.3 大学受験
何か目標があるわけでもない私は、進学をギリギリまで悩んでいたのだけど、親の勧めもあって一応大学ぐらいは出ておこうかと思って、受験戦争に参戦した。
こんな軽い気持ちで、大学受験が出来る私の環境に凄く感謝している。
やりたいことがないので、やりたいことが見つかるまで先延ばしにしよう。
でも、ニートや引きこもりは流石に世間体が悪いし、織田翔に愛想尽かされても嫌なので――という理由による選択。
うん、他の受験生に後ろめたい。
こういう考えを数少ない友人に話してみたところ――
「大丈夫だよ、周りの受験生だって似たような考え方している人いるって~」
と返された。
同類がいるから許される、という考え方は納得がいかなかった。
赤信号、皆で歩けば怖くない?
怖いものは怖いし、集団の外側では歩きたくない話だ。
そんな事を言ってる友人は、しっかりとした人生設計をした上で大学受験を決めたらしい。
私が受けたこの大学も滑り止め程度に受けていたらしく、合格発表の日には来なかった。
代わりに隣に立っていたのは、やっぱり、織田翔だった。
「おお! あったあった! 木根の番号、あったぜ! すげぇ!!」
私より先に、自分の番号より先に、織田翔は私の番号を見つけてくれた。
周りの誰よりも喜んでくれるその姿に、何故だか自分で見つけるより嬉しくなった。
だから、私も必死になって織田翔の番号を探した。
何度も何度も番号を呟きながら、願うように探していく。
「あ、あったよ! 織田君の番号!!」
あった!
呟いていた呪文のような番号が、目に飛び込む数字と同じであるか確認するために三度繰り返し番号を読み上げる。
あった!!
「お、おお! マジか!? やべぇ、ちょっと泣きそう」
私と違って、織田翔はダンス関係の憧れの先輩がこの大学にいるらしくて、受験したのだという。
言い方は悪いけど根っからのダンスバカなので、学力の方は残念な状態だった。
悩んだ末遅れて受験戦争に参戦した私ですら、それほど難しくはないと言われた大学を、織田翔は進路指導の先生から難色を示された。
一芸合格みたいなものがある大学があるらしくて、そこを薦められていたのだけれど、織田翔はキッパリと断ってこの大学一本に絞って、勉強に励んでいた。
私の後ろめたさには、織田翔が要因の一つとしてあるのだ。
「泣いても、いいんじゃない?」
織田翔のそうした努力もまた、私はそばで見続けていた。
同じ大学を受けるということがわかって、一緒に勉強するようになった。
織田翔は、本当に同級生か?、と疑いたくなるほどの学力だったけど、そこからの努力は今、報われたのだ。
本当に織田翔はいつも、キラキラしている。
「ん? んー、まだ泣くには早いよな。まださ、スタート地点到達ってとこだしさ」
泣きそうだと言っていたのに満面の笑みを浮かべる織田翔。
新しいダンスに挑戦する時に見せる顔と同じだった。
私には無い、心底楽しそうな表情。
「……スタート?」
「そ、今までのはスタート地点までの準備だったんだよ。これから先輩にビシビシ鍛えてもらってさ、より上を目指したいんだよね」
織田翔が上を指差したので、つられて私は空を見上げた。
綺麗な青空だ。
「おお、気持ちの良い空だな。合格日和だ!」
吸い込まれそうな青空。
「ねぇ、織田君?」
「何だ?」
「空って……遠いね」
吸い込まれそう、と心から思えるのに、切なくなるほど空は遠い。
この手を伸ばしても、絶対に届きはしない。
「ん? ……ああ、遠いな。まだまだ遠い」
私の気持ちに気づいたのか、織田翔はいつになく物憂げにそう言った。
「なぁ、木根」
「……何?」
「このあと、ちょっと話があるんだ」
「……わかった」
青空に雲が流れていく。
時は流れて、少しずつ変化を迎える。




