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エリザベートの養い子

作者: 秋の桜子

 ナロウパニア王国にて随一を誇る裕福な公爵家の令嬢、エリザベートは産まれて間もない頃に、隣国の王子と婚約を結ばれた。宣誓の書面には、彼女の名前が母親の手により記されている。小さな小指の腹を司祭がクリスタルのナイフで少し突き、ぷっくりと滲み出た珊瑚玉をポトリと書面に落とす。ぱっと広がり真紅の花びらのような、一適の血。契約の儀式はつづがなく終了。


 この後、彼女は隣国の王子の正式な婚約者として年齢に達するまで、粛々とした日々を過ごすこととなった。


『結婚式までは父親以外の異性の目に触れるべからず』との隣国の王室の仕来りに従い両国の間にある、『聖母の花園』を有する修道院に預けられ、そこで様々な教育を受けつつ育つ。


 やがてその日を迎えたエリザベート。実家へと迎えの馬車に揺られ戻る。そこで数日の間身体を休めた。その時に両親にこう伝えられた。


「実は王との約束を反故にされた。その為にお前が嫁げば、どのような扱いをされるのか……」

「はい?どのようなお約束でしたの?」

「お前の住まいのこと。それと王に貸し付けていた、10億ナロクールを返さんと言い出してな、家族間なのだから大目に見ろとか言い出してきた」


 貸付金のことはさて置き、住まいについての約束が反故にされた事に驚くエリザベート。


「どういう事ですの?住まいについては、修道院が3割、我が公爵家が5割、王室が2割出し合い、わたくしの注文通り建ててくださるお約束です。王宮に向かうのは明日ですわ」


 娘の言葉に頭を抱える公爵夫妻。


「こちらからも再三、建築工事をと進言はしていたのだがな。方向が悪いだの日が悪いだの、あれこれ難癖をつけ、未だ手つかず……。しかし修道院も当家も既に負担金は支払い済み。院長様からも相談を受けてな」


「そうなのよ。エリザベート。あれこれ手を尽くしたのですが、しばし待てとの御返事ばかり……。それに王宮に忍ばせている手の内の者から良からぬ話が、先程届きました」


 それはどのような?娘の応じに。


「お前が修道院で世話をしている養い子のことだ」

「それがなにか?親と離れた子を育ててるだけですわ」

「院長様もそうご説明を申されたのだかな。先様は、お前の子だと言いはるんだよ。はぁぁ……、ここ数日、住まいのことよりも、そればかり申されてな。たいそうお怒りなのだ」


「まあ!どうしてそうなるのですか。少し調べればお分かりになられるのに……。なにかそのことでお企みになられておられますの?」


「うむ……。そうらしい。でどうする?エリザベート、院長先生から話があってな。出来ればお前を手放したくないと申されておられる。ゆくゆくはご自分の跡取りにとお考えになられているそうだ。誠に腹が立つのだが、その際、悪縁切りで捨て金と諦め、婚約破棄をこちらから申し入れ、示談金を支払おうかと考えているのだが……」


 父親の言葉と並び座る母親の憂い顔を受けたエリザベートは。


「お父様示談金など勿体ないですわ。そして院長先生がその様なお申し出を?とても嬉しい。では、手土産代わりにわたくしがきっちりと皆様の金貨を回収してまいりましょうか。この際、貸付金もね。うふふ、なので先様の手に乗りましてよ」


 心配そうな両親に向かい朗らかに話すエリザベート。そして沢山の嫁入りの荷と共に、綺羅びやかに着飾り迎えの馬車に揺られる事となった。



 ☆



 そして辿り着いた隣国の王宮にて早速、洗礼の嵐を受け始めたエリザベート。


 何故か実家より充てがわられた侍女や護衛達と、引き離される。

 何故か荘厳な建物には入らず庭先へと、ひとり連れて行かれる。


 お国柄の違い?元は1つの王室とお聞きしていたお隣さんですが、随分風習か違いますこと。と思いながら言われるがままに進む。やがて巨岩が1つ、庭のど真ん中に鎮座をしている、なんとも不細工な場にたどり着く。しかしそこは華々しく飾られ、貴族達が着飾り集められていた。


 ガーデンパーティーなのかしらんと思いつつ、人々の注目の中、花とリボンとキラキラビーズででゴテゴテに飾られた巨岩の前に立つ、王家の人々の元に進むエリザベート。そこで……。


「そなたの不貞がわかった!どうしてくれるのだ!この淫乱令嬢めが!おまけに花園を有した館を作れと?とんだ金遣いの荒い悪女だな!そこでまた!男を引き込むのか!」


 待ち構えていた王の開口一番。

 酷い!なんということだ!と外野が囃し立てる。


「もう!結婚式の用意も終えて、既に各国に招待状も出したのよ!恥をかくわ!どうしてくださるの?それに淫乱な公爵家令嬢のくせに、庭付きの館なぞ言語道断よ!こちらはね。建てる気などさらさら無くってよ!」


 王妃の言葉はこれで……。

 酷い!なんということだと!外野が囃し立てる。


「清らかなる乙女が、王子の妻になるのが我が王室の決まりなんだ。君にはがっかりだよ。よくも隠していたね。騙し通せると思っていた?下に見られたものだ!」


 夫となる王子の言葉はこれ。

 酷い!なんということだ!と外野が囃し立てる。


「どういう事なのでしょうか」


 あまりのことで令嬢としての挨拶も口上も忘れ、素のままで、問い返したエリザベート。やんごとなき相手にとんだ失礼を。しまった!と思うが相手方は気にもしていない様子。


 お前の婚約者のことだろうと、王は息子に言えと言う素振り。王子は頷くと。


「とんだ嘘つき令嬢だ!お前……!子がいるそうだな!」

「はい?」


「フフン!調べはついているんだ!エリザベート!子を……!修道院に置いてきたと聞いたぞ。何たる侮辱!」 


 酷い!なんということだ!外野が囃し立てる。


 子……。王子の言葉に、来たー!とエリザベートは立ち向かう。猛る心を沈めつつ答える。


「ああ、そのことでしたら……」

「んまー!お認めになられるのね!なんてふしだらな……ああ、ああ。とんだ悪女を掴まされてしまった。王家の仕来りを破ればこの国は破滅をしてしまうわ!」


 王妃が言葉を遮り騒ぎ出した。

 酷い!なんということだ!外野が囃し立てる。


「いえ。少しでよろしいのです。わたくしのお話しをお聞きください。義母上(ははうえ)様」


 この先の展開に持ち運ぶべく、つとめて冷静に話すエリザベート。王妃は大声を張り上げ彼女の言い分を遮る。 


「きゃぁぁ!あばずれに、ははうえさま、なんて言われたくもないぃぃ!耳が穢れましてよ!あなた!助けてぇぇ!ああん……」


 ひとしきり喚くと、わざとらしく失神。それを仰々しく受け止め、抱きかかえだまま、石張りの地面に腰を落す王。


 酷いなんということだ!と外野が囃し立てる。


「ああ!麗しのパッパリーニャ王妃よ!しっかりとするんだ!」

「母上様!くぅぅ!私の!私の大切な母上様を良くもこんな目に合わせるだなんて!なんて酷い女なのだ!ママン!ママン!しっかりして下さいませ!」


 酷い!なんということだ!外野が囃し立てる。


 どうやら、母上様が僕たんのナンバーワン的な空気を醸し出す王子が両親に駆け寄り寄り添うと、母親の手をしっかと両手に包むこむ様に握り頬に当て、唖然とするエリザベートを責め立て始めた。


(マ、ママン!?ヒッ!まさか。これが婚家でイビられ逃げ出されて来られた、先輩修道女の皆様が仰られた、この世で最も結婚相手として相応しくないという『マザコン男』なのですか!ヒィィィィィィ、噂に違わず気持ち悪い……)


 エリザベートの目の前で母親の身を案じ、はらはらと涙を流す王子。しばらく……、パッパリーニャ王妃の側にしゃがみ込んでいた王子。滲み出た、全く持って美しくない涙を袖口で拭うと、勢いよく立ち上がりそのまま。


「エリザベート!そなたは私を侮辱した!この国では侮辱が、一番の罪斗なのだ!家族間でも訴える事は可能だ!その上、純真無垢であらされる母上様も傷つけた!なので婚約破棄をここで宣する!受け入れろ!この悪女め!」


 おお!素晴らしいご決断ですぞ!外野が囃し立てる。


 はあ?わたくしをいわれなき事で、さんざ侮辱したのはそちらでしょう!と呆れつつ、目の前でさくさく進む茶番劇に、わかっていた展開なのだが実際その場になると、頭がくらくらしてくるエリザベート。


「ついては!この件についての、慰謝料請求をさせてもらうぞ!」

「はい?」


「これは我が国の定めなのだ!有責がある側が、こちらの言い値の重さの金貨を支払う。ふふん!我が国の定めに従ってもらうぞ!そちの名前はこちらの王籍簿にも記されておる!家族だ!」


 おお!素晴らしい定めですぞ!外野が囃し立てる。


「して。その慰謝料とはどれほど?」


 当然、先ずはこう問いかけるエリザベート。その言葉を待ってました!と言わんばかりの王子。ニヤリとしつつ、ペチペチとそびえ立つ飾り立てた巨岩の肌を叩く。


「そうだな……。この岩と同じ重さで許してやろう」


 おお!素晴らしいご判断ですぞ!外野が囃し立てる。


「無理ですわ。多額の貸付金の未回収並びに、約束を反故にされた私の住まいの建築費用の負担金。これ以上になると父は破産をしてしまいます」


 さあ!ここからよ。叱咤激励を自身にかけるエリザベート。


「そしてわたくしが貴方様のご家族だという『証拠』はございまして?結婚式も挙げておりませんわ。ならばわたくしはあやふやな身分。この国の法に従う必要は感じませんが」


 話に聞いたアレを出してきたら万々歳。そう願いつつ不安げな表情を作り上げ、応じているエリザベート。


「ふっ!おい!儀典長!アレをここに!」

「はい?」


「これを見ろ」


 そんな彼女のことなど知らぬ王太子は、見下す視線をぶつけ鼻で嘲笑う。儀典長が差し出した物を受け取ると、目をぐにゃりと曲げニマニマ笑いつつ丸めたそれを、芝居掛かって上下に広げエリザベートに見せた。


「ほーら、ここにそなたの、な、ま、えが、あ~るぞ。血印もな!そなたはこれを取り交わしたその時から、我が王室の一員なのだ!家族なのだ!赤子だとしても言い訳は出来ぬ、神に誓いし代物なのだ!ワーハッハ!そうだな……金を支払う事ができないなら、もうひとつの道を選ぶか?」


「もうひとつの道?してどのような」 


 ほーほほほ!来た!出してきた!お馬鹿!腹の底で笑いつつ、わかりきった事を聞くことにしたエリザベート。すると予想通りの答えが来る。


「金が払えぬ者、死を持って代える也。これはこの国の定めなのだ。王子妃なのだから、従ってもらうぞ!そうだな……。しばらく塔にでも住んでから、病に伏したとでもしたら良い。そなたの持参金や衣装、道具類は、一時でも王子妃でもあったのだ。こちらできちんと処分をしてやる。お前の家にビタ一文、請求はしないし、王子妃として相応しい葬儀も出す、こちらの墓所に埋葬もしてやる」


 おお!素晴らしい慈悲でございますぞ!外野が囃し立てる。


(オーホホホ!そういう事ですの。踏み倒しに横領もされておられますわね。その上慰謝料請求とは……。先程より王妃がわたくしの髪飾りやら指輪、ドレスに送って来られる値踏みのような視線。持参金も何も狙っておられますのね!仕方ありません。お望み通りこの国の王子妃として婚家の定めに従い、おケツのお毛々いっぽんまで、引っこ抜いて差し上げましょう)


 ふう……。ため息をつく風を装い気合いを入れたエリザベート。憂いの表情を作り上げ、勝った気同然のドヤ顔王子に応じる。


「わかりました……。赤子だとしてもその血はわたくしの物ですからね。わたくしはもう既にこの国の王子妃ですのね」


「ああ、そうだ。立派な王子妃であるぞ!」


「して。ナロパニアのエリザベートとは、婚約破棄をする」

「ああ!ナロパニアのエリザベートとは、婚約破棄をする!」


「侮辱罪は最も重い」

「そうだ最も重罪だ」

「家族間でも訴える事は可能とか」

「家族間でも訴える事は可能だ!」


「そのお言葉全てに嘘偽りはありませんわね」

「ああ!ここにいる全員が証人だ!そして我が国の者達は、全てに置いて嘘偽りは言わぬ!」

「陛下も妃殿下も殿下も貴族の皆様もですのね。全てにおいて嘘偽りは言わぬ。ならば全員に、誓いの呪言(マジナイ)をかけてもよろしくて?」


 その言葉にざわめく貴族達。中には知っている者もいるのかコソコソと場を離れる者もちらほら……。


「ああ!全員嘘偽りは言わぬ!虫一匹例外ではない!してなんだ?それは」

「嘘をついたら『ハリセンボン』飲〜ます♪という呪言ですの。言霊にて、わたくしがここにいる全ての方々に、おかけするだけ。院長先生からお教え頂きましたのよ。ほんのお遊びみたいなものでしてよ」


 ここが一番大切な事なので、慎重に言葉尻を軽くし、相手が策に掛かる様、誘うエリザベート。


「はあ?あ~はっは!は『針千本』!飲める訳ないだろうが。どうやって飲ますんだ?まあいい、どうせ気休めみたいなものだろうから許すぞ!よろしいでしょうか父上」


 王子の言葉を受けて王が頷く。それを、可と理解をしたエリザベートは、やったわ!と心の中で狂喜乱舞をし、修道女の間で太古から伝わるわらべ歌を、聖歌をうたう如く、透き通る声で朗々と歌い上げた。


「♪嘘ついたら♪〜ハリセンボンのーます♡……、これで終わりました。仕方ありません。実家に迷惑をかけたくない、しかしわたくしの持ち物を売り払い、持参金を合わせても、重さには足りませんでしょうね。だから後者を甘んじて受け入れますわ」


「ん?なんかしたのか?変わりはないようだが。ほほう!死を受け入れるのか!」


「はい、しかたありませんもの……。殿下を知らぬ内に侮辱したとか?大変に不本意で御座いますが、受け入れましてよ。そして、陛下、死にゆく者に対して、御慈悲を賜る事は出来ましょうか?」


 エリザベートは王妃が復活をしたのか、ドヤ顔王子の傍らここが定位置とばかりに場を取る王達に向かい、そう問いかけた。


「そうだ。我が国では侮辱罪が最も重い。しっかりと償ってもらうぞ。慈悲とな……。ひとつだけ許すのが定めだ」


「オーホホ!仮初めにも貴方は嫁。葬儀は立派に出してあげましてよ!そうよ。ひとつっきりよ。ああ、この場で直ぐに叶う事だけなの。国の定めなのよ!」

「そうだ!近隣祖国に助けを呼ぶとかは無理だからな!」


 いけしゃぁしゃぁな3人に、エリザベートは、溢れ出る笑みを必死に押し殺す。息を堪えているとぽろりと、真珠の一粒が目から落ちる。これ幸いと流れる涙をそのままに、頭を下げ優雅な礼をひとつ。そして。


「では。ぴーちゃまに会いたいのでお許しを」


「はあ?お前は馬鹿か?この場で直ぐにとの、母上様の尊きお言葉を聞かなかったのか!」 

「キィィィ!不貞の子を呼びたいなんてなんて破廉恥な!」

「まあ。二人共落ち着け。ハッハッハ。ここにすぐ呼び寄せることが出来るのなら許そうぞ」


 激怒する王子に、金切り声の王妃。嘲笑いながら許しを与える王。エリザベートは邪魔が入らぬ内に、取り急ぎ指輪に口吻をしつつ礼を述べた。


「ありがとう御座います。そうですわ。最後にひと目、養い子に会いたいのです。そう……ぴーちゃまは、わたくしが卵から温め育てたのです。大切な大切な宝物。では。召せませ!かわいいぴーちゃま!」


 ふう。と吐息を吹きかける。何が起こるのか?と怪訝な顔を向けてくる、隣国の人々。


 ……、1秒、2秒、3秒、呼吸を3回終えたとき……。


 ゴォォォォォォォ!空が唸り

 ドォォォォォォォ!風が鳴く

 ゾォォオォォォォ!雲が垂れ込める

 キィィィィィィン!閃光がこちらに駆けてくる!


「マミー!うわぁぁぁん!寂しかったよぉぉ!」

「ぴーちゃま!落ち着いたら、こちらに呼び寄せると、お約束していたでしょう!」


 ヒィィィィィィィ!場に響く引き攣った声、声、声。


「な!な。なんだ!うわぁぁ!ま、マミー?一体、な、なに?ぎゃぁぁ!」


 王太子がしどろもどろに叫び声を混ぜ聞く。空を一時で飛び姿を現したのは、額に5つのカラーストーンが五芒星に印されたドラゴン。巨岩どころが王国ひとつを、鼻息で即座に塵にしそうな力を持つのがひと目見てわかるオーラを、それは空間いっぱいに放っている。


「わたくしが卵からお育てをした、ぴーちゃまです」

「卵からと、言ってたは、はず?はずるええ?子、コォォォ?!産んだんじゃないのぉお?」


「ええ。養い子でしてよ。そうでしょう?女子修道院ですのよ。異性など皆無の世界。そこでわたくしは迷い込んだ卵を拾い、ユニちゃんから教えられた通りに、お仕えしている修道院にて花園に住まい、心の臓に最も近い肌にて温めましたのよ」


 たわわな胸元に手を当て、にっこり微笑むエリザベートに、逃げずに居合わせた司祭が、ヒィィィィィィ!と引き攣り声を上げた。


「ま、ま、まさか。修道院の、花園……。それは、『けがれなき聖母の庭』のことでしょうか!そしてユニちゃんとは、ユニコーンで、お育てしたという、そのドラゴン。額に5つのカラーストーン。『ホウリ(聖なる)ドラゴン』か?な、ならば貴方様は、貴方様は……!正真正銘のけがれなき乙女なのですかぁぁぁ!逃げておくべきでしたぁぁ!この場を離れたら陛下にお目玉を喰らいこの地位を追われる事を懸念をし、欲張ったばかりにい!あの呪言(マジナイ)はマジだったのかぁぁ!」


 司祭、絶望の叫び。そんな彼に王が詰め寄る。


「どういう事だ!説明をしろ!」


「ドラゴンの卵は正真正銘、この世で最も清らかなる乙女の心臓の鼓動を糧に生長をするのです。なので。なので、エリザベート様はこの世で最も清らかなる乙女!そして僅かではございますがそれ故に、聖母の御力をお持ちになられておられます!嘘はいけません、嘘はぁぁぁ!」


 司祭はそう言葉を残しその場から逃走。唖然とする中、パッパリーニャ王妃は彼女のお役目らしく声を張り上げ、即座に残した司祭の言葉を口汚く悪く否定。


「お伽草子もいい加減におし!乙花園?ユニコーン?この世で最も清らかなる乙女?聖母の御力?はあ?そんなの存在はしない!お馬鹿さんなの?」

「では王妃よ!目の前のコレはどう説明をするのじゃ!」

「さっきの呪言(マジナイ)と言い、この女はあばずれの上に、とぉっても!陰湿、インケンな魔女なのよ!このドラゴンだって、マヤカシよおぉ!違い……ひゃう!」


 空を旋回しつつ見守っていたぴーちゃま。育ての親であるエリザベートを侮辱しまくるパッパリーニャ王妃に対し、プッツン切れたぴーちゃま、ほんの小さくドラゴンブレスを発射!見事にクリーンヒットした豆粒よりも微小な炎の塊は、パッパリーニャ王妃を即座に火葬をするに至る。


 パサリ……。サラサラサラ……。灰となり消えたパッパリーニャ王妃。


「マミーをイジメるヤツは灰にしてやるぅう!天誅なりぃぃ!」


 ヒィィィィィィィ!場に響く引き攣った声、声、声。


「さて。王子様。満足をいたしましたのでわたくしに引導を」

「はひ?な、なんでございましょうか」

「あら。貴方様は死を持って代える也と仰られました」


 ヒィィィィィィィ!王子が悲鳴に対して更に上書き。


「マミーに死ねとぉお?すぅぅぅぅぅ!」


 その言葉を聞きぴーちゃまが大きく息を吸い込み、腹を膨らませる。へにゃへにゃ……その場で腰を抜かし座り込む王子。


「ああ、待っててぴーちゃま。マミーはちょっとこのお兄さんとお話があるの」

「?わかった!すこおし、待ってやる。オマエ、命拾いしたな」


 溜めた吐息を天空に吐き出すぴーちゃま。5色の炎の柱が四方八方に広がった。


「ささっ。お早く引導をお渡し下さいませ♡」

「いい。慰謝料はなしって事で婚約破棄しよう」

「あら。そうで御座いますの?ならばありがたいです。じゃぁわたくし達は、円満に婚約破棄ということでよろしくて?」

「うん」

「では円満に婚約破棄なのですから当然ながら慰謝料はなし、ああ、もちろん負担金の返還請求は認められますわよね。」


「うん。その少し待ってもらえると嬉しいのだが……双方にきっちりかえすよ」

「ありがとう御座います。言質を取れましたから、何にお使いになられたのかは、不問にしてあげますわね♡」

「ありがとう……」


 エリザベートの言葉に、では。と、同意をする素振りを見せた途端、それに待ったをかける王の声。へたり込む我が子に駆け寄り、口を塞ぐと何やらコソコソとささやく。


 顔が青く、赤く、黄色く、真白く、黒く変わって行く王子。父親は息子に、こう悪知恵。


 ……、このドラゴンを従える乙女をモノにしたら世界の覇者になれるぞ!婚約破棄は撤回しろ!と。

 ……、どうせあの呪言(マジナイ)は気休めだろうし……、あんなふざけたわらべ歌等、効力はそうそうないぞ。と。


(世界の覇者になれたら、覇王だ。美しい女も金も全ては我らのものだぞ。わかっているな)

(は、そ、そうだ。そうですよね!父上おまかせください!)


「もうこ相談はよろしくて?じゃぁ、殿下、ナロパニアのエリザベートとの婚約破棄の宣旨を、今一度……」

「そ!それについてだが相談が……」

「あら。お言葉に出さない方が……」


 王子はよろよろと立ち上がった後、エリザベートの静止も虚しく、欲により目をギラギラさせて言い放つ。


「私は婚約破棄等していない。そなたの聞き間違えだろう。大方母上様が仰られたのでは?母上様はお声がたいそう大きいかった……ふごぉおっ!」


 最後迄言い切った途端、口を抑えて上向きに倒れた王子。ゴゴン!と全身を打つ音。きっと頭やらをそのまま硬い石張りの地面に打ち付け、酷いことになっている様子だが、それどころではない王子。


 海老反りになり悶えのたうち回る。顔が赤黒くなり、膨れて行くよう。酷い苦しみ様に、王は慌てて声をかけるばかり。医師を!医師をとの叫び声に、王室に仕える者達が駆けつけた。


「何がどうなっておる!」

「殿下、殿下!手を離して下さいませ!ぬ!こ、これは」

「何だ!王子を助けよ!これは命令だ!」

「陛下!殿下は口の中で何かがあり、息が出来無いのでございます!早急に取り除かねば!荒療治のお許しを!」


 うむ。陛下に許可を得た医師達は、どうにかこうにか王子の身体を横に向けると、拳で思い切り背中を叩く。すると……。


 スッポン!涎まみれで出てきたのは……。


「な!何だこの珍妙なる生き物は!」

「ハリセンボンですわ」


 エリザベートは平然と教えた。口から飛び出たまん丸く膨らんだ全身トゲだらけの魚、ハリセンボンは外界に出ても尚、生きており真ん丸い身体を、更にむくむく膨らませて行く。それにくぎ付けになる面々……。


「ふぐう!」


 また再び苦しみだす王子。場は一気に修羅と化。外に出ていても、元気に満ち溢れ、むくむくむくむく膨れるハリセンボン。まさか……。医師たちは再び背中を叩きつつ、エリザベートを見上げた。


「エリザベート様、こ。これは一体……」


「ハリセンボンのーます♪って呪言(マジナイ)をかけましたでしょう、そのハリセンボンですわ」


「はあ?お、大きくなっていくのですが!早くしないと殿下の口から出なくなるぞ!」


「はい。それは嘘の大きさにより、大きくなりますの。早く飲み込まないと大変でしてよ、あ!その前に、王子殿下、婚約破棄の宣誓を!わたくしが自由になりません」


 しれっと無理な事を話すエリザベート。しかし彼女の頭上にて、ヒュウと息を吸い込む音が……。全員がそちらを見上げれば、ぴーちゃまの口元から、チラチラ炎が漏れており……。


「苦しむの、可哀そうだから!」


 ヒィィィィィィィ!場に響く引き攣った声、声、声。


 苦しむ王子をその場に置き逃げる面々。そして王子もポシュと一発で、ゴゥ……と霧散。無事火葬も済ませ、王子が愛するママンの元へと逝った。


 し……ん。


「はぁぁ……。困りましたわね。わたくしは未だこの国の王子妃のままでしてよ。とりあえず国に戻ってもよろしくって、陛下」


「ああ……そ。そのことについてだが」


 諦めきれない王が、どうにかしてエリザベートを手に入れるべく無い知恵を振り絞る。


「はい、陛下」

「そ。そのことについてだが、その。単刀直入に言おう、放っておいても喪が明けたらそなたは自由になる。それから……私の喪明けの後、つ!ブヒィィィ!なんでもない!わかった。国に戻るが良い。伏喪の期間は院長に従え」


 王の言う事を察したエリザベートの顔が曇った途端、ぴーちゃまがマミーの憂いを察知、思いっきり息を吸い込むのを気配に気付き目の当たりした王は、慌てて言葉を飲み込む。


「ありがとう御座います。では。陛下、国に戻ってとりあえず喪に服しますわ。わたくしは未だ王子妃ですゆえ。しかし……、公然の前で陛下と亡き殿下と王妃様に投げつけられた言葉に対して、わたくしはたいそう傷つきました。とても侮辱されたと思いますの。このままに捨て置いてはなりませんわね。陛下」


 微笑みを浮かべ、青から群青色に顔色を変える王に話すエリザベート。


「この国の定めに従い、慰謝料を要求致しますわ!家族間でも有効ですわよね。お義父上様」


 エリザベートの言葉に、ヒッと息を呑む王。 


「違いまして?」

「いや。違わぬ」 

「侮辱罪は最も重いとか」

「ああ。最も重いのだ」


 そこで会話を閉じ、微笑みを浮かべじっと見つめるエリザベートに王は恐る恐る聞いた。


「重さなのだが……。この大岩で良いかな。かわいい我が義娘エリザベートよ……」


 ペシペシと岩肌を叩く王。怯えた風を装い腹ではこう考えていた。


(ふふふ。こういう事もあろうかと、この大岩は純金の塊に加工を施し岩に見せている代物なのだ。まぁこれが無くなるのはちと寂しいが、国庫には差し障りがないからな)


「あら。お話が違うような……、あ!これぴーちゃま!」

「ええー!こんな軽いのをぉぉ?えい!あー!しくった!ごめんなさいマミー!」


 フン!地面に硬く固定をしていた大岩を軽く鼻息で吹き飛ばした、ぴーちゃま。

 ガッ!固定が難なく剥がれ受けた力のままに飛び上がる大岩。 


 ビュゥゥゥゥ!弧を描き空を軽々進みゆく大岩。飾り立てられていた為に、装飾品が剥がれ落ち祝福の雨のように、リボンやとりどりのビーズや花が見上げる人々に、きららとキラキラ降り注ぐ。


 ドッガーン!やがて自然の法則に従い落下。しかし運悪くそこは王宮の真上だったからたまらない。荘厳な建物はプディングの上に重い物が落ちた如く、グッチャグチャと化した。


 怯えた顔の下でほくそ笑む王に、否を述べようとしていたエリザベートなのだが、ぴーちゃまが大岩を鼻息で吹き飛ばし方向を誤り、荘厳なる王宮に天空高くから落下させてしまったからたまらない。


「うわぁぁぁ!城が城が……王宮が……ぺちゃんこに……」

「まあ、大変どうしましょう」 

「大丈夫、マミー。これで損害賠償請求はチャラ」


 プチッ。ぴーちゃまは身体の鱗をいちまい剥がすと。

 えいっ!ピン!と指先で王に飛ばす。今度は目測を誤らず、適度に進むと、ド!という音と共に、深く深く地面に突き刺さり、勢いそのままに、ズズンとめり込んで行く。


「これを売ったら王宮10個は建てられるよ!使ってね王様」

「この世の至宝のドラゴンの鱗ですわ。損害賠償としてはかなり多めのお支払いになりましたが、お釣りはいりませんわ、お義父上様」


 その言葉にはっとし、出来上がったばかりの穴になりふり構わず顔を突っ込む王。既に忠臣からは見捨てられたのか、僅かに残る者達の中で側に寄るものはいない。


 深い深い穴から聞こえる、ズズズズ。ドドドドドッ……、まだまだ底へ奥に進む、至宝の宝玉と名高い聖なる(ホウリ)ドラゴンの鱗……。


(はい?何処まで進むのだ?そしてどうやって取り出せと……)


 泣きたいのを堪える王に。


「足りないの?王様、欲張りだなぁ……じゃぁもう1枚!」

「いや!足りる!」


 王宮は潰れ敷地には地の果て迄届く様な深い深い穴。これ以上荒らされてはならぬと、即座に了承をした王。


「じゃぁ、受け取ったと言わないといけないよ?」

「あは、は。そうだな……、うむ。確かに受け取った」

「どういたしまして。大事に使ってね。無駄遣いはだめだよ」


 ぴーちゃまの言葉に、鼻水をすすり上げる王にエリザベートは追い打ちをかけることにする。


「では。慰謝料請求を致しますわ。義父上様」

「はひ?してどの程度」


「きちんと応じて頂ければ、貸付金も負担金返還請求もチャラに致しますわ」

「それはありがたい。ならば望み通り支払おう」

「ありがとう御座います。流石は一国の王、二言は御座いませんわよね」

「ああ、二言は無いぞよ。国の威信にかけてもしっかり払おう……、して。目方は?」


 その場に居合わせる者達全員から、慈悲を求める視線を送られそれをしれっと受け取るエリザベート。聖母の微笑みそのものを浮かべると、辺りは柔らかに張り詰めた緊張がとけていく。


 赦されたと。きっとこの令嬢は困らぬ程度の慰謝料にしてくれると……王も司祭も大臣達も護衛も貴族も、皆々そう思った。


「そうですわね。では」


 では……。ゴクリと息を呑む面々。


「では。慰謝料の目方は、ぴーちゃまで、お願い致しますわね」


 し……ん……。


 ぴーちゃまで、ぴーちゃまで、ぴーちゃまで、ぴーちゃまでぇぇぇ!


 一斉に視線が空に向く。そこには五色カラーストーンの輝きもまばゆく気持ち良さそうに空を旋回をしている、巨体な聖なる(ホウリ)ドラゴンの姿。


「は、ハハ……。ぴーちゃまでとな……!」

「ええ。二言は御座いませんわよね?」


「ああ……な、無いぞよ。そうか、ぴーちゃま……」

「分割で受け付けましてよ。お義父上様♡」 

「有り難いな……」

「うふふ。きちんと書式にてお届け致しますわ。支払いをよろしくお願いいたします」


 地上では途方に暮れる王。エリザベートは事が上手く進み、ニコニコ笑顔。


「マミー!退屈ぅぅ!早くお家に帰ろうよぉぉ!」


 蒼い空では、暇を持て余したぴーちゃまの声が悠々と響き渡っていた。



 終わり


お読み頂きありがとう御座います。

旦那はんの背後霊業務に忙しくしております

ぴーちゃまも立派なマザコンなのです。

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― 新着の感想 ―
[一言] ぴーちゃまきゃわわわわ( ˘ω˘ )
[一言] コメディカテゴリだったかな? 最終的にぴーちゃまの圧倒的暴力の印象が強すぎて、これエリザベートがガチでクソみてーなアバズレだったとしてもぴーちゃまが味方に付いてることだけ変わらなければ結果も…
[一言] 痛快でした! マザコンの夫は困りものですが、マザコンのぴーちゃまはかわいいですね。 背後霊業務、お疲れ様です。
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