寓居の園の子どもたち3
交信が途絶えたあと、静まり返った天球に夜が訪れる。一つずつ、スクリーンの明滅が役割を終えてゆく。まるで帳が落ちる様だ。
代わりにスクリーンが投影したのは、外世界に果てなく広がる星屑の天象儀。そして今も変わりない、銀色の幾何学模様を帯びた地表の景観。
ハッチが音もなく口を開け、そこから現れた極彩色の鳥が羽ばたいて、ハルタカの胸へと降り立つ。軟着陸に押され、ふわりと壁に跳ね返る。
ヒトと同じしなやかな四肢を広げた彼女が、ハルタカをぎゅっと抱きすくめた。
「――コワかった! さっきのヒト、るー、すっごいコワかった。まず顔がヤバい。声もなんかヤバい。ヤバすぎコワい」
必死の眼差しで訴えてくる。未だに言語のたどたどしさを拭い去れないルリエスハリオン・トゥエルヴスプローラは、新しい世界に触れたことで、かつての姉の面影とは異なる個性を獲得しつつあった。
「ちょっと、苦しいって。怖いなんて嘘でしょ、るーちゃん」
嘘と言ったのは、どうせ抱きつく口実に〝ラムダの顔が怖い〟ことを利用しただろうルリエスの浅知恵を揶揄してのものだ。
「嘘じゃないもん。ハルくん、あんなの相手に真顔でしゃべってて、超策士。超、りすぺくと」
「まったく、誰がそんなヘンテコな言葉教えたの……それ、いつの時代の文化なの……」
頭を抱えざるを得ない。〈楽園〉を通じてコミュニケーションを取れるASたちは、その誰もが強烈なまでに独創的な個性を持ち、ルリエスや自分までもを翻弄しているのだ。
「そういえばさ、るーちゃん。…………渡しておきたかったものがあるんだけど」
視線が合わさる。ゼロ距離近くで、何の迷いもない瞳孔が銀の星々を映している。
「ん、るー、になにをくれるの?」
ふと、いつも危なっかしくて無茶ばかりしていたあの〝るーちゃん〟のことを思い出す。ハルタカを自分勝手に弟呼ばわりして、絶対に守るなんて宣言して、それを果たした少女。
〝るーちゃん〟はもういなくて、なのに、ここにこうして彼女がいる。この拗くれた現実は、今のハルタカでもうまく折り合いが付けがたいものだ。
「……これ。ぼくの姉だったひとの持ち物なんだけど」
鬱陶しそうに波打っていたルリエスハリオンの前髪を、姉のバングルで留めてやった。そうしたらいつかの彼女みたいに額が大きくのぞいて、少しだけ知的になったように見えた。
思わぬ行動に、さすがに変な顔が返ってきて。彼女の顔がおかしくて、ハルタカも噴き出してしまう。
途端にむくれた表情があまりにも〝るーちゃん〟だったものだから。この人智を飛び越えた最果てを行く少女は、どんな奇跡だって、願いだって何でも叶えてしまえるのだと、なんだか暖かくて熱い気持ちで、とにかくもう胸いっぱいになってきた。(了)