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ヒーロー・チェーン  作者: 清泪(せいな)
Ep.2:恋人

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17/54

.8 これが最後だから

 電話番号を消していなかったことは、迂闊だと思った。

 いや――未練がましいと自嘲してしまった。

 スマートフォンの液晶に表示される名前と番号は、一年近く前までは毎日の様に見るものだった。

 癖で通話を押して、刹那に後悔の念が押し寄せた。


「もしもし、俺だよ俺」


 これがオレオレ詐欺ならとんだ笑い話で終わるのに、耳に伝わる聞き慣れた声。


「……翔」


 何も言葉は無かった。

 頭の中には、後悔だけが過ぎっている。


「良かった。來未、もしかしたら電話出てくれないかもと思って」


 私とは対称的に安堵を滲ませた声が聞こえてくる。


「どう、したの?」


「あ、あのさ……話があるんだ、会って話したい」


「話って何?」


「会って、話したい」


「……会えないよ。もう会えない」


 織田翔と話をしているのに、滴の顔が頭を過った。

 元カレと話をしていることに背徳感を抱いているからか、ただ……今の事態から助けて欲しいからか。

 私を捨てた男が平然とまた会いたいと言う。

 私はそれに背徳感を抱き、怒りを抱き、哀しみを抱き、逃げ出したくなっている。


「わかってる、全部俺のワガママだってわかってる。だけどさ、俺、來未のこと好きなままなんだよ。それだけはわかってほしい」


 電話の向こうで懇願するように表情を歪ませてる翔の顔が、思い浮かんだ。

 喧嘩した後に、怒る私に許しを得る為にする表情。

 あの公園で、何度と見た顔。


「それをわかって、どうして欲しいの!?」


 淡々と拒絶の意思を聞かせるつもりだったけど、織田翔は平気で踏み込んでくるので、私の語気が強くなった。


 拒みたい。

 出来ることなら、拒みたい。

 私は新しく、私を始めているのだから。

 もう別れを告げたものに構うつもりは無い。

 なのに――


 電話を切れずにいるのは何故だろう?


「とにかく、会って話したいんだ。お願いだよ來未、これが最後でも構わないから。もう一度だけ、会ってくれないか?」


 最後でも構わない、なんて言葉は昔から嘘臭いなと思っていた。

 構わないなら会わなくてもいいじゃないか。

 なのに何故それほど縋るように、もう一度を願うのだろうか?

 もう一度会えさえすれば、口説き直せるとでも思っているのだろうか?


 何故だか急に冷めてしまった。

 覚めてしまった。

 最高の彼氏がいながら元カレに未練のある私、というものに酔いしれていたのかもしれない。

 ダメだダメだ、最悪だ。


「わかった、もう一度だけ会ってあげる。でも、これが最後だから」


 最後なら構わない。

 どんな魅力的な言葉を並べようと、どんな謝罪を並べようと、私を捨てた男を一発ぶん殴っておしまい。

 これで最後なら、それで構わない。


 待ち合わせの場所は、いつもの場所だった。

 季節は秋を過ぎて冬にさしかかるところで、少し肌寒かった。

 毎年聞かされる《例年より暑い》夏を乗り越えて迎えた秋は暖かく、このまま行けば暖冬を迎えるらしい。

 そんな中、織田翔はいち早く首にマフラーを巻いて防寒対策がしっかりしていた。

 きっとアメリカ帰りで温度調整がおかしくなってるんだろう。


「話って、何?」


 挨拶もせずに話を切り出した。

 和やかな挨拶なんてしたいとも思わない。


「あ、ああ、あのさ……」


 口ごもる織田翔に苛立ちが湧く。

 言い訳と口説き文句を用意してきたんじゃないのか?

 私はそれが並べたてられ次第、渾身の一撃をお見舞いしてやる気満々なんだけど。


「ヒーロー・チェーン、って知ってる?」


「……え?」


 思いもよらない言葉に、間抜けな返事をしてしまった。


「何の話をしてるの?」


 何故今そんな話題をする必要があるのだろうか?

 私ははぐらかされてる気がして、苛立ちを隠さず問い返した。


「いや、だから、ヒーロー・チェーン」


 私の苛立ちをわかっているのに、織田翔はその言葉を繰り返す。


「ふざけないでよ! 何で今そんな嘘臭い都市伝説の話なんか!?」


 私の啖呵に織田翔は何も言わず、首に巻いたマフラーを外した。


「知ってるんだな、ヒーロー・チェーンのこと」


 織田翔の首の右側に、縦に細長く伸びた黒い痣が見えた。

 別れる前まで無かった、痣。


「それ……」


 ワイドショーでキャスターが話していたことが、朧気ながら頭に再生される。

 女子高生で流行ってる都市伝説。

 首筋に痣が出来た人物の愛した人が、モンスターに殺される。

 痣が出来た人物はヒーローに変身してそれを食い止められるが、変身後は死んでしまう。


「翔、まさか……」


 言葉は続いて出てこなかった。

 代わりに、頭に再生されるのは織田翔が電話で告げてきた言葉。

 私を好きなままだということ。

 最後でも構わない、ということ。


「來未、ごめんな。本当に今まで色々とさ、感謝してるし悪かったとも思ってる。夢追いかけて、一人でアメリカ行ってさ、來未への感謝とかそういうの改めて考え直してさ、んで……結果こんなことになっちまった」


 織田翔は痣を擦りながら、自嘲気味に笑った。


「最悪だな、俺って」


 虚ろな瞳に涙が滲んでいた。

 あの頃には見ることのなかった、姿だった。


「あのさ、俺絶対來未のことは守るから。それだけは心配しないで欲しいんだ。來未をモンスターだかに殺させたりはしない!!」

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