ただ巻き戻すだけ。
街頭が照らすアスファルト。白線が等間隔に並んでいて、進む度に通り過ぎる。照らされない道以外は暗闇の中に潜んでいて、目に見えるものは全て光で暴かれた道だけだ。
「えぇッ!またぁ!!」
[そうなのよぉ。またここら辺でも起きたのよォ。]
スマホのスピーカーから沸いてでる母親の声。めんどくせぇニュースのネタを、あたかも自分の事みたいに繰り返し語っている。俺はそれに合わせて話すだけだ。
「まぁいいよ。俺みたいなアラサーを狙う必要ないし。」
[そうだけど。]
「母さんは気にしすぎだって。対して貯金なんてうちにも俺にもないんだから。殺されたら保険金が出ると思って喜びな。」
[不謹慎よ。]
「ごめんごめん。」
通話に返事をしていると、不意に目の前の街灯の1つが消えた。いや正直に言えば気にしていなかったので消えていたのかもしれない。どちらにせよ。音のない吸い込まれそうな暗闇が道を食らっていて、少し怖くなって足を止めた。
「...」
[話は変わるけど、あんた何時帰ってくるの?もうこんな時間なのにどこほっつき歩いてんだか]
「...うん。もう少しで帰るよ。」
見慣れた光景の変化に異質さが嫌に際立っている。単に1つが消えただけ。どこにでもあることじゃないか。俺は黙って足を進めた。闇を突っきる。
「きょ、今日はカレーがいいなぁカレー。」
怖がってしまった。闇の中で俺が居るんだと主張する。情けない。
[ねぇもうほんとに困ったものよねぇ...]
「あ、うん。そうだね。」
[どうしたの?疲れてるんじゃない?]
「そんなことないよ母さん。」
他愛のない返事をしてる間に闇を過ぎて光の下に出る。なんでもないさ。なんでも。
[あ!あとねぇこの前隣の___]
急に母親の言葉が脳に届かなくなった。違和感に気づいてしまったのだが、それが分からない。それで映画で言っていた言葉を思い出した。対象の確認、観測、測定して分析。
対象は確認できない。
周囲の状況は変わりなし、アスファルトの道路と白線、等間隔に設置された街灯、辺りは暗闇で閉ざされている。
観測。虫や鳥の声が遠く聞こえ、俺の足音が響いてる。その程度だ。
気になってなんとなく足を止めてみると、やっと違和感の正体を認識できた。足音がズレて聞こえるのだ。いる。後ろに誰かいる。
鼓動が早くなって、熱っぽさが身体を駆け巡った。突然の人の気配を感じて恐怖に身体を支配され、足が凍てついた。
[____って言われたのよぉ!!アハアハ!]
「は。あはははは。それは大変だったねぇ」
母親の馬鹿みたいな笑い声が聞こえて我に帰る。誰がいるにせよ気取られてはダメだ。足の歩みを再び始めた。
家まで2キロ程で、ゆっくり歩いて30分。どうするか考えてみるも、手持ちには何も無い。武器になりそうなものもないため初手を仕損じるとこちらがあぶない。かと言って警察を期待出来ないだろう。とはいえまずは相手が誰なのか確認しないといけない。
「そうだ母さん。田中さんは元気かな?今近くに居るんだけど挨拶でもしてこようかな。」
会話の流れを汲んでゆっくりと背後を振り返ってみる。光景は変わらない。アスファルトが続くだけで、何も無い。車もないし人影もない。
ちょっとした安堵感で少し落ち着いた。また踵を返して進む。
「まぁいいか。夜遅いしね。」
ズレてる。足を進めれば音がズレてる。いる。絶対何かいる。
「くそッ...」
それが動物なのか人なのかは関係がない。付けられているという事実が俺を突き動かした。というのもただ走るだけだが。
「くっ!!きてる!!付けられてる。」
夜道を全力疾走する。今度はずれてるなんてものじゃなくて、後ろから木霊してくる足音が、相手も走って近づいてることを主張してる。
「!!」
肺の酸素が無くなる。胸が潰れそうになるほど痛い。限界を感じ始めていると、目の前にアスファルトに寝転がる金属バットが現れた。
藁にも縋る気持ちでそれを手に取り、後ろを向いて吠えた。
「誰だぁああ!!!」
喉を裂くような大声の先には、俺より若い男が立っていた。影じゃない。ちゃんとした輪郭を持ち、存在している人間だ。
男はゆっくり両手をあげて俺を見ている。
「ど、どちら様ですか?」
男の服装は警察官だった。
「警察です。」
当たり前の返事だ。
「あのぉ...岡田、智昭さんですよね?」
男は何故か俺の名前を知っていた。
「はい。そうですが、何か御用でしょうか?」
「夜分遅くにすみません。申し訳ありませんが、そのバットを...」
もし仮に警察ならこの後不味いことになる、俺は大人しく男の指示通りにした。
「...勘違いさせないでくださいよ。」
「いやぁー申し訳ありませんねぇ。」
男は申し訳なさそうな顔をしながら、ゆっくりと近づいてきた。
「そのぉ、お聞きしたい事がありまして、先日死亡された岡田安江さんについ____」
まるで鞭のようにしならせて金属バットを振り抜いた。狙い通り、警察官の頭はボールみたいに跳ね飛んで、アスファルトの上に横たえた。
俺はなんの感情もなく、何度も何度もバットで叩いて、目の前の[モノ]を叩き壊した。
「ふぅ...」
一仕事を終えたので、金属バットを放り投げる。カランカランと音を立て転がるバットに興味は無い。踵を返して、また歩みを進めた。
ポケットにしまったスマホを取り出して、MP3ファイルを漁る。あった。岡田安江という項目をタップして、スピーカーに耳を当てた。
[そうなのよぉ。またここら辺でも起きたのよォ。]
また同じセリフに俺は返事を返す。いつものように、ただ巻き戻すだけ。




