それぞれの役割を担え
どっこいしょと口にしながらマスポンは立ち上がる。マスポンは腰につけた道具袋の他に大きめの道具袋を所持していた。その手荷物の道具袋を漁り出す。
「武器多いな」
ツバサが思わず漏らすほど袋から様々な武器が顔を出していた。短剣、長剣、大剣、槍、斧、鎌……などなど、おおよそNPCの店で売っている武器をコンプリートしているようだ。
「あぁ俺武器が好きなんだよ。だからどのゲームでも使い勝手が良かろうが悪かろうが全部使う。フリユピも同じだ。職業制のやつは大抵装備制限あっから鍛治職人になって作れる武器片っ端から作る。それが俺のプレイスタイルってわけよ」
「「へ〜」」
マスポンは先程まで戦っていたのり弁正義を参考にして使う装備を選んでいる。楽しそうに。
「持ち歩くの大変じゃないですか?」
「滅茶苦茶大変だな。STR少なすぎると重すぎて運べなくなるし、余裕ないとスタミナの減り早くなるしな。でもま、好きな時に好きな武器でやりたいから仕方ない」
あまり気にしている要素ではないようだ。マスポンはそのまま話を続ける。
「だいたいどのゲームもさ。インベントリで見えないとこから出せるじゃん? だから苦労はしなかったけど、フリユピは道具袋なりに詰め込まないといけないから装備用の袋を用意しなきゃいけない。面倒だとは思う――でも色々考えて試すのも悪くないからいいんだ」
「理想のために色々試すってのはよくわかる。俺もそうだから」
マスポンの考え方に一定の理解を示すツバサ。マスポンはツバサを見て笑う。
「ははは、わかるだろ? ツバサさんも効率より自分の理想を求めるタイプだと俺は感じてる」
「わかりますか」
「思い出したように敬語なんて使わなくていい。共闘もしたし、全く知らない他人じゃないんだからな。もう友達さ」
「じゃあ――よろしくマスポンさん」
「あぁよろしくツバサさん」
ツバサとマスポンの距離は1歩近づいたようだ。それを近くで見ていた桜月夜はなんとも言えない顔をしている。マスポンはすぐにそれに気づく。
「もちろん桜月夜さんもだ。そもそも俺、あんま敬語なんて使ってないだろ?」
「確かに! よろしくマスポンさん」
「あぁよろしく桜月夜さん」
3人の距離は近くなり、友情を育むことができたよう。どうやらマスポンの準備が終わったようだ。武器用の袋の紐をキュッと縛りつけた。
「やられたらその装備ここに残るけど大丈夫なの?」
「近場だし、後で取りに来るさ。それに誰かに持ってかれても全部店売りのもんだから痛いっちゃ痛いけど問題ない」
「そう」
マスポンはボス部屋に入ろうと片足を突っ込もうとして戻した。
「そういや、2人はソロでやるのか?」
「いや――」
「私達はパーティーを組んだよ」
「おいおいおい。聞いといてよかったぞ〜。あれか、合流した時に組んだんだよな?」
「そうそう。ボス部屋も近そうだったし、メスに追いかけ回されたらまた巻き込むかもしれないから」
「ボス部屋まで来て解散は嫌だよ。私1人じゃ勝てない――さっきの見て確信した。挑戦するなら一緒がいいな」
「桜月夜さんがソロでやるつもりないなら解散する理由ないな。俺も勝てる気しないし」
「よかった」
「2人組んで俺だけ仲間外れは無しだぜ? あのボスソロは俺も無理だ。パーティー誘ってくれ。報酬600万、1人200万で山分けすりゃいいしな」
「わかった。誘うよ」
パーティーリーダーとなっているツバサがマスポンをパーティーに誘うとすぐに加入した。
「「「よろしく!」」」
メスと戦った時とは違い、今度は正式にパーティーを組んでの攻略となった。
「とりあえず……そうだな。ある程度見てるけど、職業ないゲームだから一応確認。俺はあの武器用の袋見れば察するかもしれんが、ウェポンマスターだ。火力足りてねーけど、今回も打撃主体で行く、よろしくな」
マスポンが自己紹介を兼ねて戦闘スタイルを話した。手には大鎚を、背中にモーニングスターを、両足の太ももに2本ずつ短剣を身につけている。
「ん〜……私は剣士……ん〜侍。装備は刀じゃないから剣士かな――よくわからない」
「目指してるもんでいいんじゃね」
「なら侍。斬ることに特化してるけど、打撃も一応できると思う。役に立てるかどうかは……う〜ん。とにかくよろしくね」
悩み悩み話す桜月夜は装備は変わらずそのまま。長剣と動きやすさを優先した革装備だ。
「最後は俺だね。一応魔法剣士。あの手この手でなんとかやり過ごしてる。ポーション尽きたらお荷物だ。よろしく」
「鉱夫の服着た魔法剣士って珍しいよな」
「道具屋に売ってた服よく買う気になったよね」
「防御力高いんですよ? 皆さんもどうですか? 鉱夫ユニフォーム。いい汗かけるぞ!」
「「遠慮しとく」」
「悲しい」
全員の自己紹介を終えて、それぞれが見ていたボスの印象を話し合う。情報を共有して3人で頷き合う。勝てるかどうかはわからない。一度きりのクエストを共にチャレンジする決意を固めてボス部屋に入った。
うーむ、重苦しい空気してますな。20メートルにも30メートルにも見える位マザーの発してる威圧感が重い。捕食する側とされる側の意識の違い的な。気を抜けば発狂してしまいそうな……体から血の気が無くなるというか。
「まさにボス――」
「強敵はこうでなきゃつまらんだろ」
「いざ尋常に勝負――ってね」
「―――――!!」
体の底から震え上がるような雄叫び。虫苦手な人だったら尻尾巻いて逃げちゃうね。太くなった前脚2本を大きく広げて、凶悪な尾を前に出す。あれは戦闘開始の合図――!
「これっ――がっ――開幕の乱れ斬り!」
右! 左! 右! 上! 突き! 左! 尾! 両脚クロス! 両脚クロス返し!
何も知らなきゃ開幕で死ぬのも頷けるな! 上に斬り上げで天井揺らした――そういうことか!
「わらわら出てくるぞ! 気をつけろよ!!」
「「オッケー!」」
2度見てるマスポンさんはまだ余裕ありそう。桜月夜さんも平気そう。俺心折れそう。
あれ、聞いていた話より出てくる数違うな。ぱっと見30くらいか。マスポンさんの話だとオスが50位出てくるって話だったんだけど。あれか、巣穴にいるオスの割合でボス部屋に来る数違うとかかね。
いやでも50をソロで相手にしながらボスと戦ってたのり弁正義凄いな。
「ほいゼロ距離プレゼント!」
ふふん。オス程度もはや恐るるに足らぬわ! ただデカい硬い高火力なだけの的よ! あっ時差攻撃はNGね。
「―――――!」
「うお!?」
室内一掃のフルスイング! 外側ギリギリを抉り斬る素晴らしい一振りですね。洒落にならんぞ。定期的に部屋の隅にいる様子見のプレイヤーを強引に近づけさせる攻撃。こういうのって大抵続きが――ですよね! 聞いてた通り!
「反撃の隙ないんですけど!?」
「強引に入るしかないってことだろ!」
「生き延びることで精一杯だから!」
ランダムの連続突き刺し攻撃に、近付きすぎると噛みつきまでセット。捕食される側って辛いね。流石にマスポンさんも桜月夜さんも回避で精一杯か。
「オラァ! これでも喰らえ!」
「お! パーティー内唯一の遠距離職! さすが!」
「ブレブレだけどね!」
「わかる。弓って狙った場所になかなか飛んでかないよな!」
訂正、話す余裕はあるみたい。マスポンさんはこれも見てたんだろうな。
デカいから大抵は当たるけども。2人に当てちゃうかもって考えると萎縮する。まぁ撃つけどね!
そろそろ終わるか? ならデカいの1発狙ってみますか。形成、集積10秒、維持、付与貫通、集約。
避けて、避けて、避けて、避けて、10秒、避けて、避けて――早く終われ!?
「いつまで続ける気だ!! さっさと止めろ!!」
おっ! 久々に狙った場所に吸い込まれてった。口に入った光の矢のお味はいかが?
「―――――!」
顔がビクンッて震えたね。カウンター判定でも出たか?
「ナイスだ! ツバサさん!」
「ずいぶん長いと思ったけど、連続で同じ攻撃続いてたみたいだね」
ランダム突き刺し2連続発動か。有り得そう。とにかく俺の攻撃でキャンセルされた。弱点の柔っこい腹に攻撃するチャンスだ。
「おい、甲羅硬いじゃんか。どうしてくれる!」
常時貫通付与してないとダメですかそうですか。
「ダメ。私の攻撃まるで通らない」
「メスより更に硬くなってら」
やっぱ2人も苦戦してますな。おやこれは……見たことあります。
「回転するぞ! 足に巻き込まれて死にたくなけりゃ離れな!」
マスポンさんと同じ認識です。遠くから見てたのと迫力が違う――来る!
「くっ」
「っ!」
「ちっ!」
耐えるのはまず無理。突風に無理に対抗しようとすれば体勢崩して余計に復帰が遅れるやつ。桜月夜さんバランス感覚いいよな。自分から風に乗ってる。俺もやろ。
「ヤベッ」
突風が来る前にタイミング合わせて飛ばなきゃダメだった! 突風に煽られて思うように動かなくなった今やるべきじゃなかった! 維持できないっ! 視界が反転する! 体が風の力で強制的に回転させられる!
「ぐっ――おおおわあああ!?」
ぐるぐる回る視界で見えたのは2人はもう復帰して張り付こうと動いてるってことくらい。失敗した!
「グヘッ――オゴッ――ブヘッ」
頭! 背中! 尻! 3回転お見事! 痺れる……くぅ……4割飛んだ……次は失敗するもんか。次があるといいね……ヤバい。
「――その尾は誰を狙っているのかな?」
完全に俺に向いてるな? 突風に乗れずに吹き飛ばされた奴のトドメ用ですか。動け動け動け動け!
「容赦ねえよなぁ!?」
頭に衝撃あったせいでクラクラする! まだマシか? 足が痺れて動けなかったらと思うとゾッとする。
「くっ! おおおおお!!」
助かった! 咄嗟に出した光の剣が役に立った! HP削れたけど、何もしなかったよりマシだ。
ああ〜……直撃しなかった代わりに衝撃で吹き飛ばされた……視界がぐるぐる回りすぎて立ってるのかまだぐるぐる回ってるのかわからん。
「追撃は――」
「いつまでも1人相手にムキになってんじゃねーぞっと!」
マスポンはツバサにヘイトが向いている間に再び回り込んでマザースコーピオンスパイダーの懐に入っていた。太ももに装備した短剣を1本抜いて甲羅の隙間に突き刺した。
「お前にとっちゃ小虫に刺された程度だろうが……さて、どうなるか試してみようか!!」
マスポンはスコーピオンスパイダーのオス、メスと戦い。他のプレイヤーの戦闘を見た上でマザーとの戦闘をシュミレートしていた。
ただ殴るだけでは部位破壊は成されない。ただ弱点を狙えば高ダメージを出せるわけじゃない。ただ力一杯武器を振り回すだけでは致命打にはならない。
フリユピの経験から、他のゲームの基本は通用しないと判断。これまでの経験を捨て、フリユピだけの常識を持つようにした。
それが今回のマスポンの行動に表れている。これからするのはただの検証。通用するかわからない。けれど試す価値はあると判断したマスポンの攻撃。
突き刺した短剣を杭代わりにする杭打ちだ。体重を乗せた大鎚のフルスイングはマスポンの刺した短剣に命中。メリメリっと嫌な音を立てて甲羅が少しだけ剥がれた。
「正解だな。もいっちょいくぞ!」
確信を得たマスポンはツバサに夢中になるマザーに2度、3度と繰り返し4本全ての短剣を杭代わりにして甲羅を剥がす。
「おし、これで本当の意味で弱点むき出しよ! オラァ!!」
甲羅を剥がしたことによってできた、甲羅の浮いた部分。そこを目掛けて全力で振り抜いた。
バキッ! という音を立てて一部の甲羅がマスポンによって砕かれた。ダメージそのものは大したことがないのか、ヘイトはツバサに向いたまま。しかしマザーには僅かな一部分の甲羅を失い剥き出しとなり、生身が晒されることとなった。
「読み通り。よし! 桜月夜さん後は頼む!」
「えっ私!?」
「俺より火力あるのは間違いない。甲羅は無理でも生身はいけるだろ? 俺は甲羅を剥がす。生身の直接攻撃は任せた!」
「――! わかった! やる!」
何もできないと落ち込んでいた桜月夜はパァっと顔を輝かせる。それを見たマスポンは引き抜いた短剣を鞘に収めて次の甲羅の隙間を探しに行く。
「任せたぜ!」
「うん、任された!」
桜月夜は辺りを見回す。ツバサは必死に逃げ回りながらポーションを飲み、回復魔法のヒールをかけている。体勢をなんとか立て直し、反撃の隙を探しているようだ。マスポンは甲羅の隙間を見つけ、短剣を突き刺している。
(私1人なら絶対思いつかないかな)
桜月夜はそう考えながら鞘から長剣を抜いた。1人なら最初の一振りで今は攻略できないと判断して撤退していただろう。しかし、今は3人。役割を持って精一杯戦っている。活躍の場を作ってくれている。ならば。
「……私は私のやるべきことを成そう――すぅ――はぁ――」
静かに息を整えながら、長剣を頭上へと持っていく。長剣を持つ手は最低限落とさない程度の力しか入れていない。脇を締め腰を落とし、力が分散しないように姿勢を正す。その力は全て長剣に捧げられる。それができるだけの実力が桜月夜にはあった。
「天火の型――稲妻」
それはただの上段からの一振りでしかない。ただしそれは研鑽の果てに桜月夜が身につけた一振り。真摯に取り組んだ証であり、素人の出せる一振りでは決してない。誰もが到達できる領域でもなく、桜月夜だからこそ至った。ただの上段からの一振りはただの一振りではなく、達人の成せる技となった。
素人から見ても美しいと評する一振りは、天から落ちる雷のように閃光が走る。その一振りは美しいだけではない。速さと威力が秘められている。それは、現実で上段の構えをした桜月夜と対峙した相手がその場から動けなくなるほど。
「―――――!」
ゲームの中であってもそうらしい。マザースコーピオンスパイダーは甲羅を失った生身の部分で桜月夜の一振りを受け、怯みながら悲痛な叫びを上げた。




