洒落たイケオジ
「あれーっ。夕灯くん休み?」
「夕灯?おー。なんで?」
「えっ!?い、いやいや!特に?」
「そ。夕灯、たぶん数日来ないぞ」
「えっ、もしかして何か病気とか・・・?」
「いやー?まぁ、そんなもんじゃね?」
「そ、そう・・・」
――――――
(っあーー。背中いてーー)
枕元に置いたスマホが示す時刻は8時半。
いつもなら教室の席でうたた寝ている頃だ。
(ここの簡易ベッド固いんだよな)
背中を軽く擦りながら体を起こすと、ちょうどドアが開かれた。
「お、起きてた」
「・・・奏にぃ」
ドアからスラッとしたスーツ姿で覗いたのは奏だった。
「朝早いね」
夕灯は目を擦りながら言うが、それに奏は鼻で嘆き笑った。
「俺ら社会人は通常出勤なんだよ学生。そう、会社がどれだけ緊急事態でも、君たちがここに泊まりになっても、俺は通常出勤なんだよ、学生・・・」
「・・・大丈夫?」
若干テンションの低い奏は部屋のカーテンを開きながら口も開いた。
「けど、夕灯くんは早いほうだよ。君の兄様はまだ部屋の中」
歌うように軽快に言うと、視線を隣の部屋へ向ける。
「しょげてるだけじゃないの?」
「案外写真見て興奮してるかもよ?」
「最っ悪」
「ごめんごめん、さすがに冗談だから」
ちょっとでも空気を和ませようとだな、と加えて口にするが、彼自身もかなり落ち込みがあるように見えた。
夕灯もテキパキ動く奏を見習い、ベッドから降りる。
が、
「奏にぃ、俺、服――
「朝に家から持ってきたのがあるから、ちょっと待って持ってくる」
すぐに頼ることになってしまった。
学校に行くのではないので、軽い普段着を身につける。
日差しの入る窓から外を見ると、朝にしては刺激の強い高層階からの景色を拝むことになる。
妻藤本社に居候(?)一日目。
学生の夕灯と伽乃は今日から学校を休み、妻藤家一同は本社に泊まり込み生活が始まった。
「伽乃さんは?」
「起きてはいる」
夕灯のぽつりとした問いに、奏は一呼吸置いてから答えた。
「メイド側に置いてるけど、部屋から出てきてないって。今はそっとしておくべきって社長も判断したから。今は心を落ち着かせていただく時期かな」
「そ」
夕灯は奏が持ってきてくれた、家から持ち込んだ荷物の段ボールを開き、のそのそと動き始めた。
着々と自身の仕事を進めていた奏は、黙って動く夕灯に数秒経ってから目を向けた。
夕灯は段ボールから取り出したゴツい機材を机に並べ始め、コンセントを差す。
最早、言葉すらいらないだろう。
電源を入れ、そして慣れきったアイコンを押す。
『陽キャ撲滅隊隊長』オンライン
クソネーミングの隣に緑のランプが光っている。
オンラインの合図。
カーソルはマルチ参加をクリックした。
「俺に出来るのはこれだけ」
「じゅうぶn」
n二回押すのが面倒らしい。
******
「社長ー・・・本当にいいのですか?」
司はオヨオヨと怯えながら主人に問いかけた。
こう見えて凄腕秘書なのは、この場面だけでは到底思えないだろう。
「では、後は頼むぞ」
「かしこまりました」
社長が自信満々に肩に手を置いたのは、横のつながりから集めたネットの天才たち。
妻藤の開発者グループを始め、各界隈のプロ。
各界隈は本当に様々な界隈だ。
これに司は心配を抱いているわけだが、社長は地味に悪ノリをするキャラなので、司の言うことはあまり聞かない。
本社のサーバー室を出た司はため息交じりに言った。
「私知りませんからね」
「ははっ。知らなくていい。お前は」
社長は笑う。
この人の知らなくていい、は阻害的意味ではなく、守護的意味であることを司は既に知っている。
いわゆる大人の闇ってやつかも知れない。32の若年にそんなことを言われても阻害にしか聞こえないかも知れないが、彼と司とでは圧倒的に何かが違う。
この何かこそがまだ司の知れていないことかも知れない。
それを知るべきかは、社長がいずれ教えてくれるだろう。
「彼らの件もそうですが、例の発表も」
司は新たな課題を切り出す。
これには萎れた花の顔ではなく、眉をひそめるサスペンス役者の顔をする。
「そうだな。確かに、発表が早まっただけと言うには大きい話題だ」
社長も軽く頷いた。
が、すぐに洒落た顎髭の端が吊り上げられた。
「司」
サスペンス役者の顔が、度肝を抜かれたファンの顔に変わる。
「最前線を行くトレンドを消すには、それを潰して上回るだけのデカいのを放出するだけだ」
「・・・・・やっぱり心配だ・・・」
司は肩を落とし直した。