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ヒーロー・チェーン  作者: 清泪(せいな)
Ep.2:恋人

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20/54

.11 来未

 突然、低い唸り声のようなものが聞こえた。

 気のせい、かもしれない。

 ありもしない都市伝説の話をしているから、その気になってしまってるのかもしれない。

 そう言い訳してもいいほど、遠くから聞こえた。

 だけど、身体中に言い知れぬ恐怖が過ぎった。

 理由が明確ではないのに、死を身近に感じる。

 駅のホームの端に立つような、建物の屋上の縁に立つような、一歩先に死を直面してる気がする。

 唸り声の主が、私を殺すのだ。

 それがはっきりと理解できた。


「どうした、来未?」


 私は今どんな表情をしてるのだろうか?

 私の様子が余程おかしいのか、滴は目を丸くして驚いている。


「今の聞こえた? 何かの唸り声みたいな」


「唸り声?」


「うん、唸り声だと思う。滴、聞こえなかった?」


 もう一度、低い唸り声が聞こえた。


「やっぱり、聞こえる。ねぇ、聞こえたでしょ、滴も」


「き、きっと、風か何かの音だよ」


 滴は少し戸惑う様子で、首を横に振った。

 戸惑ってるのは私の様子がおかしいからか、ありえないと思ってた都市伝説に真実味が出てきたからか。


「違うの、私、わかるの」


「わかる、って?」


「私を殺しに、何かが、向かって来てる」


「何かって……」


 言いかけて、滴は突然、私のスマートフォンを奪った。


「何するの、滴!?」


「そ、その元カレに電話しよう。は、話が本当なら、た、助けてもらうしかない」


 嘘だと笑い話にしようとしていた、織田翔が持ち出した都市伝説に現実味を感じ出している。

 まだ私しか実感していないだろうこの恐怖が、何故か滴にも伝播してしまっていた。

 滴は震える手で、私のスマートフォンのロックを解除していく。

 互いに秘密を持たないと、教えあった事が間違いだったとは今は思いたくない。


「助けてもらうって、それじゃあ翔が死んじゃうよ」


 嘘みたいだと信じていなかった話なのに、自分に迫る死を感じられただけでその全てを理解できた気がしている。

 私に死が迫るのなら、選択する側の織田翔にも感じ取れるものがあるのだろうと、わかってしまう。


「そうじゃなきゃ、来未が死ぬことになるんだろう!? 彼は覚悟を決めたんだ。やってもらうしかない」


 何故か滴の言い方に、織田翔への理解を感じなかった。

 きっと、滴は織田翔の事をこの都市伝説の解決方法程度にしか思っていないのだろう。

 使わないと損するぞ、とクーポン券のような扱いみたいに思えた。


 また、唸り声が聞こえた。

 続いて、足音。

 さらに、続いて悲鳴が聞こえる。

 防音処理のしっかりされた高級マンションだというのに、家の外からハッキリと悲鳴が聞こえる。


「モ、モンスターは標的を殺すまで周りを巻き込んで殺すらしい。来未、躊躇ってる暇なんて無いんだ。聞こえただろ、今の悲鳴が!?」


 滴はがたがたと震える手で、私のスマートフォンを操作していく。

 その電話が、私と翔の命を決めようとしている。

 私はその電話を――


 止めた。

→止めなかった。


 私は、滴を止めなかった。

 止められなかった。

 私だって死にたくはないし、滴を巻き込みたくもなかった。

 でも、私からそれを伝える勇気も無かった。


 私の為に死んで欲しい。


 そんな言葉、口に出来ない。


「もしもし、もしもし! 来未を助けてくれ、頼む!!」


 滴は電話が繋がるや否や、そう怒鳴った。


「あ、ああ、そうだ。変な唸り声が近づいてきてるんだ、早く!」


 相手の織田翔は突然の電話を理解出来たのだろうか?

 滴は自分の名前すら名乗ってないのに。


「ここの場所は……わかる? わかるって、どういうことだよ? 痣? 痣が疼く……わかった、とにかく来てくれ」


 滴は電話を切って、スマートフォンを私に返した。

 返す手は震えていて、深く息を吐いた。


 唸り声が、また聞こえた。

 私よりも滴の方がその声に敏感にビクついた。

 滴の表情が青ざめていき、何かを吐き出さないようにと口に手をやっていた。


「今、僕は死刑宣告をしたんだな。彼女を助けたければ、死んでくれ。確かにそう、言ってしまったんだな」


 滴の言葉に、私は頷くしか出来なかった。


「彼は来てくれるよ、来未。もう、安心していい」


 滴は首筋を擦りながら、また深く息を吐いた。


「来未、僕はね、君を愛してるんだ。間違いなく、愛してる。君と出会ってからの今、人生で一番楽しいと言ったって嘘じゃない。だけど、彼ほど真っ直ぐに命を投げ出せるかと言われたら、正直頷く自信が無くなったよ。情けないけど、僕は今、とても怖いんだ。自分も死に晒されているというのが、とても怖いんだ」


 深く吐かれる息と共に、ゆっくりと吐露される告白。

 それを責めれるわけがない。

 私だって、もし私に痣が出来て滴がモンスターに襲われることになったとして、命を投げ出せるのかと問われれば、今なら簡単に首を縦に触れないだろう。

 死ぬかもしれない、という恐怖を甘く考えていた。

 死にたくない、という切望を甘く考えていた。


「私も、怖い」


 滴は私の手を握りしめた。

 強く握るので痛かった。

 唸り声が聞こえた。

 近くなって、大きく聞こえる。


 やがて、小さくなって、消えていった。


 私は、迫る死の恐怖から解放されて。

 流れる涙を止めることが出来ずにいた。

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