街道ー初戦闘
いやいやいやいやいや
馬鹿な
どうして?
何を間違えた?
神殿前にいた周囲の人々がツバサの声に反応して怪訝な顔を浮かべているが、ツバサはそれどころじゃなかった。自分の理想の女性を体現する為に5時間以上を費やしたというのにツバサの目に映るのは男の姿。
黒髪に赤い瞳、これはツバサが作ったキャラクリの設定がそのまま反映されていることの証だった。
それ以外の体格は女から男に変更されただけのもの。女の身長を160に設定したはずだが、男に変更したことで初期設定に戻ったのか170に変わっていた。
細かい設定部分はそのまま引き継がれているらしく、手が無駄にきめ細やかでスベスベな手触りだったり、男らしい筋肉質な体はどこへやら……華奢な体つき、言い換えれば柔軟な体だ。女装すれば男とは気付かれないかもしれない。
(なんで? いや待てよ。キャラクリしてその後は……登録した前後の記憶が……まさかな。いやありえるな)
寝ぼけてた。うとうとしてた。それを覚えていた。登録する前に無意識に男に変更してしまった可能性がある。システムが性別変更を認識した可能性がある。
キャラクリをやり直すべきかどうか悩みに悩み、ツバサは肩を落として諦めた。
「5時間もかけてやり直したくない」
大きくため息を吐いて空を見上げる。
(いい天気だな〜雲がしっかり動いてるな〜自動生成かな〜はぁ〜〜)
やらかしてしまったものは仕方がない。気持ちを切り替え周囲を見渡してみる。
ゲームによっては描写制限にかかり、遠くの景色がぼやけたりする。けれどFreedom Utopiaはその制限が無いようだ。制限にかかっているかもしれないが、それを感じさせないのは技術力の高さを表していると言っていい。
プレイヤーとNPCの動きもラグがあるようには見えない。周囲にある建造物や整備された道も彩りを加える植物もはっきりくっきりだ。
(う〜ん! 宣伝通りのリアルさだ! リアルと大差ないどころか、こっちがリアルだと思い込んでもおかしくないな! フリーダムユートピア恐るべし。んー、フリユト――ダムピア――フリピア。フリユピでいっか)
ゲーム内の雰囲気を堪能しながら、聖都を歩く。
フリユピを始めた初期プレイヤーはこの聖女レティシアのいる聖都『アスチルベ』の神殿がスタート地点となる。聖都アスチルベはプレイヤーの操作方法を学べる都のようだ。
聖女の話を聞いた後、聖都にある施設やNPCを利用すればフリユピの知識を深めることが出来るようになる設計らしい。
(任意でチュートリアルを続行するか否かを選べる訳か。調べるのは後だな。とにかく外に出てモンスターと戦ってみよう)
聖都アスチルベの入り口付近の道は整備されていて、石道となっていた。モンスターもほとんどいない。いたとしても聖都アスチルベの門を守るNPCの衛兵に瞬殺されるか、街道に大量にいるプレイヤー達の手によって倒されてしまっていた。
(2週間経っていてもプレイヤーで埋め尽くされちゃうくらいには人がいるな。出遅れてこれだから人口多いんだろうな)
期待と不安の入り混じった表情で辺りを見渡し、人のいない場所を探して街道から外れていく。
あちこちを移動すること30分。プレイヤーがまばらになり、ようやくモンスターを見つけ出した。
フリユピ初モンスターは狼だ。モンスターネームは表示されていない為見た目で判断しているだけだ。
(名前もHPも何もかも表示されてないや。俺を見て警戒してるからモンスターのはず。見た目通りウルフでいいのか?)
初期装備として聖女レティシアから譲り受けたナイフを構え、ジリジリとウルフへ近付く。距離が近付くほどウルフは毛を逆立てて威嚇し、声を大きくする。
「グルルルル!」
ゴクリと唾を飲み込む。凶暴な犬に自分から近付くような緊張感がある。ゲームだとは思えないほどだ。体がウルフの威圧で緊張しているのがわかる。鳥肌立っているのがわかる。冷や汗が滲み出ているのがわかる。
一歩――いや半歩近づいた瞬間、ウルフが僅かに体に力を入れ、大きな口を開けて飛び出した!
一度噛み付かれれば死んでも離すのに時間がかかると思えるような鋭い牙を見せながら飛びかかってきた。
「うぉおおお!」
極度の緊張とウルフの迫力に気圧され足が動かない!
それでもなんとか避けようと必死になる。首に噛み付かんとしていたウルフからなんとか上半身だけで回避する。しかし大きく避けようとしたせいでバランスが崩れ、手を地につけてしまう。
「ホントに初期モンスターか!?」
驚きを露わにしながら、ウルフを目だけで追う。ウルフは既に次の攻撃モーションに入っていた。
ツバサは動かない体を必死に動かし、四足歩行のように手足をバタつかせて難を逃れる。
(落ち着け! 落ち着け! 落ち着け!!)
ツバサは自分に言い聞かせながらウルフを視界の外に出さないよう注意する。ウルフは既に次の攻撃態勢に入っている。右足を大きく構え鋭い爪で引き裂くつもりらしい。
「簡単にやられるつもりはねえ!」
初戦闘の緊張がようやく解れたツバサは避けるためにタイミングを見計らい、前転し、勢いのまま立ち上がってナイフを構えた。
「ふぅー」
大きく息を吐きながら再びウルフと対峙する。ツバサの額に一滴の汗が流れ落ちる。ウルフの攻撃に合わせてツバサはも飛び出した!
(噛みつき――いや! 引っ掻きだ!!)
ギリギリまでウルフの攻撃を見ていたツバサは見切る! 紙一重で鋭い爪を躱し、ナイフをウルフの攻撃の軌道に置いて振り抜いた!
ツバサの攻撃を受けたウルフの体に横一閃の切り傷が表示されている。ウルフの体がグラついて倒れた。起き上がろうと足掻くも虚しく力尽きた。
「――やったか」
力尽きたウルフを眺めながら一息つくツバサの前で、ウルフは黒い粒子となって消えていった。