カミン沼地の法則
慎重な男ツバサは死んだ。今の俺は大胆且つ慎重な男ツバサ! カミン沼地の攻略に失敗し続けてしまった過去の俺は死んだのだ!
カミン沼地へ行くために消費した日数は3日。底なし沼に落ちること3回。どうやら俺は慎重という言葉を利用した、ただのチキン野郎になっていたらしい。
「これが4度目の正直。今度こそ攻略してやる!!」
俺は冒険者。危険だらけの未知の領域を突破し、その先にある世界をその目に焼き付ける男! 底なし沼がなんだ!? 恐るな。突き進めツバサ! 俺は、大胆且つ慎重な男――ツバサだ!
俺は大胆に入口からカミン沼地に入った! そして! 慎重に周囲を見渡し、1歩も動かないと決意した!
「さて、調べるか」
カミン沼地。魔の瘴気が目視できるほど危険な土地。ここから先、灰色の大地まで常に魔の瘴気と共にある。ここに来るのは4度目。流石に目は慣れた。
カミン沼地全体は見渡す限り泥。茶色のみの一色だけ。空気中に薄い黒い霧がある程度。入口からじゃ見にくいけど輪郭を捉えることができれば、泥岩や泥に塗れた草木が見える。
入口は大きい道。少し進めば小広場に着く。そこから幾つかに分岐する。狭い道と広い道。その道の先には大抵、大広場か小広場に続いてる。大抵ってのは狭い道の先は底なし沼……簡単に言えば行き止まりがあるってことだ。
頭の中にあるこの知識は、チキン野郎だった過去の俺が木の棒をコツコツ突いて進んだ成果とも言えるな。
もちろん、小広場や大広場に着いてもその先がない場合もある。薄い黒い霧と茶色一色のせいで自分の立ち位置がわからなくなったり、迷ったりする。カミン沼地はそういう沼地。
マップはある。でもマップは完璧じゃない。穴埋めすれば事細かに表示される訳じゃない。フリージア大陸の地方ごとのマップに分かれているだけ。大雑把に街が表示されたり、地形によって色分けされてる程度。カミン沼地だったら茶色一色だな。
底なし沼とそうでない場所が詳細に書き込まれることはない。通った場所なら見たこともない隠しエリアが表示されることは絶対にない。宝箱とか素材収集場所が自動で表示される訳でもない。
「自分の判断でやれってことだな」
ここに、羊皮紙と羽ペンがあります! これでカミン沼地の地図を書くぞ! 絵心ないんだけどさ。やっておいた方がいいかなって思って用意したよ。
カミン沼地に行く前の準備で道具屋に立ち寄った時に気になったんだよね。
何も書かれてない羊皮紙って何に使うの?
って道具屋に聞いたら、ええっと〜なんて少し困惑しながら丁寧に教えてくれた。何書いてもいいってさ。そりゃそうだと思いながら道具屋の話聞いてたら。
自分の歩んだ軌跡を記してもいいって。まだ確立されてない技術を残す。冒険者だったら未開の地を書き記す。ダンジョンの詳細を記す。だから必要だと思うなら何書いてもいいって。
カミン沼地の地図自体は冒険者ギルドが残してるんだってさ。大雑把だけど、通り抜けるくらいはできる地図あるって言ってた。昔、道具屋の兄ちゃんもカミン沼地の先に行ったことあるって言ってたもんな。そりゃあるよな。
下調べしないで突撃した俺はもう後に引けなかった。3日無駄にした後に地図手に入れるなんて……悲しすぎる。俺の3日の移動時間を無駄にしたなんて思いたくない。だから4度目の正直。これでダメなら素直に地図買います。
じゃ、まずこれまでの失敗を踏まえた知識を羊皮紙にまとめるぞ……カミン沼地の入口手前で!
「宿屋でやっとけばよかったな……」
泥だらけってことと、魔の瘴気で薄い黒い霧が出てること、俺がエンカウントしたモンスターのこと、泥岩と泥に覆われた草木があること……。
「ふぅ」
殴り書きだけど、今はこれでいい。さてもう1度カミン沼地入口へゴー。
泥一色、茶色一色だとはいえ、じっと目を凝らして見れば、モンスターとか物の輪郭を見分けることができるんだ。地面と底なし沼を見分けることもできるはず。
「ん? ん〜?」
入口は広い道。両脇は底なし沼。用意しておいた木の棒でも確認出来る。ちょっと――ちょっとだけ色合いが違うか? 底なし沼が濃い茶色で、広い道は茶色。うーん誤差。
遠目だと薄い黒い霧が邪魔して見えない……でも、自分の周囲1メートル位は判別できる……のか?
「何度も通えば――わかるかもしれない。」
東部地方だから難易度高いし、ヒントはこれだけね。って言われたらそれまでだけど、もうちょっとあってもいいよな。
モンスターが来るかもしれないから、いつでもカミン沼地から出られるようにって入口から眺めてたけど……小広場行ってみるか。
行きと帰り、見る方向が違えば景色も全く違って見える。入口から見た沼地、沼地の中から見た入口。新しい何かが見つかるかもしれない。
何が変わるかな――おっとモンスター。
初めてエンカウントした鳥系モンスターもやっぱり嫌がらせ特化だった。特攻してくちばしで底なし沼に落とそうとする。光の矢……光の矢がまともに使えれば……!
倒したモンスターのことはいい。小広場から入口を見てどうだ。魔の瘴気のせいでくたびれた大地、広い道……道の範囲が分かればそうそう沼にハマらないな。落ちたやつは相当運がなかったってことだ。
くたびれた大地とカミン沼地の境目は、水分をたくさん含んでる。踏めば水が滲み出るくらいには。道には何もなくて、底なし沼には草木が、浮き草がプカプカ浮いてる。ふむ。
「そういえば……歩いてきた道に植物生えてたか?」
あっれ……記憶にない。底なし沼に気を配りすぎて周りの景色なんてほとんど見れてないな。たまに顔上げて見たくらいか。
とりあえず今は、周りの草木の輪郭を追えばいい。周りの景色は立ってる小広場と道以外、草木が生えてるな。間違いない。
植物は魔の瘴気に弱いとかなんとか言ってた。だから俺の背よりずっと低い。茶色一色で見にくいけど、それなりに浮いてる。なのに広場や道には生えてない。
もしかしてビンゴか?
「はぁぁぁぁぁ〜〜」
底なし沼にいきなりハマって開拓村に戻されたから、沼にばっか目がいってた。いや、それでも気付ける人はすぐ気付くだろうな。
正解引き当てると途端に視野が広くなるやつ。霧が晴れたような感覚。薄い黒い霧はあるけどね。今なら茶色一色のこの沼地も鮮やかに見えるくらいはっきりわかる。
底なし沼の位置、植物の位置、狭い道、広い道、小広場、大広場。くっきり、はっきり、輪郭を捉えられる。細かい部分は違うかもしれないけど、自分の周囲見れば底なし沼とそれ以外の色合いが違うのはもう把握してる。念のため木の棒で確かめて見ればいい。
「沼地の法則理解するとここまではっきりわかるのか。俺の3日はなんだったんだか」
いや、考えを変えよう。3日かけたからここまでわかるようになったんだ。冒険者ギルドから地図を買ってたら、わからなかったかもしれない。そういうことにしよう。
カミン沼地を理解した。でも理解したからといって底なし沼に落ちないなんてことはない。安全を優先しよう。モンスターに襲われても大丈夫なように極力広い道を進んで行けば、そうそう落ちることはない……はず。
広い道を進んで、広場に着いたら、周囲を見て、底なし沼と道の判別。理解してるとよくわかる。不自然にならない程度に植物のある場所とそうでない場所がある。浮き草がプカプカ浮遊して、気付きにくくしてるな。理解すると逆に目印になってる。
茶色一色で距離感掴みにくくなってるから、広い道が却ってわかりにくい。広い道の先に必ず植物が見えるのが余計にそう思わせるように仕向けてるというか。目の前は底なし沼かもしれないぞってね。
確信してるけど、間違ってるかもしれない。木の棒を持ってきてよかった。木の棒無くしても、魔法で光の棒を作ればいい。実証済みだからな。無駄じゃなかった。そう、無駄じゃなかった!
狭い道を通ればショートカットできるような場所もちらほらあるね。モンスターに囲まれたら詰む可能性高いから今回は通らない。安全第一。広い道を経由して進めるなら遠回りでも広い道を通るべきだ。死んだら1日の移動を無に返すから。
「ここは……そうか。もうここまで来たのか」
泥岩がたくさんある広場。沼地の中央付近と見ていいかな。この辺に――あった。狭くて長い道。ここを進むと忌々しい沼地の主がいるんだ。いきなり底なし沼に投げたこと忘れてないからな!!
今の俺の目的は灰色の大地。お前じゃない。いずれ倒してやるから待ってろよ。
広い道を探して進んで、モンスターを倒して、広い道を探して進んで……。
「あれは……木? ほとんど植物が育たないとか研究者が言ってたよな。立派な木が生えてるじゃん」
カミン沼地の出口が近くなってきた証拠だ。薄い黒い霧のせいか木が黒く見えるけど、周りに泥と俺より低い植物しかなかった頃より確実に進んでる実感が湧いた。
迷子になりやすいからな俺。同じ場所ぐるぐる回ることよくあります。でもちゃんと進めてたみたいで安心した。
「これは……黒い霧のせいで黒く見えてたんじゃなかったんだな」
カミン沼地の出口が目の前に! そして新たな大地が目の前に! 立派な木々が生い茂っていますよ。次は森か。灰色の大地にかなり近づいているはずなのに、かなり大きな森っぽい。
とりあえずカミン沼地を出るか。最後の最後で底なし沼が! みたいなこともなく、無事突破できた。
「うおっしゃー! 突破したどー!!」
忘れないうちに攻略法と地図書いとこ。底なし沼には植物がある。植物がない所が人が歩ける場所。底なし沼の有無は浮き草で判断できる。カミン沼地を通り抜けるだけなら広い道を探して進めばいい。沼地の主は沼地中央の狭くて長い道の先にいる。妨害系モンスターが生息、狭い道での戦闘厳禁。
地図〜地図〜こんなんだったな。2箇所狭い道でショートカットできるかな。広い道を経由するとS字っぽい。
「フッ! センスないな!」
小学生の落書きかな。恥ずかしくて他の人には見せられないね。俺がわかればそれでいいからいいのだ!
即死判定の底なし沼から解放された。緊張して気付かなかった、急に疲れが……。
あ、黒い森の近くに看板ある。なになに?
『黒き残影の森』
ふーん。特に感想なし!
カミン沼地も見えなくなったし、この辺でいいか。退魔の結晶使って、今日はお終い。明日、この森の攻略に勤しむとしようか。




