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何も、起こらない。  作者: 西樹 伽那月(Us/t)
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第1話 趣味

 私は超能力者だ。いきなり面食らっただろうか。しかし事実として、私は超能力が使える。

 では、何ができる?私の能力はなんだ?空が飛べる?人の心が読める?怪力?テレポーテーションだろうか?時渡りかもしれない。正解は…全部だ。

 私は自分が想像できるすべてを現実にすることができる。空も飛べるし怪力も出せる。人の心も読めるし時も渡れる。しかも特別な代償は必要ない。能力は使い放題だ。但し書きがあるとすれば、精神力についてだろうか。

 体力は能力で回復できる。しかし、心は、精神は連続している。これを崩すと自分を保てない可能性がある…と私は考えている。例えばいきなり自分の性格を変えるとか、そういう精神を変容させるような能力は使用可能だろうが、やらない方がいいだろう。まあ、大したことではない。自分は自分として大事にしているという程度の話と言ってもいいだろう。

 それとこれは書いておいた方がいいと思うことなんだが、少し集中すればアカシックレコードにアクセスしてありとあらゆるすべての情報を引き出すこともできる。アカシックレコードとはありとあらゆる物事が記されているという概念上の存在だ。といっても、私が何となく情報そのものへアクセスする、その前にワンクッション置くために借りている概念というだけだが。おそらく現実にアカシックレコードは存在していない。あるとすればこの私そのものか、私の何かだ。あまり好きな言葉ではないが、私の今の状態を知れば「全知全能」と表現する者もいるだろう。

 能力に目覚めたのは幼い頃だった。テレビで見た超能力マジックの真似をして遊んでいたら、なんと消しゴムを浮かせるようになってしまったのだ。何事にも斜に構えるような子供だった私は、本当にできたら楽しいだろうなとは思いつつも、現実には超能力など不可能であることを知っていた。しかし、本当にできてしまった。これは相当な衝撃で、誰も見ていないことを確認すると何度もやって本当にできることを確かめ、親にもこのことは伏せた。これは正解だった。それから一人で暇つぶしに遊んでいると能力はどんどん成長していった。まさか想像するすべてを現実にできるようになるとは思わなかったが。

 そんな私はどのような生活を送っているのか?答えは普通の日本人のおじさん、だ。今年で四十五歳になる。強いて言うなら妻子はなく、独り身であるのが少し珍しいかもしれない。力はたまに少し使ってしまうが、基本使わないようにしている。能力の存在を知られると大変とか、そういう理由ではない。そうなればその者の記憶を消せばいいだけである。幼い頃には記憶を消すなどはできなかっただろうが、今の私なら何とでもなる。なるのだが。

 昔、あるゲームを遊んでいた。オープンワールドというゲームの形態をご存じだろうか。

 簡単に言えば広いフィールドで自由に行動することができるゲームだ。そのようなゲームで、私が操作しているキャラクターは街にいた。通行人を銃で撃って殺すこともできるような自由の中で、私は夢中になってそのゲームを遊び倒した。一言断っておくが、通行人は殺せるがそうしないとゲームクリアできないとか、そういうゲームではない。そうして一通りゲームをクリアしても、まだたまにそのゲームを遊びたくなる。

 そんな折、ネットでチートコードの存在を知った。そのチートコードとは、ある特定のコマンドを入力するとゲーム内の武器をいきなり全て手に入れてしまうというものだった。そのゲームでは一通りクリアしていても、一度死んでしまえば持っている武器はなくなる。その後武器を手に入れるには、お金をためて、各地に点在している武器屋で武器を買い集めなくてはいけない。基本は次のクエストで必要な武器を適宜買って進めていくゲームだ。

 つまり、お金も店を回る必要もないチートコードはとても便利というわけ。私はクリア後一度死んでしまっていたので、武器を持っていなかった。早速チートコードで武器をすべて手に入れる。そして街で大暴れ。通行人を殺しまくり、やってきた警察や軍を相手に大立ち回り。非常に愉快爽快だった。

 こんなチートコードもあった。一定範囲内にある車両をすべて爆破させる。警察のパトカーも、軍の戦車も即座に大爆発だ。もちろんこのチートコードも大いに使わせてもらった。

 それでも警察も軍もゲームでは無限湧きだ。しかしこちらの弾薬もチートコードで補充できる。段々と激しさを増す軍と警察と私の攻防。その中で私は誤って自分の近くにある車両を大爆発させてしまった。飛び交う弾丸。爆発に巻き込まれ体力回復のチートコードは間に合わず、私の操作キャラクターはついに死んでしまった。楽しかった、楽しかったが。

 これを二、三回繰り返すとなぜかあまり楽しくなくなってしまった。もう私はこのゲームには飽きてしまったのかな、そう思ったが、次にゲームを買ってもらえるチャンスはしばらくないだろう。だからやっぱり、私はこのゲームをなんとなく遊んでいた。そのうちにふとした思い付きでチートコードを使うのをやめてみた。地道に街の住人からの頼まれごとをこなしお金をため、武器を買いに行く。死んだらまた、今度は別の住人の話を聞く。すると不思議なことに、楽しさは戻ってきた。チートコードで武器を手に入れるより、普通に遊ぶ方が面白くなってきた。

 この経験をしてからは、自分の超能力の使う頻度は落ち着いていった。まあ、それでも能力そのものを封印したりはしていないんだけども。結局のところ、普通にするのはなかなか楽しいことなのだと、私は思う。

 普通の日本人のおじさんの暮らしはそれなりに楽しい。趣味も充実している。そう、趣味。超能力の研究なども趣味なのだが、ある日私は新たな趣味に目覚めることになった。それは、人消し。超能力を表立って使うことはほとんどなかった私が、人を存在ごと消してしまった。

 最初の一人は通り魔の現行犯だ。私はこれほどの超能力者なのに、酷い犯罪はテレビの中でしか知らなかった。しかし、実際にそういう手合いに遭遇してしまった。いつもの出勤時に第六感とでもいうようなものに導かれ、不審な人物を目撃した。フードを深くかぶった人物。歩みが周りの人よりだいぶ遅いこともあり、やけに目立っていた。その人物はやおら走り出すと、そのまま女性にぶつかった。女性はその後うずくまり、気づいた人が歩み寄って声をかける。フードの人物はそのまま走り去った。女性の身体からは血が流れ落ちて地面に血だまりを広げていく。私は目をつむり、ひと呼吸。次の瞬間にはフードの人物を消し去り、時間を巻き戻した。時間はフードの人物がいないまま新たに流れはじめた。女性はもう刺されない。

 フードの人物が更に犯行を重ねる可能性は未来視をすればすぐにわかる。彼は後3人殺すようだった。リーディングで読んだ彼の人生は不幸だった。時間をさらにさかのぼり彼の人生を変えるか?しかし、それは彼以外の多くの事柄の変化をも意味する。その変化で新たに別の形で誰かの不幸も生まれるだろう。そのようなことを繰り返していてもおそらく終わりはない。そしてその行いは今ある世界をどんどん歪めていく。

 歪めていくというのはなんとも不確かで曖昧な表現だが、つまるところ超能力をたくさん使って出来上がった世界はさらに先を読むのが難しくなるのだ。

 超能力をほとんど使っていない世界の話ならある程度常識的に読んでいくことができる。もちろん非常識で不可解なことが起きないというわけではない。しかし、その世界は超能力が及ぼす奇妙な事象では成り立っていないわけで。

 空腹は食糧が不足していることが原因で、喉が渇くのは水の不足、事故は偶然、事件は人為的。

 しかし不可思議な超能力というものを多く使って出来上がった世界は常識の範囲から大きく逸脱する。今目の前にある変えたい事実が何によってもたらされているのか?超能力を使っていないなら現実世界の法則で考えればいい。しかし能力を使って手に入れた結果をさらに変えたいのなら。常識で考えるだけでは不十分なのはおわかりいただけるだろうか。結局さらに能力を使うかもしれない。あるいはもう一度時間を巻き戻してやり直すか?例えば能力に自分が気づかない副作用があったら?やり直していく度に副作用が蓄積するとしたら。他にも、例えば自分のその場の判断力にも限界がある。考え漏れで能力には問題がなくとも思考の外で何かが起きることは考えられる。このようなミスを安易に繰り返せば世界は摩訶不思議ワールドになってしまう。

 能力でどこまでも慎重に動くことはできる。知能を拡張し、アカシックレコードから最適解を導き出し、下調べを万全にし、理論を検証し、慎重に慎重を重ねれば、誤差を容認できる範囲に抑え込むこともできるかもしれない。しかし誤差はおそらく蓄積するだろう。ちりも積もればなんとやら。何が積もってしまうのか、すべてを理解できたと思ってしまうことだけは避けなければならない。しかし、すべてを理解できていないのだとすれば…考えるだけで恐ろしい。能力を使うとはそういうことだ。

 それでも少しずつ私が能力を使ってしまうのは…まあ、甘えだと思う。こんな能力を持つ私そのものを既にこの世界が内包しているという事実に、甘えているのだ。だから、私は、彼を、消した。

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