちっ! 前世のときから変わらず側近メガネは口が悪いですわ。

 それからエリザベートは50年前には、まだ生まれていません!


 側近のリサイという方は青い髪が印象的な龍人ですが、前世の記憶でも子供だった私に辛辣な言葉を言ってきました。リサイと名を言えず、『リシャイ』と名を呼んでしまった腹いせかと思っていましたが、元々こういう方なのでしょう。


「お呼びと伺い参上仕りました」


 私が陰険メガネにイラッとしていますと、ハイバザール辺境伯様とイーリア様がこの部屋に入ってこられました。

 私はシンセイ様から横抱きに抱えられている膝の上から飛び降りて、イーリア様の元に行きます。


「イーリア様。途中からお側を離れてしまって申し訳ございませんでした」


 私は付き人として、イーリア様についてました。レイモンドを人の気配がないところに追い込んで、思いっきり一発殴って、直ぐにイーリア様の元に戻ろうと思っていました。


 なのにまさかの龍王シンセイ様の番宣言。

 ただの子爵令嬢でしかない私は権力者に逆らうことは許されず、連行されることになったのです。

 ですから、まずはイーリア様に謝罪します。私が仕えるご令嬢なのですから。


「ハイバザール辺境伯様。私のためにここまで足を運んでいただき、申し訳ございません」


 そして私の雇い主であるハイバザール辺境伯様に謝罪します。イーリア様に似た金髪がよく似合うオジ様です。

 そのハイバザール辺境伯様は困惑の表情を浮かべています。


 ええ、まさかこのようなくだらないことで呼ばれるとは思っていなかったのでしょう。


「エランディール子爵令嬢。今まで娘によく仕えてくれた。ハイバザール辺境伯として礼を言う」


 ……一瞬何を言われているのか理解できませんでしたが、言葉だけは口からこぼれ出てきます。公爵令嬢として人との付き合いをしてきた経験が、私の困惑をよそに言葉がこぼれ落ちました。


「勿体ないお言葉でございます」


 これはもしかして……


「エランディール子爵令嬢であれば、シン国に渡っても立派にやっていけるだろう」


 こ……これは解雇。


「カトリーヌ。貴女にはとても感謝しているわ。貴女がいてくれたからこそ、私は公爵夫人としてやっていけると自信になったのですもの」


 ええ、イーリア様には公爵令嬢時代の知識をお教えしましたから、ヴェルディール公爵夫人として立派に務めをはたすことはできることでしょう。


「カトリーヌ。なんていう顔をしているの? 一生に会えるか会えないかの番に出逢ったのでしょう? 笑顔でいなさいな」


 イーリア様。私は出逢いたくありませんでした。それに……


「私はヴェルディール公爵家に嫁ぐ、イーリア様についていくつもりで……」

「カトリーヌ! 私のことより自分のことを最優先に考えて! 今思えば、私は今までカトリーヌに、何かと頼りすぎだったと反省しているの。カトリーヌはシン国に行くのが一番幸せなのよ」


 私の幸せ?

 私の幸せを壊した番と共にいるのが幸せ?


 そんなことがあるはずはないわ!


 誰も私の味方をしてくれない。


 父と母は、幼い頃に頭を打ってから、おかしくなった私が嫁に行く相手ができてほっとしているところなのでしょう。


 ユーリウス王は、300年間も一国を治めている龍王と事を構えないように、ご機嫌伺いに必死です。


 ハイバザール辺境伯様とイーリア様は本気で番と共にいることが、私の幸せだと思い込んでいる。


 つがい。つがい。つがい。つがい。

 この呪いから解放される方法はないの?


「カトリーヌ。皆が祝福してくれているではないか」


 背後から聞こえる声に耳を塞ぎたくなる。

 貴方が必要としているのは私ではなくて、『番』という呪われた存在。


「わかった。そこの娘に執着があるというなら、その娘も連れていけばいい。一人で我が国に来るのが不安だというのだろう?」


 イーリア様を? 三ヶ月後にヴェルディール公爵家に嫁がれるイーリア様を?


「それで、カトリーヌの側仕えにすればいい」


 その言葉に背後に向けて思いっきり拳を振るう。


「イーリア様は貴方がぶっ殺したヴェルディール公爵の跡継ぎに嫁がれる方です! 私の侍女にしていい御方ではありません!」


 しかし、その右手の拳は軽く受け止められてしまいました。私の背後にいたシンセイ様にです。


「別にヴェルディール公爵を殺してはいない。八つ当たりをしてしまったというだけだ」


 それもニコニコと笑顔で言われると、更に苛立ちが募り、左手の拳も繰り出します。


 しかしその左の拳は下に往なされ、何故か身体が回転し、シンセイ様の腕の中に戻っていました。


 私が今まで鍛えてきた武術は龍人には通じなかった。所詮、私は人族ということなのだと思い知らされました。


「カトリーヌは、武に長けているな。使えない部下よりいい拳だったぞ」


 ……それ全く褒めていません。


「カトリーヌが望むなら、一人ぐらい連れて行ってやってもいいぞ? どうする?」


 これは、私がシン国に行かないという選択肢が考慮されていない質問です。シン国に行くのに連れて行きたい者はいるかという質問。 


 この質問に私は答える言葉はありません。なぜなら私は行くことに了承などしていないのですから。


「龍王陛下。まだ子供というのであれば、そこの親を連れていけば、よろしいのではないのでしょうか?」


 陰険メガネ! なんて言うことをいうのですか!


「李斎、それはいい案……」

「シンセイ様! 付き人は必要ありません!」


 私は思わず叫んでしまった。両親を遠く離れた東の地に行かすわけにはいかない。


「そうなのか? カトリーヌの両親なら喜んで迎えいれるぞ」

「……必要ありません」


 私を見つめる黒曜の瞳に映る私の赤い瞳は、虚空を映していた。





 シン国に来て半年が経ちました。シン国は話では聞いてはいましたが、独特な文化をお持ちなようです。


 今までドレスを着ていましたが、いくつもの衣服を重ねて着て、前で合わせた衣服を胸元で帯で留めるという変わったものでした。 


 華服というものらしいのですが、胸から下がスカートという形が花のようだから、この様な名前がついたのでしょうかね?

 まぁ、私にとってはどうでもいいことです。

 私は従順なふりをして、この国から逃げ出す機会を虎視眈々と窺っていました。




 ただ、私がいるのは後宮という隔離された場所であり、外に簡単に出られないのです。

 ここで役に立つのが人脈です。


 シンセイ様の妃という方が、大勢いらしたようですが、全て解雇され一部の方々が私の女官という形で残っています。


 その中でも私に好意的ではない方々がいらっしゃいます。ええ、私一人の所為で今まであった立場を追われてしまった方々です。


 その方たちは私に色々なことを教えてくださいました。私をここから追い出し、今までいた立場に戻りたいという欲です。



 ある日のこと、私が私が市場というものが気になると言えば、下女の姿をさせて連れて行ってくださいました。


 高級な店なのか他に客もおらず、装飾品を取り扱っていました。


 主にカンザシというものを扱っている店で、店主の老人は私の赤い髪に合うものを次々と用意してくれます。


 しかし私にはこの国の価値観がよくわからないため、振り返って私を連れてきた女官たちに意見を聞こうとすれば、その姿は店の中に無かったのです。

 私は完全に放置されたのです。


 ですが、私には目的があるため、慣れないシン国の言葉をカタコトで話しながら、店主に色々聞いて商品を決めました。


 ここで逃げ出しても良かったのでしょうが、一番の問題がシンセイ様の存在です。


 必ず食事は共に取ることを求められ、突然私に充てがわれた部屋に現れることがあるのです。


 番という呪いが私を縛るのです。


 ですから、私は女官たちの姿を探しながらも、他の店に入り、店主から情報を引き出すのです。


 情報。それは商品の流通ルートです。連れてこられる場所は人通りが少ないのか、どの店も客がおらず、店主から情報を得るには最適でした。


 この商品はどこで作られてどういうルートで運ばれてくるか。どれほどの日数で運搬しているのか。


 そう、私の逃亡計画のための情報です。


 シン国内で作られている商品は除外です。私の望みは番からの逃げることです。


 ですから、他国で作られている商品に目を向けて、この半年間コツコツと情報を集めていたのです。


 流石に女官たちに隣国への渡り方は聞けませんからね。そんなことを聞けば不審がられるでしょう。

 聞けても他国との輸入品はどうやって入っているのかと、国ごとを考えている風を装わなければなりません。その答えは陸路だと言われたので、逃げ道として却下しました。

 陸路だと追いつかれる可能性が大ですから。


 ですから、陸路以外で他国に渡る方法を模索していたのです。


 そして夕暮れになった頃合いに女官たちは、『楽しまれましたか』と笑みを浮かべて聞いてくるのです。


 私のことを完全に放置でしたよね。と言いたいのですが、ここで反抗心を見せてはなりません。

 私では一般の龍人にすら敵わないのですから。






 ええ、シン国に来て一ヶ月経った頃でしょうか?

 私が住んでいる場所のことを、知りたいと言ったのです。住んでいる場所というのはもちろん後宮ということです。


 住んでいる場所の造りを知らなければ、逃亡計画は成り立ちません。


 女官たちが言うには、一日で回ることが出来ないというので数日にわけて、後宮内を見ることになったのです。


 後宮の造りは基本的に建物がいくつも建ち並び、その建物同士を屋根がついた石畳の廊下で繋いているという感じです。


 ですから、雨の日でも建物と建物との移動には困らないという造りでした。


 三日目の日にそれは起こったのです。


 高い壁の向こうに見える大きな建物は何かと尋ねたときでした。私は何も知らなかったので、右手をその建物に向けて指し示したのです。


 すると「いけません」という言葉と共に、右手に激痛が走ったのです。最初は何が起こったのかわかりませんでした。

 声にならない痛み。痛いと叫ぶことが出来ない痛みに襲われたのです。


 そして意識を失いました。



 気がつけば、シンセイ様の悲壮感漂う顔が視界に映り、なぜ貴方がそんな顔するのかと言いたかったですが、右手の痛みが無くなっていたので、口に出すのは止めました。


「カトリーヌ。どこか痛むところはあるか?」


 その言葉に首を横にふります。

 あの痛みはなんだったのかと思うほど、右腕の痛みはなくなっていました。


「何が起こったのでしょう?私は何かしてしまいましたか?」


 女官から注意されたということは、私はしてはいけないことをしたということでしょう。

 シン国の文化は独特で、一ヶ月ほどでは覚えきれなかったのは確かです。 


「いや、カトリーヌは何も悪くない。カトリーヌは我が国に馴染もうと頑張っているのは誰の目にもあきらかだ。そこを咎めることはしない」


 私は逃亡計画を実行するためにシン国のことを知ろうとしているだけで、別に馴染もうとはしていません。


「女官共には再度忠告しておく。龍人の力を振るうことは人にとって死を意味すると」


 どうやら、私はシン国の神を祀っている神殿を指で指してしまったために、手を下ろすように注意をされたそうです。

 その時に近くにいた女官に腕を叩かれ、腕の骨が折れたのでした。その折れた骨はシンセイ様の力で治してくれたそうで、痛みがないのなら、いつも通り過ごしてくれていいと言われたのでした。


 そうなのです。龍人のただの女官が、私に注意するために軽く腕を叩いただけで、私の腕の骨が折れたのです。


 今まで辺境の地で鍛えて、辺境の兵たちをボコ殴りしていても、それは、井の中の蛙でしかなく、種族という壁には敵わなかったのです。

 前世のお兄様。絶対に大丈夫ではなかったですわよね。


 それから、シンセイ様の忠告がされたためか、女官たちからは一定の距離を取られ、私の腕を叩いた女官の姿はあの日以降見かけることはありませんでした。



 そして、この半年の間様子を窺っていると、月に一度シンセイ様が丸一日来ない日があるのです。

 どうも龍王としての神事があるらしく、その日は私の元には訪れない。

 これも元妃の女官の方々が教えてくださいました。私の腕が折れるきっかけとなった建物で行われているそうです。


 ただ、一日だけではどのルートを通っても国外に逃げることはできないのです。最短でも三日。

 三日間、シンセイ様と離れる機会があれば、私はこの国から逃げられるところまで、情報を集めることができました。


 そして元旦に当たる今日から三日間は龍人の方々にとっては大事な祭事があるようなのです。

 それには後宮にいる方々も出席を求められているらしく、人族である私は危険だから後宮にいるようにと言われています。


 ええ、ここに来て龍人の方々と人族でしかない私の種族の差別というのを、何度も見せつけられてきました。


 そして、元妃の一人に教えてもらった地下の抜け道を使って、後宮を抜けだします。本来は敵襲を受けて秘密裏に逃亡するために使われる地下道らしいのですが、結局のところ後宮の外に出られても、龍王が住む城の外に抜け出せるわけではなく、そこからは自力で突破しなければなりません。


 恐らく別のところに、城の外に出られるルートがあるのでしょうが、私には教えてもらえませんでした。

 その時に教えられたのが、後宮を出て、シンセイ様に助けを求めるようにと。


 絶対に助けなんて求めませんわ。


 私の今の姿はその辺りで忙しそうにしている下女の簡素な衣服をまとっています。私の目立つ赤い髪は黒粉という髪を黒く染める粉を降って、赤みを抑えていました。


 後宮を抜けた私は、少し速歩きで使用人の通用門に向かいました。


「お嬢ちゃん。こんな日に外に出るのか?」


 一番の難関の城の門番です。


 お嬢ちゃん。龍人の子供は龍人の特徴である額に角が生えておらず、背が低い私はここでは子供あつかいされているのです。


「どうしてもって、お使いを頼まれたの」


 私が女官から渡された通行証は、王妃直属の使用人の通行証であり、私は王妃の命令で動いているという体裁がとれるのです。


「そうか。人族の王妃様は祭事に出席できないものな。何か正月を楽しめるものを買ってくるといいよ」


 私はその言葉に頷いて、開けられた門を通り抜ける。

 そして年が明けた祝に沸き立つ王都の中に紛れ込んだのだった。

  人の往来が多い店が立ち並ぶ区画に入り、風呂敷という布で包んでいた外套を羽織り、王都と地方を結ぶ乗り合い馬車がある場所を目指す。




 下女の姿は、王城の周辺では目立つことはありませんが、質素な衣服でも布地の作りが違うため、貧困街というところに行くと、どうしても目立ちます。


 乗り合い馬車は、その貧困街の近くにあるため、ボロ布と言っていい外套を羽織って、身なりがいいことを隠すのです。

 これは他国の者の往来が多いハイバザール辺境伯の地で学んだことです。


 身なりがいいと、変な輩に絡まれてしまいますから。私の拳は龍人には通用しないことが、この半年で十分理解できましたので、絡まれたらアウトです。


「カイザン行きはいつ出発ですか?」

「ん?」


『海棧行き』と書かれた乗り合い馬車の御者に尋ねます。

 公爵令嬢として、いろんな国の言葉を覚えていたことが、こうして役に立つとは皮肉なものですね。


「三十分後だが、こんな日に王都を出るのか?」

「地方にいる母が倒れたと連絡が入って、すぐにでも帰りたいのです」


 正月の王都を去る理由。よっぽどのことではないと、おかしいと不審がられるでしょう。

 だから親兄弟が倒れたという理由が無難でしょう。


「ちっさいのに王都に出稼ぎにきて、偉いな」


 御者の男性は納得してくれたようです。そして運賃を払って乗り合い馬車に乗り込みます。

 ここで私が自分で買い物をしたいといっていたことが役に立ちました。


 公爵令嬢だったときは、お金など持ったことなどありませんでした。そう、身分が高くなると自分で支払いをすることはなく、お金に触ることもなかったのです。 


 王妃扱いされている私がシン国のお金に触れることは皆無であり、すべて欲しいと言ったものが用意される。

 そうなれば、逃げるための資金が得られません。


 私が買い物をして、これがシン国のお金かと面白がっていると、元妃たちはバカにしたような目を私に向けて、そのあとのお釣りでもらったお金が、どこに消えたか気にしないのです。

 それで、それなりの資金を貯めましたわ。


 この三日間で港町であるカイザンにたどり着けば私の勝ちです。



 旅は順調でした。乗っている客が私しか居ないというのもあり、何かと御者の男性が気をつかってくれたのです。


 泊まるならここがいいとか、ここの食事が美味しいとか、色々情報をくれました。とても助かりましたわ。


 カイザンから海の向こうの大陸の国に渡るということを教えてくださったのは、前世のときに会ったシンセイ様からです。


 シンセイ様は子供の私に色々とシン国の話をしてくれていました。


 そして私が集めた情報と、国土地図と照らし合わせて、このルートを選んだのです。


 こうして無事に三日後に、カイザンの街にたどり着きました。町は山の斜面を削って造ったのか、坂の町だからかでしょうか。乗り合い馬車の到着した広場から海がよく見渡せました。前世でも見たことがなかった大きな湖のような海。


 広場の端まで行って海を見ます。

 曇天の今にも雨が降り出しそうな空ですが、眼下に見える港には大きな船が停泊しています。


 あの船に乗れば新たな新天地に行けるのですね。


「ふふふ……」


 思わず笑いが込み上げてきます。

 今までこんなに笑ったことなないというぐらいに笑いました。


「ざまぁ……」



 そう、こぼす私の頬に冷たい雨が伝っていったのでした。





読んでいただきましてありがとうございます。


追記

2024.10.15総合日間3位

異世界転生恋愛日間1位

たくさんの方に読んでいただきましてありがとうございました。


追記2

バッドエンド編は削除しました。

たくさんの方に評価いただきありがとうございました。感想欄が荒れたため削除しました。

気になる方はネオページ様にて転載しております。


本編はカトリーヌが新天地に行けるというところで終わりです。たどり着けたかは、読者様にお任せします。




以下は補足になります。


【ヴェルディール公爵(兄)Side】


「公爵様。今年も届いたのですが、如何いたしましょう」


 公爵と呼ばれた二十代中頃の青年は、届いた物を見て嫌そうな表情を浮かべた。

 何が嫌なのだろう。


 燕尾服を身にまとった青年が差し出しているのは、銀色のトレイに乗せられた分厚い箱だ。


 それも細長く厚みがある。長さで言えば公爵の手から肘までの長さはあるように見えた。


 その箱を留めている紐を引っ張り、嫌そうに蓋を持ち上げた。

 中にはクッション材なのか布が敷き詰められ、巻いた紙が入っている。


 巻いた紙を取り出し端を引っ張ると、どこまで続くのだろうという紙が公爵によって伸ばされていく。

 その紙には文字が書かれているが、それを読んでいるようには見えない。


「で、なんと書かれている?」


 やはり読んでいなかったようだ。

 しかし尋ねられた青年も困り顔になっており、書かれている文字が読めないようだ。


「色々つてを使って調べてはいるものの、龍王御本人が書かれたものとしか……極東と取引がある商人でも、かなり文字が崩されており読めないと言われました。確かに公式文書と同じ御璽とサインであり、龍王陛下が書かれたものと確認済です。しかし公式文書は書記官の方が書かれているので、この文字を読める者がいないのです」

「エリザベートは?」

「エリザベート様なら解読できるできるかもしれませんが、今はレイモンド様と観劇に行かれていますので……あの、使者の方がお返事をいただけるまで王都に滞在しているとおっしゃられているのですが……」


 その言葉に公爵はますます嫌そうな顔をしている。婚約者とのひと時を楽しんている妹に頼むことを躊躇っているのだろうか。


「何度も確認するが、ヴェルディール公爵家とシン国とは何も関わりはないのだな?」

「何度も申しておりますが、関わりがあるとすれば、先々代のヴェルディール公爵夫人です。しかし先々代の公爵様に確認いたしましたが、そのようなことは一度も口にされていなかったと」

「お祖母様は王家から降嫁されているから、確かに何かしらの関わりがあるかもしれないが、もう五年前に亡くなられている」


 そして、室内に二つのため息が響き渡った。


「適当に挨拶文を書いて、礼状をしたためておけ、それでヴェルディールの特産を返礼品として渡しておけ」

「いつも通りということですね」

「そうだ」


 こうして、龍王からの番への手紙は、公爵の手元で止まっており、エリザベートには一切伝わっていないのでした。

 そしてその行動が龍王の怒りに触れたのだった。





シン国での補足


 女官たちの行動について、

 女官たちが店の外にでていた理由。

 それは龍王からの通達があり、カトリーヌの行動を阻害しないという命令が出されていたからです。


 多くの龍人が側におり、ちょっとしたカトリーヌの行動でカトリーヌ自身を傷つけない配慮のため、遠くから見守っているという行動をとっていました。


 そしてもちろん離れた位置に護衛がおり、店に誰かが入ろうとすれば、入店を断っていました。


 人であるカトリーヌでは認識出来ないところからでも龍人族では問題ないという種族としての差がここにもでてきていました。


 その護衛はカトリーヌの逃亡計画にも随行しており、早々に龍王の耳に入っていました。


 御者の龍人は一般人であり、関係ありません。






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