巣穴駆除の報酬
マザースコーピオンスパイダーの討伐を成し遂げたツバサ達は戦闘中にはなかった疲労が一気に押し寄せてきていた。これはフリユピの中での話ではなく、現実にある体の影響が大きい。
足取りが重い中でスコーピオンスパイダーの巣穴から外へ出るのはそれなりに骨が折れた。マザーを倒したとはいえ、巣穴にはまだまだたくさんのオスとメスが確認できた。必要最低限の戦闘だけに専念して外へと続く出口を目指すのは、何も考えずに進むより神経を使う。
第5採掘場に辿り着いた時にツバサ達が崩れ落ちるのも無理はなかった。マザー討伐の報告を衛兵にすると、その話は近くで指揮を取っていた衛兵長にすぐに知らされた。
その後、ツバサ達からもたらされた巣穴の情報を元に、衛兵長が調査隊を編成、巣穴へ派遣。マザーが鎮座していた女王の間に調査隊が辿り着き、マザー討伐の事実確認が取れたことで、今回のスコーピオンスパイダーの一件にケリがついた。
ツバサ達は、現在ログアウトすることなく、そのまま開拓村にある衛兵の詰所に足を運ぶこととなった。今は衛兵長の執務室兼寝室の中にいる。調査隊の調査の結果は採掘場の巣穴ということもあり、すぐに報告がやってくるからと説得されたためである。
今、調査隊を任された隊長が調査結果の報告を済ませ、部屋から出て行った。報告を受けた衛兵長は鼻から大きく息を吐いて、視線をツバサ達に向けた。
「待たせてしまってすまなかったね。今しがた調査が終わったところだ」
衛兵長は、衛兵長の机から離れ、来客対応用に配置されている空いたソファーに座る。対面には机を挟んでツバサ達が座っている。座り順に意味はないが、両サイドにマスポンと桜月夜が、真ん中にツバサが座っていた。
ソファーの肘掛けに腕を乗せ、足を組んでいたマスポンが第一声をあげる。
「構わんさ。んで、マザー討伐は成功したって事でいいのか? それとも、俺らが戦ったのはマザーじゃなく、デカいだけのメスだったってオチか?」
そう言うマスポンだが、ドロップしたアイテムにはマザースコーピオンスパイダーの甲羅というように表示されていたため、間違いはないと確信している。
衛兵長もマスポンの話を聞いて、後者の問いを即座に否定するように首を横に振る。
「私から何かを言わずとも確信している事だろう。君達は間違いなくマザースコーピオンスパイダーを討伐した。まずは開拓村フューチャーの防衛を任されている代表として礼を言わせて欲しい。ありがとう」
衛兵長は礼を言い、深々と頭を下げた。柔らかいソファーで姿勢が崩れやすいにも関わらず、一切崩れる事なく綺麗にピンと背筋を伸ばしたままの桜月夜が両手を上げ、横に振る。
「そんな、顔を上げてください。私達は依頼を達成しただけですから」
そんな桜月夜の隣に座るツバサはもうすでに何度もバランスを崩し、背もたれに体重をかけたり足を浮かせたりしている。ソファーが柔らかすぎて深く沈んでしまうらしい。何度も座り直して一度たりとも座り直すことのない桜月夜の真似をしようと必死だ。それでも沈む。
(何が違うんだろう……うーむわからん)
「そうだね、君達は私の依頼を受け、仕事を成し遂げたにすぎない。だが君達がいなければ、君達が依頼を受けてくれなければ、村がどうなっていたのかわからない」
「確かにマザーは倒した。でも巣穴にはまだまだスコーピオンスパイダーはうじゃうじゃいるぞ? 採掘場が村の主要産業みたいなもんだろ。大丈夫なのか?」
「それは微々たる問題でしかない。巣穴の維持に必要不可欠な存在はマザースコーピオンスパイダー。ただ1匹だけだ。あれがいるだけで、スコーピオンスパイダーは半永久的に生まれ続ける。その根本がいなくなれば自然消滅するようなものだ」
衛兵長は部下が用意した紅茶を一口含み、口の中を潤す。
「ふーん。メスがそのままマザーになることもあるんじゃないのか」
「私もマスポンさんが言う可能性は十分あると思います」
マスポンも桜月夜も調査隊が巣穴に出向いている間、3人で雑談したりしながら、マザースコーピオンスパイダーの開示された情報を眺めていた。
その中にはマザースコーピオンスパイダーが倒された後のことも記されている。女王の間が空白となると、メスが女王の間に移動してマザーとなる可能性があるということを。
「君達が危惧している可能性。重々承知しているよ。メスの中には弱ったマザーを食らって成り代わる個体もあるという話も聞く」
「「えっ」」
(眠い……そろそろ限界かもしれない)
ツバサだけは睡魔に襲われて話についていけてないようだが、それはそれ。メスを何度も倒すなり、NPCから話を聞けば得られる情報が衛兵長からもたらされた。マスポンと桜月夜はその情報に驚き声をあげたのだ。
「スコーピオンスパイダーは元々地下に生息するモンスターだ。そして東部地方だけでなく、フリージア大陸全土に生息する。まぁ、あそこまで成長する個体は滅多に見ないがね。研究者の話によると、メスは怠け者が多いらしい。ただ、怠け者のメスの中には働き者もいて、自分で巣を作ろうとする個体やそれ以外の方法でマザーになろうとする個体もいる。そういう話を聞いたことがある」
衛兵長は1度言葉を切って、目を閉じる。今後、村をどのように守っていくかを考えるようだ。頭の中で考えを整理した衛兵長は目を開ける。
「自然消滅するとは言ったが、私達はそれを待つつもりはないよ。採掘場と繋がっている巣穴だ。鉱夫達の仕事が進まなくなるという事情もある。冒険者ギルドとも話をして、積極的に駆除する予定だ。新たな採掘場になる可能性もある巣穴だからね」
「どういうことですか?」
「これだ」
衛兵長は部下から袋を受け取り、それを机へ置いた。その袋から零れ落ちたのは石。
「これは……退魔の石」
桜月夜が独り言のように呟いた言葉を受け、衛兵長は頷く。衛兵長が部下から受け取った袋には、今回行われた坑夫救出作戦の中で回収されたものだった。
「退魔の石、結晶、水晶といった退魔アイテムは退魔の原石から人工的に作られるものだ。ただモンスターの中には体内にこれらのアイテムを含んでいる場合がある。そのモンスターは地下に生息するモンスターだ。退魔の原石は地下からしか採れない。これがどういうことかわかるかな?」
睡魔に襲われているツバサを除き、マスポンと桜月夜は考える。マスポンはすぐに答えが出たようだ。
「地下からしか採れない鉱石をモンスターが何かしらの理由で体内に含んだってことだろ。それが今回戦ったスコーピオンスパイダーから出てきた……要は巣穴には退魔の原石が眠ってる可能性が高いってことだな」
「そういうことだ。本来退魔の原石を採掘する場合、何度も調査して見つけ出さなければならないのだ。面倒な事態となったが、副産物として退魔の原石の採掘場が見つかったというわけだ」
「なるほどな」
一定の理解を示したマスポンと桜月夜は頷いた。
「冒険者ギルドにも巣穴に残るスコーピオンスパイダーの駆除依頼が出されることだろう。私達も新たなマザーが生まれないように警戒をする。マザーさえいなければ後はどうとでもなるのでね」
今後の村の在り方を話し終えた衛兵長は一区切りするために、再び紅茶を飲んだ。マスポンと桜月夜も同じようにそれぞれのタイミングで紅茶を飲む。
「――ふぅ――では、そろそろ本題に入ろう。私から君達に出した依頼の報酬の話だ」
「やっとか!」
寝落ち寸前だったツバサの目がパッと開かれる。ツバサの眠気は限界を超えているといっていい。さっさと報酬を貰って寝たいという意思が前面に出ているようだ。
「フッ、冒険者というのはやはり現金な者が多いな。実にわかりやすい」
しかし、衛兵長にはそう捉えられることはなかった。幸い悪い印象を持ったわけではないようだが。衛兵長は目配せをして、部下を部屋から出ていくよう合図を出した。部下が部屋から出ていくのを見届けてから、衛兵長自身も1度立ち上がり、金庫からピアを取り出しツバサ達の元へ戻る。
「さて、これが私の依頼を成し遂げた報酬――600万ピアだ。この場にいる3人で分けてくれ」
「ちょっと待った!」
ツバサは手を伸ばして待ったをかける。ツバサにとって前置きは二の次、三の次。今回の衛兵長の依頼に対して不満が多くあるツバサは一言物申すつもりだった。眠気を必死に抑え込んで強い意志を持って主張する。
「どうかしたかな?」
「マザースコーピオンスパイダー。あれは報酬600万ピアで受けるモンスターじゃない! 予想以上に強かった。強すぎた。知ってたら受けてない!」
ツバサは言いたいことを言い切ってやったとすでに満足していた。交渉を始めるのかと思いきや、そうではないらしい。
「……まぁ、ツバサさんの言い分は最もだな。結果倒せはした。だが受けた依頼の報酬と釣り合ってるかと言われればノーだ。割りに合わない。その辺どう思ってるんだ?」
ツバサの切り出した話に乗ったのはマスポンだった。報酬が増えるならラッキー程度のもの。増えなくても仕方ないで済む程度のノリだ。
「そうだな……部下が戻ってくるまでの間、少しばかり話をしよう」
「なぜ?」
「なに、質問を避けるためではない。むしろ答えるためだ。いいかな?」
「なら構わねえな」
ツバサ達は頷いた。
「東部再生を目指す私達にとって開拓村フューチャーは必要不可欠な村だ。それが今回の事件で危うく失うことになりかねなかったわけだが……結果として君達がそれを阻止してくれた。ただ討伐される前の話になる。私はあの場、第5採掘場にいた者でマザースコーピオンスパイダーを討伐できる可能性があるのは天上族しかいないと踏んでいた。私が出向くことができれば何とかなったかもしれないが、立場上難しい。村を守る責任者として離れるわけにはいかなかった」
衛兵長は話を聞くツバサ達の目を見て、これまでの話を納得してくれていると判断する。
「その条件下の中で、私個人ができる最良の選択。それが君達天上族に個人的に依頼を出すことだった。私は東部再生に生涯を捧げると誓った身で、衛兵長という立場にもなった。相応の給金も得られている。ただ、金の使い道はほぼない。だから依頼を出させてもらった。私個人で依頼を出せば君達を動かせると踏んだ上でね。そして今回の依頼は、私が出せる報酬で最大限の額だ。それは次に同じ状況に陥ってしまった時に依頼料が不足しないようにできる額ということ」
話を聞くことに集中するため、視線を下ろしていた桜月夜が、衛兵長の顔を見るため視線を上げる。
「個人的に……依頼ですか?」
「その通り。個人的にだ。この600万ピアは私個人が出した依頼の報酬。では次に村の運営に携わる衛兵長の立場として話をさせてほしい。いいかな?」
ツバサ達は静かに頷く。衛兵長も静かに頷き返した。
「君達がマザー討伐のために巣穴に入っていった後の話となる。開拓村ではいくつかの案が上がり、話し合われていた」
1つ。全衛兵を投入して巣穴の駆除をする。
2つ。第5採掘場を放棄、第4採掘場に衛兵を配置。現状維持で村を存続させる。
3つ。開拓村フューチャーの放棄。
「話し合いの中で何もせずに村を放棄するという案は無くなった。残りの2つの案を話し合い、どのような決断を下すかが焦点となっていた。そして、全衛兵を投入するのは早計であるとして、第2案である現状維持で一致した」
「もう終わった話だ。俺には関係ねぇけど、1番選んじゃいけねぇ選択だと思うんだがな」
衛兵長の話を聞き、問いかけるように話すマスポン。もっともだと衛兵長は肯定するように頷く。
「放置すれば悪化し続ける。それは当然だ。ある意味で責任放棄とも言えるが、耐えている間に状況打破の起死回生の案が出てくる可能性もある。だからこその現状維持という話だ」
「なるほど」
「話し合いを終えた後、開拓村は再生都市ディフィカルトに救援要請を出すことを決め、冒険者ギルドに依頼を出すことも決めた。第2案で一致した話し合いの決め手は別の可能性に賭けるというものだったがね」
「その別の可能性って?」
ツバサは話し合いの一部を知っていた。今回の事件。一連の流れを最も知り、深く関わっていたのは間違いなくツバサだ。一時的だと思えるが、今のツバサに眠気はない。純粋に話の続きを知りたいという意思があった。
「天上族」
「天上族?」
「そう。君達の存在だ。聖女レティシア様が祈りを捧げ、天上族を呼び出した。その天上族の力は未知数。その未知数の可能性に彼らは賭けたのだ。元々話し合いの中で出た案は全て天上族の存在を考慮していない。では天上族を考慮した場合はどうか。君達が巣穴にいる間にその条件を含めて話し合われた結果、第2案が採用された。君達天上族が開拓村に現れてから仕事が楽になったという事実がある。僅かであったとしてもね」
トントンとノックをする音が聞こえてくる。衛兵長が入れと促すとカチャリと静かに戸を開けて部屋に入ってきた。入ってきたのは先程出ていった部下だ。衛兵長は再び話を続ける。
「そんなわけで開拓村はその賭けに勝ったことになった。それと先程開拓村は冒険者ギルドに依頼を出すと言ったね。君達は冒険者でもある。自動的に依頼を受けた形となり、見事依頼を達成したこととなる。その依頼の報酬を部下に取りに行かせていた。ここに開拓村から出された報酬――900万ピアがある」
「「「おお〜!」」」
部下から受け取った袋を、退魔アイテムの入った袋をどかして机に置いた。そして、衛兵長の座るソファーに乗せていた、衛兵長個人の報酬も机に置いた。ツバサ達は目を輝かせている。
「喜んでくれたようでなによりだ……が、正直に話そう。あの規模の巣穴であれば、900万ピアでも少ないと言える。そこは許して欲しい。すまない」
衛兵長は頭を下げる。東部地方仕様で他の地方よりも厳しいということはツバサ達もわかっている。それでも聞きたくなるのが人の性。
「ちなみに本来ならどんなもんなの?」
「巣穴の発生場所による。今回と同等の規模の巣穴駆除で依頼が出されているならば最低1200万ピア。開拓村の状況を想定した場合は1500万ピアだろうな……」
「……マジかよ」
「えぇ……」
「……許して欲しい」
本気で申し訳なさそうに頭を下げる衛兵長。それを見た桜月夜はフォローに回る。依頼を受けた側だというのに
「いや……ほら……衛兵長が出してくれた依頼を合わせれば1500万だよ。ね?」
「開拓村を想定した場合は1500万プラス600万ってことだろ?」
「……ゔっ」
「やばい、もう限界――眠い」
報酬の追加を聞いてツバサは納得したらしい。覚めた眠気は何処へやら。再び急激な睡魔に襲われる。
「……俺も限界だ。まぁしゃーないな」
「確かに私もキツい」
報酬を3人で山分けしたツバサ達は、衛兵の詰所から出てすぐに解散することとなった。
「今日は一日ゆっくりしよう。おやすみ」
夏休みでよかったとログアウトしたツバサは考えながら、すぐさま意識は夢の中へと落ちていく。




