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腹抱えうさぎ

佐藤(さとう)伽乃(かの)は、大企業令嬢の名に恥じぬ娘だ。



大量に開催される、企業パーティーやら祝賀会に参加した際には、多くの男性の目を引く。

お偉方にもその品格や礼儀は一目置かれている。


父が礼儀作法を教え込んだ過去はない。

純粋に学ぶべきと思い伽乃が身につけた技術だ。

それが育ったのも、それらパーティーを始め学びを実践に移す場があったからだろう。


が、そんな欠点無し完璧ガールな伽乃だが、今まで婚姻を申し込まれた経験はない。

その理由は至って簡単だ。


単純に、結婚適齢期でない。


日本の法律上、女子は16歳から結婚が可能である。

つまり、今の伽乃は結婚が可能な年齢にはある。


が、可能とはいえ、学生である16歳で結婚をする女子はそう多くはない。

ありがちなのはできちゃった婚だろうが、無論それにも該当しなければ、結婚・妊娠で学校を退学するような話にもなっていない。

というか妊娠してないが。





なんにせよ、佐藤家令嬢の婚姻は大企業界隈を騒がせた。



政略結婚を狙っていた企業もあっただろうが、純粋に、息子が伽乃本体を好いた家も多かった。

とはいえ、相手が妻藤家と言われれば、他会社もため息をついて諦めるしかない。



が、一つ、諦めを余儀なくされた彼らに残る疑問がある。

佐藤家令嬢は、どこで見かけても父に従順な、素直で麗らかな娘であったため、政略結婚に首を縦に振ることも納得できる。


が、妻藤家の方はそうでもない。

佐藤家と婚姻で固い関係を結び、何か大きなメリットがあるわけでもなければ、そもそも妻藤家長男も結婚適齢期ではない。


ただ純粋に、婚姻関係を結んだ理由に疑問が残るのであった。






(あ、そうだ。朝にプレイした時に出た補助装備の強化、まだだった)

〔※補助装備はレベルを上げることで、いくつかの項目の中から数個がランダムで強化される。

項目は、攻撃力・防御力・・・みたいな〕


その項目というのも、強化されて嬉しいものもあれば全くそうでないものもあり、

そのため、博打の如く神装備になるかゴミ装備になるかが決まる。


スマホを横画面にして持ち、静かに机の引き出しに滑らせる。

何をしているか、もっと言うと、何のゲームをプレイしているか、それは決して口外してはいけないからだ。


緊張の一瞬である。

この、強化のボタンを押すことで、神かゴミかが決まる。


シャキンっと強化が行われる音がイヤホンに届く。


恐る恐る片目を開いて画面を見る。


・・・・いらない項目が強化された・・・・

ここまで詳しく書くと呪文のため自主規制・・・・


「特級呪物・・・・・・」

〔※一番いらない項目だけが伸びまくった、最悪のゴミ装備〕

「佐藤さん、呪〇廻〇好きなのー?」

項垂れながら思わず出た爆言に、前の席に座っていた女子生徒が反応する。


が、今の伽乃に、それに丁寧に対応する元気は残っていない。

「・・・・えぇ。好きですよ」

「へー。佐藤さん、アニメとか見るんだ-」

「・・・・・血しぶきには、そそられるものがありますからね・・・・・」

「・・・え?」


どったの?

佐藤さん血が好きなんだってー。

へー。変わってんねー。

ねー。さすがお嬢様。


今のどこをどうとってお嬢様なのか知らないが。

伽乃は学校では普段見せないほど、机に頭を預けて落胆していた。




現在、学校、昼休み


(佐藤さんじゃなくて妻藤さんなんだけどな)


そんな思いもむなしく、唯一名字の変更を心得ている先生が、伽乃の名前を呼んだとしても、佐藤と妻藤にそこまで発音の変化がないため、マジで気づかれないのが現状だった。


良いのか悪いのかよく分からないが。



伽乃は学内では、佐藤グループの令嬢であり、超絶美少女な眉目秀麗びもくしゅうれい

細身美白を体現した少女。

そんな印象付け。


が、クラス内では、上記の評価+たまに奇行に走っている、と思われていた。

〔本人はそんなこといざ知らず〕


演技は得意なので、いくらでも隠し通すことは可能だろうが、今となっては隠すべき案件が多すぎて面倒になりつつある現状だ。



伽乃はスマホに平然と映りやがるゴミ装備を静かににらみつけた。

ここが自室なら絶叫してスマホをぶん投げて危うく粉砕させるほどの事態である。

が、ここが学校で良かった、と自分でも思った。



今日は教師達が会議をするとかで、昼食と昼休みの後、すぐに帰宅となる。

実家では、登下校に見張りはつけていなかったのだが、妻藤家の妻となった今、それも拒否された。



つまり、伽乃は今日よりぼっち帰宅が出来ないのだ。


(今日はあの漫画の新刊の発売日だったのにな・・・)




そんな悲鳴も虚しく、あっけなく下校時間はやってきた。

「それではさようなら」

女史の号令を待つか待たずか、生徒らはガタガタと鞄を持ち、各々教室を出て行く。


「佐藤さん、じゃねー」

前の席の女子生徒らが鞄片手に声をかけてくれる。

「はい。さようなら」

「じゃーねー」

「また明日~」


ここの女子生徒はみな優しいもので、学校では基本ツンケン野郎な伽乃にも変わらず挨拶をしてくれる。

前述、割と馬鹿校と評したが、それは偏差値というただ一つの指標に過ぎないと日々感じさせられる。

何となく、会社と父の品格を守るために学校でも流れで敬語を使っているが、そこにもいちいち付け入りはしない。


いいクラスメイトというやつだ。



伽乃はいつも、教室に生徒がほぼなくなってから、教室を出る。

理由は昇降口が混むから。


(教科書、靴箱に入れるから毎回混むんだよなぁ)

さすが(いにしえ)の地元公立高校。

教室にロッカーがないというトンデモ雑魚装備により、生徒らは置き勉の方法として、学校側の皮肉か、大きな靴箱に教科書を突っ込むという奇行に走っていた。


伽乃は何となく毎日持ち帰りだ。靴箱に教科書はさすがに抵抗がある。

今日からは車の送迎つきなので、尚更持って帰れるだろう。


靴箱に今日の教科書を入れ、持って帰る教科書との混同にあれあれと対応をし、というのを全員がやるため、昇降口の混み具合は異常。

加えて夏。汗臭いのは嫌いなので、静かな教室でそれらが帰るのを待つのは善策だろう。




30分ほど先ほどの()()を反省させるために読書で時間を潰し、机の横にかけた鞄を手に席を立った。


「佐藤さんてさ、何で毎日こんな時間まで残ってんの?」

「知らね。凡人のざわめきがうるさい的なあれじゃね」

「聖人かよ」

「実際そんなもんだろ」

「間違いない」


同じく教室で駄弁っていた男子生徒数人がこちら片目にこそこそする。

別に嫌なことを言われているわけではない。

凡人なれ聖人なれ、発想が中々に二次元だが。


(厨二病かな)←お前がな


さらりと流し目でそれらを見ると、伽乃はそのまま教室を出る。

やはり妻藤は全くといっていいほど浸透していないようで、相変わらず伽乃は学校では佐藤していた。

彼らが先ほど言っていた凡人のくだりも、内容をかみ砕けばその通りと言えなくもない。

が、やはりそれなりの偏見の元になった発言だということは察せる。


(いっそ教室で堂々とスマホゲーしてみようかな)


幼稚園児が聞いても駄目だと分かる内容を脳の片隅で思い浮かべながら、伽乃は昇降口についた。



自身だけガラガラな靴箱から、憧れから買ってもらったキルト付きローファー(※1)を取り出す。

ローファーというのは可愛いもので、伽乃は高校生になったら必ずこのローファーを履くと決めていたのだ。


(可愛い)


伽乃は脳内アバターでニヤつく。


学校指定の靴や鞄は特にないため、生徒らは入学時に好きなものを自由に購入し使用することが出来る。

伽乃のこの、いわゆるボストンタイプのスクールバックも、単なる憧れから父に強請(ねだ)ったものだ。

教科書の重さで右肩ばかり死ぬのがたまきずだが。



傷がつかないよう丁寧にローファーに足を通すと、伽乃も正門への足を進める。

周囲には、まだどこかでしゃべっていたのか、生徒らの姿も多くあり、正門を中心に人だかりが出来ている。



「どこ大なんですか~?」

「言う必要があるのか?」

「誰かのカレシですか!?」

「彼氏・・・。ある意味そうだな」


正門に近づくにつれ、キャンキャンと女子生徒らの黄色い声が耳に入る。


そこまで偏差値の高くない高校あるある。

放課後、他校の生徒及び大学生のカレシカノジョが学校まで迎えに来る。

それの顔が良かった場合に限り、異性生徒はそれに茶々を入れるかあわよくば連絡先をもぎ取ろうとする。


(私には関係のない話だな。私を射止められるのはこの世、いやこの次元には存在しないのだから・・・!)

つまり二次元




昇降口に向かっていたタイミングで既に妻藤の方から、迎えが到着しているとメールが入っていたので、正門あたりに車があるはずだ。

それら女子集団をスルーし、伽乃は正門を抜ける。


妻藤家に来た初日、車庫には多くの外車しか並んでいなかったので、こんなド公立では目立つだろう。

あれだけ大量の外車は、きっとどこの家に行っても拝めまい。

一瞬車の工場に連れてこられたのかと勘違いしたくらいだ。



――と踏んでいたのだが、パッと見渡すも、それらしき車は見当たらない。


「おい、あ、あの・・・」


もう一度、連絡をくれていた妻藤の執事の方のメールを確認してみる。

が、やはり正門前に既に、という文面以外はない。


『正門に来ているのですが・・・』


送り返してみる。

既読はすぐについた。

が、返信はしばらく来ず、少しして腹を抱える白うさぎのスタンプが送られてきた。

遊び心があることは気を張らずに済んでいいことだが、今の問題はそれではない。


『あのー・・・・』

「あの・・・・」


画面の中と三次元で、二つの同じ言葉が重なった。


今まで自分に向けられている言葉だと認識していなかった声が、今度はすぐ背後で聞こえた。


伽乃は背後を振り向き、そして目を見開いた。

※1 説明の言語化が難しいので、分からない方はネットへゴー

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