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第5話


――突如、扉がノックされる。


『サーシャです。入ってもよろしいですか?』


 何の用だろう。こんな時間にサーシャが部屋を訪れるのは珍しいが、とはいえ拒む理由はない。


「はい。大丈夫ですよ」


 フニは床に座り込んだ姿勢のまま、声を返した。するとガチャリとノブが回され、ゆっくりとドアが開かれる。


「失礼します。夜分に申し訳ありません、やはり先程の様子が気になってしまい――。……フニ様?」


 普段であれば素早くドアを閉めるサーシャが、何故か扉に触れたまま固まった。驚いたようにフニを見つめ、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「……?どうかしましたか、サーシャ。どうぞ中へ」


「どうかしましたか、って……。ご自身で気づいていないのですか?」


「何の話です?」


 辛そうに顔を強張らせるサーシャを見て、「ボクは何か変なことをしただろうか?」と不安になる。だがフニがその答えに行き着くよりも早く、サーシャは答えを口にした。


「――泣いておられますよ。今も涙が、止まっておりません」


「……え?」


 フニは自分の頬に触れてみる。すると、確かに一筋の濡れ跡があった。


「あっ、や……これは」


 なんと言って誤魔化せばいい?欠伸をしたとでも言えばどうにかなるか?いやそれもよりもまず、この大粒の涙を止めなくては話にならない。


 フニは慌てて瞳を拭った。止まらぬ涙をどうにか抑え、流れた涙を全て拭き取れば、きっとサーシャは何も見なかったことにしてくれる。

 拭って、拭って、拭って、拭って拭って拭って拭って。


「……あれ?」


 でも、何度拭っても終わらなくて。


「……もう良いのです、フニ様」


――不意にサーシャに抱きしめられ、また涙が溢れた。


 冷え切った身体が暖かさに包まれる。陽だまりのような、優しい匂いがした。


「大丈夫ですよ。このサーシャは全て分かっています」


 フニの涙は、サーシャの肩に次々と水跡を落とす。堰を切ったように涙は溢れ、同時に我慢していた言葉も溢れた。


「……皆。皆が、ボクに期待してる」


 声が震え、


「……ボクが、ギルヴァに勝つのを……皆が待ってる」


 視界が霞み、


「……でも、ボクではギルヴァに勝てないんです。リガミア様がそう言うのです」


 手足に力が入らなくなった。


「ボクは……ギルヴァに挑むべきなのですか?殺されるだけだと分かっていても、皆のために挑むべきなのでしょうか?」


 これは質問の形をしているだけの、ただの弱音だ。答えはとっくに決まっていた。


「嫌です……っ、自分から死ぬなんて嫌ですよ……っ!」


 死にたくないから挑まない。


「……でも、でも!皆の期待を裏切り続けるのも、同じくらい嫌なんです!ボクが弱いせいで、殺される人を見るのが辛いんです!」


「……フニ様」


「ボクはどうしたら良いんですか……っ、どうしたら楽になれるんですか!?『貴女にしか出来ない』なんて言われても、ボクにだって出来ないんですよ!『助けて』なんて頼まれても困ります、ボクだって助けられるものなら助けたい!」


 どうしていいか分からなかった。


「ボクは普通に生まれて、普通に幸せになりたかっただけなのに!なんでこんな、『第二位』なんて……」


 その称号は、ただ心を痛みつけるだけの鎖である。

 お金なんて要らない。強くなりたいなんて願ってない。


「サーシャ。……ボクはいくら幸運のアイテムを揃えても、ちっとも幸せになれないんです」


 サーシャはフニを抱きながら、改めてフニの部屋を見回してみる。あるのは用途も不明なゴミの山だ。しかし誰がどう見ても不必要としか思えないそれらは、フニが手を伸ばせる最後の藁だった。


 フニの嗚咽に合わせ、ゆっくりと背中を撫でる。


「今日はもう寝ましょう、フニ様。……少し、余計なものを背負いすぎですよ。フニ様が国の問題を一人で抱え込まねばならない道理なんてありません。貴女は人より強く生まれてしまっただけで……まだ、幼い」


 それでも泣き続けるフニを、サーシャはずっと抱きしめた。大丈夫です、大丈夫です、と言い聞かせ続けるのだった。


 そして小一時間が経った頃。泣き疲れたフニは、小さく寝息を立て始める。サーシャは眠るフニを優しく抱き上げ、ベッドに寝かせた。


「……フニ様はゆっくりと休んでいてください」


 最後にフニの頭を軽く撫で、サーシャは部屋を出ていった。決してフニを起こさぬよう、欠片も扉は鳴らさない。


「全て私に、お任せを」


 廊下を歩くサーシャの瞳は、決意の色に燃えていた。



――『第七位』サーシャ・ミシュナイト


 彼女もまた、『第一位』に挑む権利を持っている。


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