旅立ち
「今までやってきたVRゲーは何だったんだって思うくらいリアルだったな」
黒い粒子を見つめながらツバサは呟く。
ナイフがウルフに触れた瞬間。咄嗟に力を入れてナイフを握らなければ、ナイフを手放していたかもしれない。
ウルフと交差した時、衝撃の判定があった。こんな事は今までのゲームには無かった。ツバサが今までプレイしたゲームには差はあれど攻撃判定の有無と回避行動の有無しかなかった。フリユピには攻撃判定の中に事細かな計算式があるかもしれない。
ドロップしたアイテムを腰についている道具袋に入れ、再び周囲を散策する。ウルフを見つけては狩る。それを繰り返して感覚を掴む作業した。
ツバサの直感通り、ナイフを持つ手に力を入れないでウルフに攻撃すると弾かれてしまった。腰を落としてどっしりと構えた時と手振りではダメージに大きな差があることを発見した。
(始めたばかりだから何とも言えないけど凄いゲームだ。難易度高く感じるな。けどやり甲斐もある!)
楽しい! 純粋にそう思える。間違いなく神ゲーだ。そう直感するほどにワクワクする。戦闘を楽しみながら、フリユピの世界を巡ろう。そう心に決めた。
ツバサは聖都アスチルベに戻り情報収集を始めることにした。世界を巡るにも出来る事なら人の少ない場所から回りたいそう思ったからだ。2週間遅れということもあって行く場所行く場所人だらけでは面白みに欠ける。そんな考えから始めた情報収集は想像以上に早く進む。
フリージア大陸は聖都アスチルベを中心として見ると、東西南北にそれぞれ特色のある地域に分けることが出来る。
まずは北部。
平原地帯が続き、所々に強風によって進むことの出来ない場所がある。2週間経った現在、プレイヤー間でケンタウロス族の遊牧民を見たという情報が出回っていた。平原を越えると今度は活火山が多数ある山脈地帯になるらしい。まだ遠目で見えるだけで到達したプレイヤーはいないとか。かつて魔王との戦いで多少の影響を受けてしまった地域があり、禍々しい地域もある。
次に西部。
聖都アスチルベの周囲、聖女レティシアの加護の恩恵を受けた土地のように資源豊かな土地が広がる最も裕福な地域だそう。かつての魔王との戦いの影響はほぼ無く、NPCの国々があちこちにある。最西端には海が広がっている。聖都アスチルベの住人からもまずは西部を目指す方が良いと勧められることもあって2週間経った現在では最もプレイヤー人口が多いらしい。
次は南部。
水が少なく、雨もあまり降らない荒野地帯と砂漠地帯が続く。多くはないがオアシスがそこそこある。山あり谷ありの高低差の激しい地域があちこちにある。プレイヤー情報では見つけるのは一苦労だが、ドワーフ族の営む国があるらしい。かつての魔王との戦いで北部と同程度の影響を受けた地域があるとか。最南端には西部から続く海が広がっている。
そして東部。
聖女レティシアの加護を受けた東部の街までは自然豊かだが、そこから更に東へ進むと草木がだんだん寂しくなり、更に進むと沼地や黒い森などの薄暗い地域へと変わるらしい。魔王と戦った中心地で最も影響を受けてしまった地域だそうだ。最東端にはもはや何も無い土地があるだけで人が住める土地では無いという話を聖都アスチルベで聞くことが出来る。
フリユピには浮遊大陸もある。けれど移動手段が失われているらしくただただ未知の大陸となっていた。
「人口順にすると西部が最多で北部南部がほぼ同数、そんでもって東部が最小か。うーん今から西に行っても人だらけか……最西端にも到達したスクショが上がってたし、まだ見ぬ大地をってのは難しそうだなあ」
攻略サイトや掲示板を流し見して、西部を候補から外す。
「2週間遅れってのが足引っ張ってんなー……それに東部のモンスターが強すぎて倒せないからって北部南部に流れてるのか。今から行っても……いや攻略サイトとか掲示板を見なければ……MMOやっててあれだけど人と余り関わりたく無いんだよな」
ネトゲの人間関係にいい思いがないと唸る。アイテム関連の問題、取引関連の問題、パーティ攻略関連の問題、ギルドやクランの人間関係問題。思い出せるのは、嘘をつかれ、詐欺に遭い、足を引っ張るなと怒られ、喧嘩や運営方法の在り方等々による崩壊。良かったと思えることよりも嫌な思い出の方が上回る。
げんなりしながら北部南部も後回しかなと、候補から外した。
「ほぼ何も無い東部……か。人口が少ないらしいし、情報も殆ど無い。行ってみるか。モンスターに勝てないなら逃げて回ればいっか」
掲示板の書き込みはモンスターが強すぎて進めないやら、装備が整った前提の攻略難度だとかそんなのばかりだ。西部の掲示板と見比べると一目瞭然。勢いが天地の差だった。プレイヤーがいたとしてもソロか、情報共有をしないような身動きプレイヤー達が多いのだろうとツバサは考えた。
もし自分で攻略出来ないのなら他のプレイヤーと同じように北か南に流れればいっかと楽観的な考えもあった。ゲームなのだから何も問題はない。思うがままに楽しむつもりのツバサだった。
数匹分のウルフから取れた素材を適当なNPCの店で売り払い僅かな金を手にして東部へと続く街道へ向かう。門を通り抜け、街道を走る。
「おっし! 行くぞ!」