伝わってるかな
「燈夜。落ち着きなさい」
「社長!」
「父さん!」
「お父様・・・」
口々に声がかかり、一同はその男性を見ると同時に大きく頭を下げる。
「社長!お疲れ様です!」
廊下に立っていた社員が全員一斉にその男性に敬意を向ける。
伽乃も既に対面はしているが、やはり慣れない威圧感と強者感がある。
社長、もとい三人の父、もとい妻藤大信は、燈夜からの唐突な行動に呆然とする義娘に優しい目を向けた。
「伽乃さん、朝から悪いね。突然社に来てなんて戸惑いもあっただろう」
「戸惑う暇ないくらい爆速で来てるけどね」
「夕灯」
凉子が隣でぼやく息子を窘めるが、それにも父は穏やかな反応だった。
「夕灯も休日は行動を縛らない約束だったな。今日だけは許してくれ」
「いや、俺は・・・大丈夫・・・」
彼にとっても意外な反応だったようだ。
名が体を表しているとはこのことだと身をもって実感する。
(こりゃうちの父親とは器のレベルが違うわ)
伽乃の父は三代前が築いた地位を流行のおかげで縋り付いている。
対して、創立年数を見れば昭和初期から既に地位のある妻藤は佐藤とは真逆の地位の守り方だ。
昭和初期になにで一発目の地位を築いたか知らないが、それが今の時代まで持つことはまぁないだろう。
現に、妻藤は常に新しい事業に目を付け、その多くを成功させている。
ひとえに、歴代の社長の手腕だ。
(やっぱり、何度考えてもこちらに利がない)
伽乃は視線を落とした。
妻藤に来てからずっと考えていた。
どうして妻藤と佐藤が婚姻するなんてことになったのか。
父が大金をはたいた。これは以前からある予想の一つだ。
父の虚言も実は真言で、恐らく今の瞬間、財産という一つの指標で佐藤は妻藤を上回っている。
つまり、金銭面でのみ、唯一妻藤が佐藤に目を付ける理由になるのだ。
とはいえ、父は伽乃を16年間溺愛し続けた過去もある。
妻に逃げられ、幼い娘だけが残った家で、たった一人の家族、あるいは女性を好みたかったのか。
真意を探ることはしたくないが、父が妻藤の名前のために娘を売ったとは考えづらいかな。
奏に引き剥がされ、燈夜は伽乃から離れた。
それとほぼ同時に、伽乃は社長へ深々と頭を下げた。
「!」
「誠に申し訳ありませんでした。今回の件、全て私の不注意と危機管理の不足によって引き起こされたものです。弁明するつもりはございません。処罰はお望みのままに受け入れます」
ここまで温厚な表情を崩さなかった社長も、さすがに目を僅かに広げる。
「燈夜様と奏様、その他警護の方々にも一切の非はありません。どうか、そちらに失意をお向けにならないでください」
伽乃の写真が撮られた。
今回の一件、正直言ってまだ伽乃は妻藤へのダメージがはっきり見えていない。
しかし、彼らの不手際が招いた結果でないことは確かだ。
空間に長い沈黙が流れた。
身内も、廊下や付近の会議室から耳を潜めていた幹部らも、驚く者、眉をひそめる者、じっと上の反応を待つ者、様々。
「伽乃さん」
「はい」
脳内アバターが深く息を吸い直す。
「しばらく学校はお休みしてもらいたい。出来ればここに泊まりで、数日ネットの様子を見よう。構わないかな?」
「はい」
謹慎か。
「謹慎ではないからね」
「・・・・・はい・・?」
「伽乃さんに非はないってことだよ。ほんと、ほんとに」
父の代わりに夕灯は意味深に深く語った。
しかし伽乃は、最年少の発言に今までとは違う確実な特異点を感じた。
ピコンッとどこかで通知音が鳴った。
どんだけ神経尖らせて毎日、このアプリからの通知を待っていると思っている。
音源の出所さえ見えれば伽乃には容易い捜査だ。
伽乃はすぐに夕灯の帯に差された自身のスマホを抜き取った。
「ツイッター」
「っ!伽乃さん!」
最早神業レベルの速度でツイッターまでの道のりを終え、最後にメッセージ欄を開く。
恐らく、既に分かっていたことだ。
中学時代の惨劇を忘れたはずもない。
妻藤が過度に反応している理由は別にある。
誰にも見えない角度を取って、けれど迷いなく、全く知らない人間から届いている一枚の写真を開く。
AIなり編集なり合成なり、それら技術の進化は著しい。
一瞬でこれだけの完成度の合成写真が出回るのも、もう今の技術なら必然なのかもしれない。
視覚的に体の綺麗な女性はいくらでもいるもので、それら体と同じく好みの顔を一体化させたいという思いも生まれるらしい。分からなくはない。
しかしそれでも、脳内アバターが崩れ落ちる程度のダメージが伽乃に降りかかる。
表の表情は、死んでも崩さない。
私の全ては私の部屋に置いている。
妻藤らはネットを漁った結果、既に流出していたこんな画像を見つけここまでの行動を起こしたのだろう。
「綺麗な画像ですね」
夕灯が力ずくでスマホを引き抜くが、それを止める力はもう残っていなかった。
「私はそんなに綺麗じゃない」
伽乃は髪を引き抜くように掴む。
「普通じゃなくすためにこれにしたのに」
桃白髪の下から覗いたのは、真っ黒い髪だった。