婚約者様、真実の愛とは何でしょう?
「フローラ、お前との婚約は破棄させてもらう」
今日は私の婚約者様、ホメロス王太子殿下の誕生パーティー。
今年で18歳になり、半年後には私達の結婚式が控えている。
それなのにどう言う事でしょう。婚約破棄ですって。
市井で流行っている恋愛小説も真っ青な事件が起きてしまいました。
「殿下、それは一体どう言う事でしょう?」
「私は真実の愛を見つけたんだ! 来てくれエリス」
殿下に名前を呼ばれたエリスという女性は、この茶番を遠巻きに眺めている群衆の中から自信満々の表情で現れました。
水色の瞳にはまるで勝ちを確信しているかの様に私を見つめ、青い髪をなびかせながら殿下の横に移動していきます。
「ホメロス様、あのこれは?」
先ほどまでの自信満々な態度とは打って変わって怯えた雰囲気を醸し出し、殿下の腕をとりました。
殿下はそんな小動物かの様な彼女に「大丈夫だよ」と私に聞こえるくらいの声量で言い、私に視線を向け直します。
「彼女がエリス・レイバーン男爵令嬢。私に真実の愛を教えてくれた女性だ!」
彼女の身分が群衆に知れ渡ると一気に響めきはじめました。それもそのはず。
男爵家は貴族の中でも下の方で、次期国王であるホメロス殿下とは不釣り合い。
愛妾なら認められたかもしれませんが、その場合は私との婚約破棄はしない方が賢い。
王家の分家に当たる公爵家の令嬢たる私との婚約破棄の意味が分かってないのでしょう。
ですがそれよりも気になる事があります。
「殿下、婚約破棄の事は一度置いておくとして、真実の愛とは一体どういう事でしょう?」
――真実の愛。
貴族は政略結婚が当たり前。結婚式当日に相手の顔を知ったなんて事もあり得ます。
そこに愛があるかと言われたら難しいでしょう。だから愛を求める気持ちはわからなくはないんです。
でも、真実の愛とは一体?
「真実の愛というのはだな……」
私の予想外の質問に殿下は慌てふためいていました。きっとその場のノリと勢いと語呂の良さで発言したのかもしれません。
「時間はたっぷりございますので是非殿下の真実の愛についてお聞かせ願います」
「えっとだな……」
群衆も私たちの茶番に付き合ってくれています。誰もが発言を控え固唾を飲み、殿下の真実の愛講座を聞こうと真剣です。
「し、真実の愛とはお互いが深く愛している事です!」
沈黙を破ったのはエリスさん。勇気をだして殿下の真実の愛について説明をしてくれるそうですね。
お互いが深く愛し合っているのが真実の愛。という事は一方的な愛は真実の愛ではないので、私と殿下ではなし得ませんね。
「素人質問で恐縮なのだが、その真実の愛に打算は含まれるのかな?」
群衆の中から一人の男性が手を上げ質問をしています。
愛の前に打算があるかどうかは結構大事な事だと思いますよね。
相手の家柄や収入などはあまり考えたくはないですが、一緒になる以上完全な無視は出来ません。
「それは真実の愛には含まれません!」
「つまり貴女はホメロス殿下本人を愛したのであって身分は気にしないと?」
「その通りです!」
王太子だから好きになったのではなく、好きになったのがたまたま王太子だった。
前後が違うだけで全然違う事ですね。そしてエリスさんは後者だと主張します。
「そうですか、ご質問に答えて頂き有難うございます」
一人目の質問が終えると今度は他の方が質問をします。
「愛について研究している者なのですが、真実の愛があるならば真実でない愛についてどの様なお考えなのでしょう?」
「真実でない愛……」
お互いを深く愛しているのが真実の愛ならば、真実でない愛は一体どうなるの?
一方通行の愛や政略結婚などは真実でない愛なのかしら?
「真実でない愛というは相手の気持ちを考えない一方的な物だと思います。これで満足していただけるでしょうか?」
「答えがない分野ですからね、それが貴女の考えだと知れて満足です」
こんな感じで各々が気になる事をエリスさんに質問をしていきます。
殿下はそんな彼女の横で茫然としているだけでした。
「ホメロスとエリスの考えはよーーーーーく分かった」
会場が響めきだったかと思えば現れたのは国王陛下。
その近くには私の父である公爵もいました。
「父上! 分かって頂けたのですか!」
「ああ、お前とエリスの婚約は認める。だがお前を廃嫡とする!」
「なっ!?」
このまま王太子妃にエリスさんがなれば必ず国は荒れるでしょう。
貴族達も殿下についていくのは不安でしょうし。
ですから廃嫡も致し方ないかと思いますね。
「ホメロスとエリスは真実の愛というので結ばれているのであろう? ならば廃嫡されても切り捨てる事はせぬよな?」
陛下の鋭い視線が二人を突き刺します。殿下は後退りをして怯えている様子。
それに対してエリスさんは――
「当たり前です! 私はホメロス様を愛しているのですから!」
言い切りました!言い切りましたよこの子は!
まさかの答えに陛下も「そ、そうか……」としか言えません。
群衆も勇気ある彼女の発言に拍手を送っています。
「エリス……君って人は」
「例え貴方が廃嫡されたって私は貴方を愛しています」
二人はお互いの手を取り見つめ合っています。これが真実の愛ですか……
後ろを見ると陛下と私のお父様がヒソヒソと話し合っていました。
「先ほど宣言した通り、ホメロスは廃嫡する! そしてフローラの婚約者は第二王子のエラトスにする!」
いつの間にか私の婚約者様が代わってしまいました。第二王子のエラトス様はホメロス様と違い真面目なお方。
きっと真実の愛と言って奇行には走らないでしょう。
半年後、私はエラトス殿下と結婚した。評判通りに優しく気を使ってくれる素晴らしいお方。これなら私も真実の愛について理解できそうです。
そしてホメロス様とエリスさんはというと――
幽閉された田舎で仲睦まじく暮らしているそうです。
お二人は真実の愛をこの先も証明し続けていくのでしょうね。
真実の愛ってなんだろ?




