灰色の大地
吹き飛んだ。追いかけられた。狙われた。襲われた。
「いーーやーーやーーめーーろーー」
言葉に表すことのできない奇妙な叫び声を聞いた。5メートル、10メートルはあろうワームに吸い込まれそうになった。そのワームを突き破って襲ってくる獅子に噛みちぎられそうになった。
「これでも喰らえ!」
あまりにも弱々しい光の矢が獅子とは別のモンスターを刺激した。悪魔のような翼を持つ人型のモンスターが頭のないリビングアーマーを大量に引き連れ追いかけてくる。
「あぁぁぁ!?」
その群れに引き寄せられた3メートル程はある筋骨隆々の悪魔が高密度の闇属性魔法を放つ。吸引効果のある魔法なのか、次々とモンスターが巻き込まれ吸い込まれていく。
ツバサは必死の思いで難を逃れるが、大爆発を引き起こした魔法が、吸い込まれたモンスター達を辺りに散らばらせる。モンスター達にとってその魔法は気に留めないような小事でしかない。
ツバサにとっては大事だ。周囲に散らばるモンスター達が四方八方からツバサを狙い出す。気を抜けば、気を抜かなくても運悪く命を落としかねない状況の中、必死に逃げ回る。
筋骨隆々の悪魔はそのツバサを嘲笑うかのように、手を横に薙いだ。極夜の渓谷でも見た、凶悪な斬撃。それを更に範囲を広くした闇属性の斬撃だ。
周囲にいたモンスター諸共巻き込むその斬撃はツバサの血の気が一気に失われるほど。しかしモンスター達にはやはり、些細なことでしかないようだ。吹き飛びバラバラになったリビングアーマー達の鎧の体は元の形へと修復されていく。再びツバサは追いかけられる。
それは、ツバサが灰色の大地に入って1時間前後の出来事。ツバサはただ逃げ続けるしかできなかった。
ツバサは自分が死ぬまでは進む。そう決めて進み続けた。それから既に2日は経った。ツバサを追いかけ続けていたモンスター達の姿はない。なんとか走り続けて振り切ったか、モンスターが取るに足らない相手として無視することを選んだのかそれはわからない。
灰色の大地入口付近の外枠。モンスター達はそこに防衛ラインを敷き、来るものを襲っていたようだ。灰色の大地から東部地方の各地へ流れていくモンスター達かもしれない。その分厚いモンスター集団の壁を通り抜けた先にツバサはいる。
灰色の大地。それは全てが灰色に染まりきった大地。全ての色が消え失せて灰色と化した大地。日の光も、夜の暗闇も、時間すら忘れ去られてしまったような灰色の大地。辛うじてモンスターが色を持っているくらい。
ツバサはその灰色の世界を彷徨う生きた亡霊のよう。死後の世界に生者が迷い込んだと思えてしまうほど、ツバサは場違いな存在に見える。灰色の大地にとって、モンスターこそが世界の住人。ツバサこそが侵略者。排除しようとするモンスター達が正しいと思えてしまうような、そんな場所。全ての価値観が真逆に変わってしまう、そんな場所。
それが灰色の大地。
「ふぅ、何かあると思ったけど。本当に何もないな」
灰色の大地を歩き続けて早2日。ゲーム内時間なら6日、7日経ってるはずだ。なのに歩いても歩いても灰色一色。カミン沼地のように底なし沼がある訳でもない。ただ平面なフィールド。開発者がフィールド制作を後回しにしたって言えば納得できるくらい何もない。
徘徊するモンスターが浮いて見える。歩いてる俺が場違いと思える。多少昼と夜で明るさが若干違うかなって首を傾げることができる程度か。あまりにも何なさすぎて今すぐ帰ろうか迷うレベル。探せばもしかしたらダンジョンの1つや2つあるかもしれない。でもこんな馬鹿みたいに広い場所を何の目印もなしに探し回っても見つかる気がしない。それだけ何もない。
「ただ歩きまわるだけでダンジョン見つけるって、宝くじ1等を当てるくらいの確率だろうな」
なーんもない。あるのはせいぜい、俺がわざわざ遠回りするしかないって決めたどデカいモンスターくらい。
やたらデカい影が見えるなぁって近付こうとしたら、斬撃飛ばしてきた。まだモンスターの姿形がハッキリしないくらい遠いところから俺を感知して斬撃飛ばすんだぜ。1キロ……いやいや、10キロ……もっとかもしれない。そこから飛ばしてきた斬撃が俺目掛けて飛んでくる恐怖。必死になって真横に走ったね……カス当たりすらしてないはずなのに衝撃だけで9割持ってかれた。ありゃあレイド級モンスターだ。感知範囲が馬鹿みたいに広いから遠回りするしかなかったわけ。
灰色の大地来てから斬撃のオンパレードさ。やんなっちゃうね。灰色の大地を徘徊するモンスターはほぼ間違いなく遠距離攻撃手段持ってる。こっちはステータス激減してるけど、モンスターはステータス激増してる。今の俺には勝ち目ない。
それと、灰色の大地仕様なんだろう。退魔アイテムの効果半減ですわ。退魔の石が2時間しか効果ないのは正直厳しいと思います。重ねがけして効果時間延長できないからな。手持ちの結晶も4時間。やんなっちゃうね。俺はもはや安全確保なんて諦めた。落ちる直前にアイテム使うけど、インする時は祈るしかない。もしインした時に開拓村に戻ってたらそれまでですな。
そこから更に3日が過ぎた。東へ、東へ、ツバサの持つ目標は既に達成している。けれどツバサは東へ歩み続ける。何かあるかもしれないと、モンスターとの遭遇をできる限り避けて進む。
「何もない……何も……」
ツバサは歩くのをやめた。見渡す限り灰色。それ以上でもそれ以下でもない。聖都アスチルベは感動の連続だった。再生都市ディフィカルトも人の営みを見ることができた。開拓村フューチャーも必死に生きる人の姿があった。
灰色の大地。そこにはその全てが失われている。ただモンスターが徘徊するだけの何もないフィールド。ツバサは心の中に沸き起こった1つの感情を口にする。
「寂しいな」
フリユピの世界にこんな場所があってほしくない。そんな気持ちが寂しいと口にしてから沸々と湧き上がる。東部地方の人々は東部再生を掲げて日々を過ごしている。その記憶がツバサに1つの決意を促した。
「ここを自然豊かにしよう」
ツバサは灰色の大地に足を運び決断した。灰色一色の何もない大地に彩を加えようと。ツバサの1つの目標は達成した、そして新たな目標を見出した瞬間だった。




