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オルテンヘムズボ

例えば、大航海時代では欧州の国々にとって植民地化時代でもあった。彼らは先住民族にキリスト教への改宗を強制し、宗教の力で勢力圏を拡大していった。

例えば、日本は大東亜共栄圏を作ったとき、日本語の使用を強制することで植民地を支配しようとした。

これはそんな話。




時は昔、インターネットすら未完成である頃。

あるところに言語学者L氏と発明家I氏がいた。

二人はかつての偉大な発明家たちがそうであったように、質素な物置小屋で作業していて、L氏は先日I氏に『世界共通の言語』の開発を依頼していた。


コンピュータ言語も世界共通言語ではあるけれど、0と1の羅列を人間が理解できる文字に直すためにはコンピュータという媒介が必要で、L氏はそんな媒介物を必要としない新しい言語を発明したいと考えていた。

L氏は「あいうえお早見表」のような形で規格化された新言語の完成を望んでおり、I氏もその要望に応えるべく日々努力を重ねていた。が、かつての偉人たちもそうであったように、彼らの研究はなかなか前進しなかった。


~~~~~


そんな日々の中。

ある晩、I氏の脳に雷のような衝撃が落ちたかと思うと、素晴らしいアイデアを思いついた。まさに天啓が下りたようで、I氏はこれまでの研究を一切放棄し、その天啓の内容を現実に再現することに決めた。


そしてI氏は頼まれていたモノを一晩かけて怒濤の勢いで完成させ、翌朝には完成品を見せるべくL氏を呼んで彼の研究用の机まで連れてきていた。


「ようやくだ、ようやく完成したぞ!」


I氏は興奮気味に叫んで机を指さしていた。しかし机の上に何も乗っていない。L氏はI氏が研究のしすぎで遂に頭がおかしくなったのかと、休暇を取らせることを一瞬真剣に考えた。とはいえ「ふんす」と鼻の穴を広げるI氏の様子に確信めいたものを感じたため、一応机の上とその周りを見て、やっぱり何もないじゃないかと聞き返した。


「……どこにあるんです?」


「ん? ここにあるじゃないか。わからないのか?」


そう言うとI氏は机を指さした。

しかし当然そこには何もなく、ところどころ傷がある机があるだけだ。お気に入りの縁なし眼鏡をクイと持ち上げ再び入念に見てみるものの、やはり何も置かれていない。


「やっぱり無いじゃないですか。

もしかしてあなた、僕を裸の王様にしようとしてます? 僕のことを『賢い人にしか見えない作品なんだ』って言えばお金をせしめられるようなバカだと言いたいのですか?!」


だまされた!と思ってL氏が声を荒げても、I氏の余裕の笑みは崩れない。再び机の上を指さすと、ニタリと笑った。その尊大な態度にいよいよ怒りを抑えられないL氏は足を踏み鳴らした。


「お前っ、馬鹿にするのもいい加減にしろ! もういいです、報酬は払わないですからね!」


お金の話になるとI氏は途端に慌てだした。報酬をやらんと言われて黙っていない人はいないだろうが、I氏は人一倍お金にがめつかった。

この男、江戸っ子のような性格をしており、後先考えずにお金を使うためほうぼうに借金を作りまくっているのである。実はI氏が発明家をしているのは『何か一つ発明しさえすれば一ヶ月は食っていける』と友人に聞いたからであった。I氏は自堕落な性格をしていてその割に散財家なのだ。


そんなI氏にとって久々の大きな仕事だった今回の『新たな言語の発明』。内容が面白いそうなだけでなく、報酬も破格だったため一も二もなく引き受けたのだった。

ここで報酬を払われなかったら困る。そう思ってきちんと説明することにした。


「違う違う、これは安全装置的なやつなんよ! この言語はたった一単語ですべてが完結して……」


L氏が聞いてみると、I氏の言いたいことはこうだった。


I氏が発明したのは一つの単語だけであらゆる事象を表現できる言語だった。

それは『オルテンへムズボ』というらしい。

若者言葉である「やばい」などと似た性質を持ち、「やばい」がすごい出来事にも危険な出来事にも使えるように、「オルテンへムズボ」もその単語自体が多くの意味を持つ。

モノであっても、現象であっても、「これはオルテンへムズボだ」と定義しさえすれば、全世界の人々がそのことをオルテンへムズボだと認識するようになるのだ。


例えば机についた溝のことを「オルテンへムズボ」と言うこともできるし、L氏のお気に入りの縁なしメガネも「オルテンへムズボ」と言える。メガネを日本語では「眼鏡」、英語では「グラッシーズ」と言うのと同じように、この新言語では「オルテンヘムズボ」と言うのだ。

文章も同じだ。「明日は明日の風が吹く」は「オルテンへムズボ」、「とりあえず生で」も「オルテンへムズボ」と表せる。なんでもオルテンへムズボとなる。


「なるほど、たった一語で完結する言語か。これは面白い。

つまりさっき指さしていたのはオルテンへムズボ(机の溝)だったんですね。

……あれ、僕は確かにオルテンへムズボ(机の溝)と発音したはずなのに、なぜかオルテンへムズボと変換されてしまう……」


L氏が机の溝と発音しようとするたび、かわりに「オルテンへムズボ」と発せられる。


「そうなんよ。

一度誰かが定義してしまうと、定義した人以外の人々もオルテンへムズボ(机の溝)のことをオルテンへムズボとしか言えなくなるんよ。今もそうじゃん?

ってか、なんでオルテンへムズボなのかは俺もわからないんだけどよ、仮眠取ってたらピシャーンって降ってきたんだよ、オルテンヘムズボが!」


I氏の言葉も案の定、オルテンへムズボに変換されてしまっている。L氏は世界を席巻する言語が誕生したのだと歓喜した。

そしてL氏はオルテンへムズボに名前を付けることにした。


「そうだオルテンへムズボなんですが、私とあなたの名前から取って”アイル語”とするのはどうだろう?

短くてわかりやすい、良い言語名だと思うのですが」


「まあ好きにしたらいいけどよ。でもどうせ、アイル語もすぐ定義されてオルテンへムズボに言い換えられるんだろうなぁ」


I氏は興奮気味に話すL氏をあきれた目で見つめ、どうでもよさげに肩をすくめた。

そんなI氏の様子に気づかないまま、自分がこの研究にどれだけこだわってきたのか話し出した。


「バベルの塔から幾千年。何千にも分かれた言語が、ついに再び統一されるのですよ! なんと興味深い。

言語が一つだけになったらこれまでの文化は消えてしまうのでしょうか? それとも様々な文化がミックスされた、より高次元の文明が始まるのでしょうか?!

ああ、鳥肌が立ってきました!」


「……そうかよ。それは良かったな。

そんなことは置いといて。とりあえず、後払いの分の報酬をくれよ」


金についてはうるさいI氏は報酬を受け取ると、満面の笑みでカジノへと繰り出していった。


~~~~~


それから数日。

オルテンへムズボは様々なことに対して定義され、世の人々に受け入れられ始めた。


眼鏡販売ショップでは縁なし眼鏡の売り上げが一時期落ち込んだという。


「あのー、オル、オテルンモズモ、でしたっけ? ……あ、そうそう、そんな名前でしたね」

「なんだか違和感ありますよね。オルテンへムズボは縁あり眼鏡と違って軽いので、装着していただいたときの付け心地が非常に良いことが利点ですね」

「あ、そうですか。まぁなんだか面倒くさいので、縁あり眼鏡にしてみようと思います」


とあるレストランでは誰も違和感を持たずに会計している。


「はい、お会計オルテンへムズボ円になりますー。

……頂戴します。オルテンへムズボ円、お預かりで、おつりはオルテンへムズボ円ですー。

またお越しくださいませー」


可愛そうなことに、定義されたばかりに名前が変わってしまった幼児もいた。


「泣き止まないわねぇ。あなたが赤ちゃんの時はチーズを頭に乗せたらすぐ泣き止んだものなのに……」

「もう! その話はやめてよ。いっつも聞かされて耳たこなんだから」

「あんたもあのときはかわいかったのに、どうしてこうひねくれたのかしら

ね、あなたもそう思うわよね、オルテンへムズボちゃん?」

「おぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」


~~~~~


確実に、そして急速にアイル語は広まっていった。全世界の他の言語を侵略し、駆逐していった。

アイル語の発明から数ヶ月経った今ではすべての会話、文章が「オルテンへムズボ」で通じてしまうようになった。


「オルテンへムズボ?(お待たせ、待った?)」

「オルテンへムズボ(ううん、今来たとこ)」

「オルテンへムズボ(ほら、俺の車に乗ってよ。スイーツ屋は予約してあるからさ)」

「オルテンへムズボ(ありがと、いつも車出してくれて。ガソリン代は払うね)」

「オルテンへムズボ!(いいよいいよ! 俺はお前が楽しんでくれることが一番だからさ)」

「オルテンへムズボ///(○○君///)」

「オルテンへムズボ///(△△ちゃん///)」


そして全人類が完全にアイル語だけを使うようになった。流通や教育、ITに至るまで、多くの分野で全人類が協力し合い、その結果イノベーションが起きて食糧問題や地球温暖化を始め数多くの課題が解決に向かった。まさに理想的な世界。誰もが夢見た世界平和、ユートピアまであと一歩。ハッピーエンドの物語ならばこれで終わりだろうが、しかしこの物語には続きがある。何もかもうまく行っているときほど予期せぬ変化、それも悪い出来事で状況が一気に悪化するものである。


誰もが油断していたある日、空に突如としてUFOが現れた。


~~~~~


上空1000km。扁平で円盤状の、とても巨大な乗り物の中。人間よりも遙か高次の地球外生命体がUFOを運転していた。彼らはM星からやってきたから、仮にM星人としよう。

M星人の姿形は人類がかつて妄想していたような、典型的なタコの形の宇宙人だった。それも超巨大なタコだ。しかし、「脳が肥大化し手足が退化した、まさにひょろひょろなタコ」と言った風貌に反し、M星人は実は非常に攻撃的な性格の生き物だった。


M星人は自分たちが何においても一番じゃないと気に食わない、という厄介な性質を持っている。そして自分よりも何らかの分野で秀でた生き物がいたら片っ端から植民地化していくのだ。殺さず生かしておくのは、殺してしまったらその秀でた能力を自分たちが獲得することができないからだ。

M星人が進化を繰り返して遂にはその生き物よりもさらに優秀な生き物になって、用済みになったとき。その生き物の運命はそれまでだ。


そんなM星人の次のターゲットは、人類だった。人類は火を恐れない。

M星人はこれからの動きを話し合っていた。


「オルテンへムズボ?(この星であってるんだよな? いつも通り言語の統一はさせてるんだろうな?)」

「オルテンへムズボ(そのはずです。地上に下りましょう)」

「オルテンへムズボ(ちゃんと力を示しておけよ。でも自重は忘れるな、手加減をミスったら絶滅させてしまうからな。この星の住人にはこれから奴隷になってもらうんだから)」

「オルテンへムズボ!(了解! お前は俺の背中に後光さして、雰囲気作っておいてくれ)」


人類とM星人が等しく『オルテンヘムズボ』を話すようだ。

この地球外生命体の内の一体はUFOから外に出て、大気圏に突入した。

M星人の体はとても丈夫で、身一つで宇宙に出ても大丈夫なほどだ。真っ逆さまに落下ながら、しかし何事もなく彼は地上に着陸したのだった。


一方地球の人々は上空に突如現れた煌々と輝く円盤に得たいの知れない畏怖の念を抱いていた。

人類の敵なのか、それとも神なのか、誰もが大きな期待とわずかな恐怖を抱いていた。


「オルテンへムズボ?!(なんだありゃ?! 隕石か? それにしてもでかいぞ、このままじゃ地球と衝突するっ!)」

「オルテンへムズボ!(違う! 人の姿をしているぞ!)」

「オルテンへムズボ(皆さん落ち着いて。あの方は神様です。今日までの我々の団結を認め、神々が住まうリ壮挙雲我らを連れて行ってくれるのです! 皆さん、神様を出迎えなければなりません。これまで神様のご加護のおかげで得てきた財産をすべて持ってくるのです! 余計なものは捨て、体一つになって神様からの恩寵を受けましょう!)」


神の名を借りて荒稼ぎしようとするやつも現れた。こういうフェイクにだまされる人は一定数いるわけで、このエセ宗教家はがっぽり稼ぐのだろう。


そうこうしていると、ついにM星人は地上に降りたった。そしてその直後、空中に向かって核爆弾以上の大きな爆発をつくった。ちょっと原子を弄るなんて、M星人にとっては朝飯前だ。太陽よりも明るく輝いた爆発に、人々は「神様かもしれない」という幻想を捨て、……人類存亡を脅かす脅威だと認識した。

そして本能的に理解した。ノストラダムス含め散々言われてきたけれど、まさしく今日が本当のハルマゲドンだ、と。


とにかく、地球外生命体が地球に降り立ったとき、人間たちの恐れおののき様はそれはそれはすさまじかった。

しかし、人類誰もが上を下への大騒ぎ、というわけではない。


人工衛星によってUFOの存在をいち早く察知していたアメリカ政府は、発見した段階で対応を始めていた。

有名な映画である『インデペンデンスデイ』のように、アメリカ政府は迅速に世界を主導して地球外生命体を排除しようと組織を立ち上げた。

その組織の名前はオルテンヘムズボ(地球防衛軍)というらしい。


「……今日からの戦いは厳しいものになるだろう。しかし今日の戦いに勝利すれば、7月4日は単にアメリカの祝日というだけではなく、地球人類が断固として戦おうという決意を示した日として記憶される日となるはずだ……」


時のアメリカ大統領はこんなフレーズで地球人類を鼓舞した……かもしれない。戦闘機、ミサイル、原子爆弾……人類の英智を詰め込んだ兵器をたらふく用意して臨戦態勢を整えようとし始める。

アメリカの威信にかけて、更には人類の威信にかけて侵略者から地球を守らなければならない。


しかし人類のそんな攘夷運動に反して、M星人は友好的に接そうとした。

M星人の目的は『火を怖がらないですむ方法を知ること』だから、人類がその方法を教えるまではもとより優しく接するつもりではあった。

M星人は地上に降りた後、自前の拡声器で話しかけた。


「オルテンへムズボ! (我々はM星人だ! 宇宙の彼方からやってきた! お前たちには我々と火について共同研究する栄誉を与えよう)」


そう言い終えてM星人は眼下の人々の反応を伺った。

諸手を挙げて歓迎と言うほどではないはずだけれど、さっき起こした爆発でM星人の実力を理解したのなら、M星人を丁重に扱うことが得策だとわかるはずだ。


『この星の生き物は警戒しながら腰を低くしてくる賢い人か、それとも徹底抗戦しようとするバカか……』


M星人は人類の反応を楽しみに待ち、とりあえずこの日はUFOに戻っていったのだった。


~~~~~


地球防衛軍本部は地球外生命体が発した言葉の意味の解析を進めていた。


「オルテンヘムズボ?(やつは何がしたかったんだ? 何を言いたかったんだろうか?)」


「オルテンヘムズボ(いきなり爆発を起こすなんて、宣戦布告の意味しかなくない?)」


「オルテンヘムズボ(確かにね。まぁだとしてもよ、言葉の解析を進めないといけんでしょ。ちゃんちゃらわからんけど)」


「オルテンヘムズボ……!(こんなときに人類の言語が複数あれば……! そしたら解読の参考にできたのに……!)」


そして彼らは一番大きな疑問を投げる。


なぜ自分達はアイル語という、単語がオルテンヘムズボしかない言語を使っているのか?

かつては世界を席巻した英語や誇り高きフランス語、もっとも難しい言語とされる中国語、三つの文字形態がある日本語などなど、7000を越える言語があったというのに!


「オルテンヘムズボ(言語学者を連れてこい)」


「オルテンヘムズボ!(あ、僕、言語学者L氏っていう知り合いがいるので、連れてきます!)」


こうして、言語統一の全ての元凶であるL氏が地球防衛軍の会議に召喚されることとなったのだった。


~~~~~


M星人たちは宇宙船の中でくつろいでいた。彼らは言葉が通じていない可能性をまるで考えていなかった。


「オルテンヘムズボ(今回の侵略は何ヵ月で達成できるかな)」


「オルテンヘムズボ(火を恐れないようになるまで、だろ?根元的な恐怖を克服しようってんだし、もっと時間かかると俺は思うけどな)」


「オルテンヘムズボ(いつも通り、力を誇示する→下手に出てあげるのルーティンをしたんだし、奴らの反応を見ようよ。自分達の立場をわきまえていないようだったら……ね?)」


「オルテンヘムズボ(M-1サイコパスグランプリで優勝したやつがなんぞ言ってるぞ。ちなみに自分達の立場ってもちろん……?)」


「?オルテンヘムズボ(? もちろん奴隷だよ? 研究仲間だなんて、毛ほども思ってないよ)」


だよねぇ~。

もし人間が立場をわきまえず提案を拒否したとき彼が何をするつもりなのか……。

いかにM星人は好戦的な種族だとしても、それをサイコパスに尋ねる勇者は乗り合わせていなかった。


~~~~~


さて。L氏は地球防衛軍の会議に呼び出され、M星人が発した「オルテンヘムズボ」の解読に努めていた。与えられた猶予は三日。

M星人がオルテンヘムズボと発音しているのはわかる。しかし何を意味したオルテンヘムズボなのかがわからない。同じ言語を話しているようなのに、M星人が発する『オルテンヘムズボ』は地球のそれとは文法や単語が大きく違っていてなかなか解読が進まない。そんな状況だった。


彼らの言葉の意味がほとんどわからないまま、L氏はアメリカ大統領に謁見することになった。成果報告である。

I氏はホワイトハウスの一室に通され、高級そうな椅子にふんぞり返る大統領に挨拶した。大統領は「時間がない」とばかりに早速本題にはいる。


「オルテンヘムズボ(Lくん、さぁ私に教えてくれないか。君の解読に世界の命運が握られているのだよ)」


期待とは裏腹に、L氏は渋い顔に冷や汗を浮かべていた。どうも自分の解読に自信が持てていないようだった。

しかし地球防衛軍の上層部にとっては彼の言葉は貴重な判断材料。椅子から身を乗り出して彼の言葉を待った。


「オルテンヘムズボ(所々の単語の意味はわかりました。泥試合と登山パーティー、アルキメデスの好物は6000℃、剥がれないネイルなどとと喋っていましたが、そこ以外はさっぱり……)」


しかし、L氏の解読はまったくもって意味不明であった。『そこ以外はさっぱり……』ではなく、解読できた部分のも十分意味不明だ。この世界の危機にふざけているとしか思えない報告をしてきたL氏に、大統領はえらく腹を立てた。


「オルテンヘムズボ?(何を言っておるのだ? 使えん奴だなお前は! 無能は出ていけ!)」


「オ、オルテンヘムズボッ!(お、お待ちくださいっ! 彼に出ていかれては、地球外生命体との通訳がいなくなってしまいます!)」


「オルテンヘムズボ?!(お前は今の報告を聞かなかったのか?! こいつは三日という時間がありながら意味不明ででたらめな成果報告しかできない奴だぞ。報酬だけくすねようとする小悪党だ!)」


「オルテンヘムズボ……(そんな……私は私なりに精一杯頑張ったのに……)」


「オルテンヘムズボ(成果を出せなければ努力なんて無駄なんだよ。早く去ね。交渉は私が直々に出向こうではないか!)」


L氏は連れ出され、大統領はスペースシャトルへ向かった。


L氏はあんな報告をしたのだから追い出されても仕方ないと思ったが、「本当は何を言っていたのだろう?」という知的好奇心が膨らみ、かつて共にオルテンヘムズボを開発したI氏に解読の手伝いを頼むことにした。


I氏は昔と変わらずぼろい部屋に住んでいた。インターホンを押すとスプレー缶を持った機械のアームが伸びてきて、たっぷりと消臭スプレーが吹き掛けられた。

まったく、しょうもない発明ばかりしやがって、とL氏は悪態をつき、開いた扉から中に入った。

I氏はいつ洗ったのかもわからない、よれたTシャツを着ていた。洗おうにも、水道料金が払えなくて水道を止められているのだろう。おおかた予想はつく。


「オルテンヘムズボ!(久しぶりですね!)」


「オルテンヘムズボ?(誰だ? って、L氏! 報酬の払い忘れがあったのか? 今賭け麻雀にはまっててな、明日までにとりあえず1000円必要なんだよ)」


「オルテンヘムズボ?(違いますが? あなたにはアイル語を訳してほしいんですよ。もちろん、解読できたら即金でお支払しますよ)」


「オルテンヘムズボ(やりましょう)」


I氏はお金には忠実な男なのだ。


一時間後、I氏はおかしいと叫んだ。


「オルテンヘムズボ?(これは本当にアイル語か? 俺たちが作ったものとまるで別物だぞ)」


「オルテンヘムズボ(そうなんです、私もそう思っていました。おなじオルテンヘムズボなのに、どうやら別の概念を意味しているかのようです)」


「オルテンヘムズボ(その通りだな。まるで方言みたいだ)」


方言とは……?と首をかしげたL氏にI氏が説明した。


「オルテンヘムズボ(俺たちがアイル語を作る前にあった言語、例えば、日本語なんかでは単語の意味やイントネーションが地域によって様々に違っていたのは知っているだろ? 一口に日本語といっても、基本となる標準語以外に大阪弁、京都弁、沖縄弁、広島弁、鹿児島弁……一番難解とも言われる津軽弁もあったな)」


「オルテンヘムズボ!(私は言語学者、そのくらい知っています!)」


「オルテンヘムズボ(そこで、だ。津軽弁しか知らない奴がいきなり沖縄弁を聞いたらどう聞こえる? まるで異国の言葉に感じるだろうなぁ。これがまさに今の俺たちだとすると、どうやら俺たちは地球外生命の言葉の方言を作ってしまったのかもしれない)」


そこまで聞いてL氏は恐ろしい仮説を閃いてしまう。


「オルテンヘムズボ?(本当に私たちはアイル語を作ったのでしょうか? かつて欧州各国が世界征服を夢見たとき、彼らは先住民族に自分達の言語を強制的に使わせることで支配の地盤を固めました。あの地球外生命体がかつての欧州各国と同じなら、言語の統一は侵略の布石だったのでは……)」


「オルテンヘムズボ……!(ということはもしや……俺は奴らにアイル語を作らされたのか! これは一大事だ。早くお偉いさんに伝えないと、人類は滅亡する!)」


確信が持てるわけではないが、可能性がある以上、伝えないとまずいことになるかもしれない。L氏とI氏はホワイトハウスに急行した。


~~~~~


その頃、大統領は専用ヘリコプターで宇宙人に会いに行っていた。人類代表としてM星人と相対していた。

高層ビルほどの背丈のM星人を前に、大統領は怯えを見せることなく堂々胸を張っていた。人類の司令塔たる存在なだけに、とても頼りがいのある立ち姿だった。

……本人は『三日前に攻撃してきた奴に仲間がいたのかよ』と内心ビビっていた。もちろん顔には出さないが。

まず大統領が口を開いた。


「オルテンヘムズボ!(やぁやぁ我こそは、地球人といえば私、私といえば地球人、天下の合衆国を牛耳るトップオブザトップである大統領であるぞ! 私は議論をしに来たのではない。警告をしに来た!)」


滔々と口上を述べる大統領を見つめながら、M星人は戸惑ったように仲間と話し合っていた。


「オルテンヘムズボ?(こいつらは何を言っているんだ? 我々が話す標準語とかけはなれた言語を話しやがる。これまでそうしてきたように、言語を統一させたんじゃなかったのか?)」


「オルテンヘムズボ……(そのはずなんじゃが……テレパシーが弱かったかのぅ?)」


年寄りらしきM星人が何かの資料をにらみながら言った。


「オルテンヘムズボ(爺やに限ってそれはねぇよ。あるとしたら、こいつらがバカだから俺ら高等生物の言語を理解できなかったんだろ、どうせ)」


「オルテンヘムズボ?(つまり、こいつらはもしかしてバカってことなのね?)」


女のM星人星人もいた。どうやらM星人は有性生殖するらしい。

大統領は知り合いの科学者S氏がここにいたら好奇心が爆発してあれこれ質問してそうだと思った。


「オルテンヘムズボ?(だからそう言ってんだろ。この星の文明レベルは俺たちと比べてどのくらいだ?)」


「オルテンヘムズボ(我々の星の紀元前一万年辺りだと考えられるわ)」


「オルテンヘムズボ!(まだまだ赤ん坊じゃねぇか!)」


M星人が人間を見下した会話をしているとはいざ知らず、大統領は声を張り上げ続ける。彼の瞳は使命感に溢れ、それはもう立派だった。


「オルテンヘムズボ!(我々人類には核兵器の用意がある! そなたらの三日前の)攻撃は断じて容認できない! 次同じようなことがあったら……そのときは報復も辞さない。今この瞬間に核爆弾1万発が飛んできていないことに感謝するんだな!」


豪語する大統領を尻目に、M星人たちは『当てが外れた』というように脱力していた。


「オルテンヘムズボ?(なぁ、こいつらは火を恐れないんじゃなくて火の恐ろしさを知らないだけじゃね? 無駄足だったっぽいし早く帰ろうぜ)」


「オルテンヘムズボ(同意。いい加減このチビの奇声を聞くのにも飽きてきたところ)」


「オルテンヘムズボ。『オルテンヘムズボ!』(そうだな、とりあえずバカ代表のチビを黙らせるか。

『おい、黙っとけ』)」


大統領はパタリと倒れ込み、その後動くことはなかった。


「オルテンヘムズボ(さて、おバカなこの星にもう用はない。帰るか)」


去り際はあっさりしたもので、M星人は地球を去った。


大統領は高度を上げた宇宙船から地球へ投げ捨てられ、大気圏で燃えて(ちり)になった。

その塵はゆっくりと地上に降り注ぐ。


~~~~~


地上ではホワイトハウスにI氏とL氏が駆け込んでいた。

ちょうど大統領がヘリコプターへ向かったというニュースを聞き、二人は彼が地球外生命体に殺されないようにと急いで来たのだった。守衛に大統領に会わせてほしいとお願いするも、すでにヘリコプターは離陸して宇宙船に向かってしまったと言われてしまう。大統領は死地に向かってしまった、と絶望する二人だったが、できることはどんな結果になったかただただ待つことだけだった。


「オルテンヘムズボ(おい、お二人さん。見ろよ、宇宙船が遠ざかっていくぞ)」


守衛が指さした方を見ると、宇宙の彼方へと飛び去っていく宇宙船が見えた。

どうやら地球の危機は去ったらしい。

二人は思わず抱き合って喜びを分かち、すぐに我に返って気まずそうに体を引き離した。


彼らは二人のしがない発明家と、一人の守衛だった。


~~~~~


「あーあー、聞こえるか? 初めて月面を踏む気持ちはどうだ?」


「聞こえているぞ。こちらアポロ11号船長、アームストロングだ。

俺は今から月に降り立つ。偉大な先人達が我々のために作った道の上にこの月がある。俺は全く緊張してない。初めて月に足跡をつける名誉にさずかれて、興奮で浮き足立っているよ。ハハハッ」


「重力が小さいからフワフワするかもしれんが、浮き足立たないでくれよ。

折角だし何か一言くれるか。飛行士訓練学校の教科書に載せたいからさ」


「なんかカッコいいこと言えって? そうだな……

これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」


後の教科書にはアームストロングの顔写真と共にこの名言が記された。

その教科書にはどこにも『オルテンヘムズボ』と書かれていない。もちろんそう話す人もいない。


M星人が飛び去ってから、地球は本来の言語を取り戻していた。しかしM星人が襲来してきたという事実は人類の心にしっかりと刻み込まれた。

自分達では歯が立たない相手がこの宇宙のどこかに確かに存在すること。彼らは人類をいたずらに滅ぼすこともできるが、前回はそうしなかっただけであること。未知の存在への恐怖で多くの人々は不安そうに空を見上げることになり、アームストロングたちが月面に到着したのも世論の反発で十年以上延期されてようやくのことだった。アームストロングたちの成功体験はおそらく人類に再び自信を与えてくれるだろう。


―――――


そんな折のとある日、ある女性が植物研究家のもとを訪れていた。彼女は植木鉢と麻袋を手に持って彼の研究室へ入った。


「お忙しい中お時間いただいてありがとうございます。

早速なんですけど見ていただきたい植物がこれなんですけど……」


彼女がその植物が植えられている植木鉢を研究者の前にずいと押し出すと、彼はとても驚いた顔をしてうんうん唸り出した。


「な、なんだこれは!? パッと見は地上に出た小麦色のゴボウといった感じだな。

どうやって作ったんですか!

……いや、もしかしてこれは15年前の異星人たちが残した種子が発芽したものだったりして!?」


それを聞くと彼女は首をぶんぶん振って強く否定した。実はこの植物は彼女が発明したものだったからだ。


「あの、これは私が品種改良を重ねて作った植物です。米と小麦ととうもろこしを掛け合わせて高栄養価の新しい穀物を作れたいかと思っていまして」


すると教授は胡乱な目付きで彼女を見た。彼女が言ったことは明らかに荒唐無稽だったからだ。


「何を言っているだ君は。米と小麦は違う遺伝子を持っているし、とうもろこしも全く違う。

考えてみたまえ、人間が三大穀物なんて一まとまりに表現しているだけで色も形も大きさもそれぞれ全然違うじゃないか。掛け合わせるなんて不可能だぞ」


教授はこの女性が自分をヒヤカシに来たのだと思い、この植物が本物かどうか怪しんだ。どうせプラスチックでそれっぽく作ったんだろう、なにせ遺伝子学的に米と小麦ととうもろこしの交配なんて不可能だからだ。


彼女は植物と一緒に研究室から追い出された。その後に訪問した他のどの研究機関、企業に行っても同じように鼻で笑われ、自信が持てなくなってその植物が理解されるしかるべき時が来るまで保管しておくことにした。


彼女は植物の種をアルミホイルで密封し、マイナス10度の超低温で保管した。万が一品種改良作物がどこかに行ってしまって野生で勝手に育つようになってはならないから、絶対に植物が育たないように極低温かつ水も与えず太陽の光も届かないところに入れた。

……はずだった。


植物は成長を続けた。穂が実り種ができ、そして新しい種から芽が出た。この植物にはこれまでの植物の成長条件が当てはまらず、どんな条件でも生育した。彼女が保管庫から溢れだしたそれを見て驚いて泡を吹いて倒れたのは言うまでもない。


「たぶんこの植物は天下を取るわ。私、ものすごいモノを作製しちゃったみたい……」


全部燃やしても種は燃えず、再び芽が出る。極低温でも問題なく育つ。水も不要。そんな不死身でチートな植物は瞬く間に世界を小麦色に埋めつくした。人間は穀物にも家畜の飼料にも困らなくなった。


世界がその植物を絶賛する中、誰かが二十年前の出来事を思い出していた。そしてあることを言い始めた。


「かつて宇宙を征服しうるチートな生き物が地球に来た。あれから二十年、俺たちは宇宙を征服しうる植物を作り出したぞ!」


人類はまず月に植物の種を埋めた。

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