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軌道をめぐる同行者3

 それからのハルタカの記憶は断続的で、至極曖昧なものだった。

 船外服が備える生命維持装置が働いて、意識喪失状態から強制的に揺り戻される。ヘルメットバイザーの向こう側がどうなっているのか見えない。視界が赤く滲んで、網膜下端末が見せる情報すらはっきりと読み取ることができない。

 ただぐるぐると回転運動を止められなくなった自分の体が、恐ろしいスピードでどこか遠くへと投げ出され続けているのだけは感じ取れる。

 崩した姿勢を取り戻すための推進剤も尽きたのか、スラスターすら反応しない。そのまま気が遠くなり、その度に意識喪失するのを繰り返していた。

 やがて何度目かの覚醒時に、電力低下の警告音が聞こえた。あるいはエア切れだったか。音声案内がハルタカ四級生に最終宣告する。


【警告します/残存エアが5%を切りました/ダイバーの生命維持を優先するため/仮死化装置を強制起動します/二分後に救難信号の発信を開始――――】


 視界は暗く、耳元に届く吸入麻酔ガスか何かの噴射音を最後に、もう何も聞き取れなくなる。暗くて寒くて少し苦しい、でもどこか穏やかになれるこの感覚は、たしかもっと自分が小さかったころにも味わったような気がした。

 その時、重たく閉ざされようとする瞼が見届けようとしたもの――ハルタカの眼前を遮るヘルメットバイザーの向こう側に、不思議な光景を垣間見た。

 薄紫色をした、花冠を胴体に抱くあのASだ。手がすぐに届きそうな傍に浮かんでいる。地平の彼方へと投げ出され続けるVX9の軌道を追うように、互いが向き合っている。


【――――евушки гляньте】


 すると、どういうことだろう。あの少女の歌声とともに、ハルタカの視野に青い光が瞬いた。

 どこか凍えるような輝きに、思わず目をすがめる。自分の目の前に、あり得ないはずのものが映っていたのだ。

 耐圧強化樹脂を隔てた向こう側の世界。そこはかつてガガーリンが到達したのと同じ、重力も大気もない、生身では生存不可能な宇宙空間――のはずだった。

 なのに、その暗闇のさなか――薄紫色をした花冠の縁に、なんと人影が佇んでいる。

 淡く光を帯びたそれは、さながらカラスアゲハのごとき黒いドレスに身を包んだ、躯体と同じ薄紫ライトパープルの髪をした少女。それも、自分よりもずっと小さな女の子に見えた。

 妖精を思わせる燐光のヴェールに照らされた()()が、死の暗闇でひときわ儚げに輝き、剥き出しの生身で歌声を奏でている。


 ――そうか、ぼくは幻覚を見ているのか。


 そう認めて意識を保つことを諦めた時、その女の子の見たこともないオレンジ色の瞳が、見えるはずがないハルタカの双眸をじっと見つめた気がした。


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