.6 ファンサービス
「あー、人通りの邪魔になるんで、サイン書けた方は申し訳ないんですが――」
人集りの中心で古田穣治は集まってきたママさんファン達の捌きに苦戦してる様子だった。
マネージャーとかいないところからすると、完全にプライベートなところで捕まったらしい。
ママさんファン達は自分の子供と古田穣治の触れ合いが終わった後、自分の欲求を満たす為に熱くなってるみたいだった。
後ろ手に手を掴まれている子供達が、少しばかりもう飽きたみたいな顔をしてるように見えた。
「ここちゃん、そだい! そだい!」
ママさんファン達の熱気に引き気味になってる私の背中を、後部座席に座る剛志が押してくる。
ここまで近づいた以上、あのまま無視して帰るより帰った後の空気が悪くなるので私は決心して自転車を停めて降りた。
後部座席から剛志を抱えて降ろすと、剛志は間髪入れずに古田穣治へと駆け寄っていく。
怖いもの知らず過ぎるだろう、と思いながら私も追いかける。
ママさんファン達の対応に四苦八苦しながらも、古田穣治は駆け寄る剛志に気づいてくれた。
その古田穣治の視線に囲う周りのママさんファン達も気づいて、小さなファンの為に隙間を開けてくれた。
ママさんファン達の視線はそのまま、剛志の保護者である私に向かって伸びてきたので、私はすみませんと頭を下げた。
「そだい! そだい!」
「お、観てくれてるのかい? ありがとうね。君、名前はなんて言うのかな?」
背の高い古田穣治に対して、両手を上に伸ばしぴょんぴょん飛び跳ねる剛志。
それに対して古田穣治は、剛志と目線を合わせる為にしゃがんでくれる。
流石に朝の子供番組を担当してただけはあって、子供ファンへの対応はバッチリな様子だ。
剛志に合わせてしゃがんだ古田穣治に周りの子らが再度甘えるように抱きつくにいくが、古田穣治は微笑みながらそれらをしっかり抱き返してあげる。
どうやら、スターとしてのファン対応だけじゃなくてちゃんと子供好きなのかもしれない。
「つよくん!」
剛志は名前を聞かれた時に必ずそうやって返す。
つよくん、と呼ばれることが好きらしくて、ちゃんと剛志と自分の名前を言うことは少ない。
名前を書く練習などをする時はちゃんとつよしと書くので、分別というか区別というかはあるらしい。
「そっか、つよくんか。俺は、大介。曽代大介って言います」
あ、そこは役名で対応してくれるんだな。
あの番組が終わってからも結構な数の出演作あるのに、ああやってファン毎に対応するのかな。
役者って大変、名前ごちゃごちゃになりそう。
「しってる、そだい! きょうはすどうさん、いないの?」
剛志のお気に入り回から想像するに、刑事の須藤さんは曽代の相棒役なのだろう。
実は剛志の隣で一通り見たはずなのに、ながら見だったせいか内容はうろ覚えである。
須藤役の俳優さんは、その番組で刑事役が定着したのか刑事ドラマにちょくちょく出てるの見たことがある。
剛志の手前、人の生き死にを描くドラマとかは避けて見てなかったりするので、たまたま見ただけの情報なのだけど。
剛志の質問はどうも古田穣治にとってお決まりの質問だった様子で、微笑むというよりニヤけるような口角のあげ方をしていた。
「須藤さんは、今日警察のお仕事をしてるとこなんだよ。連絡があったら、俺も駆けつけるとこなんだ」
あ、そういう事か。
この、連絡があったら、を前フリにして人集りから抜ける理由を作れるんだな。
そんなのマネージャーから電話が来たとかでいいのに、そこもファンサービスなのだろうか?
「それにしてもさ、つよくん、どうしたのその首の怪我?」
古田穣治に指摘されて剛志は恥ずかしそうに首の怪我を手で隠した。
その様子に古田穣治は私の方へと視線を向けてくる。
不意に古田穣治と目が合って、私は驚いて上手く言葉が出なかったのだけれど、このまま何も弁解しないとあらぬ疑いをかけられかねないので必死で頭を回転させた。
「剛志は、今日、保育園で、友達をいじめっ子から、庇ったそうなんです」
年配の保育士の説明が何だか悔しかったから、私は剛志の勇気を誰かの前で讃えたかったんだと思う。
古田穣治とママママさんファン達とその子供達の前で、剛志は凄いんだぞと言いたかったんだと思う。
それが何故だか恥ずかしがってる剛志の意志を無視してるのだと、うっすらとは理解しながらも、でもちゃんと言ってやりたかったのだ。