極夜の渓谷
黒き残影の森。なんて恐ろしい場所!
てことはなかった。獣道に近い道をすたこらさっさ。歩いてたら別れ道、目の前にまた看板。なんで看板あるんだろうって思わなくはないけど、開拓村の人が立てたんだろうね。
看板には黒き残影の森と極夜の渓谷って書いてある。マップの方角的に、灰色の大地が目的なら黒き残影の森は立ち寄る必要ない。北側が森、東側が渓谷。西側が俺が通ってきたカミン沼地。南側は道すらないからわからん。たぶん渓谷に着くか、沼地に着くか行き止まりかだろう。
いやまぁしかし、うん。森、黒すぎて真っ暗。昼なんだけどね。俺のいる場所森の外側、入口付近。木漏れ日が差し込んでいても暗い。入口付近が暗いのは魔の瘴気のせいだろうけど、森の中が暗いのは魔の瘴気のせいじゃないな。
地面、黒土。黒土から生える植物も黒い。木も全体的に黒い。針葉樹……杉かな。葉まで黒い杉が森全体を覆い尽くしてる。日を完全に杉の木が独占してるね。それに魔の瘴気の黒い霧がプラスされてザ・黒って感じか。
ワオーーーン
犬の遠吠えが聞こえる。1匹2匹どころじゃないな。10……20……もっとか。下手したら100はいるかもしれない。
「俺の目的は森じゃない。灰色の大地だ。極夜の渓谷行ってみるか」
いずれクエスト受けたりして来るかもしれないけど、それは今じゃない。危険だとわかる森に立ち寄ってる余裕なんてないだろうからな。気まぐれで森に入って開拓村に死に戻るなんて勘弁。死に戻るなら灰色の大地を目指して戻りたい。
さらばだ黒き残影の森。
まだ昼だ。なのに暗い。どこまでも暗い。黒き残影の森から完全に抜け出したのに暗い。
極夜の渓谷だっけ。極夜ってのは確か1日中太陽が登らない日って意味だよな。そのくらい暗い渓谷ってことか。沼地と森が平地なら、この辺はだんだん上り坂になる山地。渓谷なんだから当たり前か。
「あぁ……これ。カミン沼地よりステータス下がってんな」
黒き残影の森付近でも感じてたけど、極夜の渓谷に近づくたびにステータスが下がっていくことを自覚できる。
魔の瘴気ってやつが、ねっとりと絡みつくような不快な感覚。カミン沼地や黒き残影の森じゃ感じなかった不快感。ステータス画面には表示されてないけど、これ俺のステータス半分くらいデバフで減ってないか?
なんとなくそんな気がする。影響がなかった開拓村と今いる極夜の渓谷付近で全く違う。初めてフリユピにログインした時と同じ、レベル1になった気までする。
集積10秒の光の剣も弱々しい。能力激減してる今、モンスターと出くわしたら勝てる気がしないね。そそくさと進もう。大胆にな!
「ふぅ――ふぅ――ようやく登りきったか。おぉ……」
ここが極夜の渓谷。頂上みたいなもんだな。ここから先は下り坂。
景色を見ると不思議と鳥肌が立つ。まとわりつくような魔の瘴気とは違う意味で。
魔の瘴気の濃い黒い霧で日の光がほぼ遮断されてるこの場所。どんよりとジメジメしたような雰囲気。なのに、黒一色じゃない。大昔、魔王が現れる前は自然豊かな大地だったんだろうなって思わせてくれる。下を向いてて、数も少ないけど、いろんな種類の花が咲いてる。呪われたように見えるけど、木々もある。
水も流れて……あれは水か?
「いや、水じゃない。灰色?」
黒い、濃い黒い霧に覆われているのに、渓谷の遥か先は灰色に染まってる。この渓谷は灰色の大地との境界線になってるんだ。水だと思ったものは灰色の……砂? 砂ですらない。灰色のナニカだ。俺の持ってる知識では言い表せないナニカだ。
魔の瘴気は可視化できると黒い。でも更に濃くすると灰色になるらしい。濃くなりすぎて見えなくなるのか。魔王との戦いの余波を受けた場所、その境界。それが極夜の渓谷に現れてる。
黒と認識できるだけマシ、それを超えると灰色になる。灰色になったナニカは砂よりも細かくサラサラで、静かに音もなく灰色の大地に流れてく。
「魔の瘴気の侵食って言えばいいのかな。灰色の大地は広がってるのかもしれない」
たぶん、道具屋の兄ちゃん達はここまできて引き返したんだろうな。サラサラ落ちてくる灰色のナニカを持ち帰って、実験してるんだ。
もっと進むか。灰色の大地に行くまではいい。帰りは大変そう。長く続いてる渓谷を登ってこないといけないんだから。
なんていうかこう……ふざけてられないね。真顔になる。悲しい気持ちになるけど魅入られる景色。どこか幻想的……いやファンタジー系のゲームだから当然だけど。
「げっ!?」
地面が抜けた!? 落ちる!
「ここまできてまた死ぬのは嫌だぞ!!」
ボフッと柔らかい灰色のナニカがクッションになって助かった。結構落ちたぞ。
安全だと思ってた地面は崩れやすかったらしい。灰色のナニカが周囲からサラサラこぼれ落ちてる。灰色のナニカの感触は砂だ。海の砂浜の砂を更に細かくしたような柔らかい砂のようなもの。
ふむ、何か強い衝撃で抉られたような穴。地面だと思った場所の下は空洞だった。辛うじて保ててただけの地面だったらしい。
とりあえず出る――
「何だ――モンスター!? ヤベ!!」
もう攻撃モーション入ってる!!
何をする?――剣を持ってる――かなり距離があるのに――体裂かれる!! 今すぐ伏せろ!!
「うおお!?」
直感で伏せて正解だった! なんだアイツなんだアイツ。後ろの壁抉り取られてる!
「っ!? 別のやついるじゃん!!」
火の玉?――複数――数えてる暇ない。1発でも当たったら死ぬ――感覚でわかる――火の玉に囲まれてた――とにかくここから離れろ!!
火の玉から抜けれた。でもあの魔法続きがある!
「爆発するのかよ!!」
悪魔っぽい剣士と杖持ったワイト? たった2匹。本当に2匹だけか?
うっは! 考えてる余裕ないわ! どっちも遠距離攻撃持ち。遠距離の斬撃と凶悪な火属性魔法どっちがいい?
「どっちもごめんだ!!」
わかる。考えなくてもわかる。本能でわかる。今までの経験でわかる。アイツら1匹でも勝てない。魔の瘴気でステータス下がってるとか関係なしに今の俺じゃ勝てない。アイツらたぶん、単体でマザースコーピオンスパイダーより強い。
装備が足りない、レベルが足りない、フリユピの理解度も足りない。東部地方、再生都市周辺、開拓村周辺、全部イージーモード!
「急に! 強く! なりすぎ――だろ!」
カスあたりで2割3割削られる。直撃=死。間違いない。ヒールかけながら逃げるので精一杯だ。
空間が歪む? 魔法かこれ。あっこれ爆発するんですね、わかります。HP残るかな……。
「のわーー!?」
ぐえっ! グホッ!
「ゲホッ――ゲホゲホ――生き……てる」
爆風で吹き飛ばされて、衝撃で地面に叩きつけられて、体痺れて動けません。あの2匹が俺を認識して、追いかけて来てたら詰み。必死に逃げ回って、爆発に吹き飛ばされ回って、いつの間にやら、極夜の渓谷の麓というか下層というか、ほぼ灰色の大地に着いてる。灰色の大地側から見ると渓谷が濃い黒い霧に覆われていて地形が全く見えない。
「……行きは良い良い帰りは地獄ってか」
モンスターが来ない。俺を見失ったか、ほっといても他のモンスターに殺されると判断したのか。わからないけど。
「助かったか」
もはやこの辺りは俺が来ていい場所じゃない。そんな場所に俺はいる。目的地に着いたは着いたのか。これからどうしようか。




