ポツ
ポツ……
雨だ。
頬に落ちてきた一粒の水滴に誘われて、私は空を見上げた。
空には、少し前から重たそうな雲が広がっていて、今にも雨が降りそうだとは思っていたが、とうとう降り出してしまったようだ。
傘はない。本格的に降り出す前に自宅へ戻ろう。
私は、歩みを速めた。
ポツ、ポツ……
私の歩みを追うように、雨が私を追いかけてくる。雨音に急かされるかのように、私の靴音も、次第に高く早くなる。
ポツ、ポツ、ポツ……
自宅まであと数メートルというところで、地面にできるシミの数が増えてきた。
あと少し。なんとか間に合って。
私は、堪らず駆け出した。
このくらいなら、まだ大丈夫。
私は、耳を塞ぐことよりも、自宅へ帰り着くことを優先させる。
ポツ、ポツ、ポツ、ポツ……
地面の色が濃くなり出した頃、無事に自宅に帰り着いた私は、家の中へと飛び込む。
ほんの少し濡れたけれど、これくらいなら平気だ。
靴を脱ぎ、荷物は玄関に残したまま、脱衣所へ向かう。詰んであるタオルの山から、お気に入りのフワフワの白いタオルを取り、髪や顔、手なんかの濡れたところを拭った。
本格的に濡れたわけじゃないから、風邪をひくことはないだろう。
試合を終えた選手のように、頭からタオルを被り、その隙間からチラリと出窓へ目を向けた。
まだ窓は濡れていない。雨音も聞こえない。本降りになるのはもう少し後だろう。
ホッと一息吐くと、タオルを被ったままキッチンへと足を向けた。
お湯を沸かしている間に、ローズヒップのティーパックをマグカップにセットする。
まだ、お湯が沸かない。
玄関へ足早に戻り、残したままの荷物を部屋へと運び込むと、スマホだけを持って、キッチンへと戻ってきた。
白い湯気を上げるお湯をマグカップに注ぎ、色が出るのを待つ。スマホをタップして素早く天気予報の画面を立ち上げた。雨は夜になると本降りになるそうだ。
まだ大丈夫。
赤みがかったお茶と、スマホを手に、部屋へ戻ると、本棚を眺める。
今日はどれにしようか。夜から雨は本降りになるらしい。ということはそれまでに読み終わるものでなくては。
私は、本日の一冊を決めると、一旦棚から離れ、手に持っていたカップを置いた。スマホの画面をチラリと見る。
多分、ゆっくりと読書ができるのは3時間くらいだろう。
私はもう一度、本棚へ戻ると、先程決めた本日の一冊を手に、ソファに体を沈める。
被ったままのタオルが視界を狭くするが、かえって読書に集中できるだろう。