Freedom Utopia始動
「あぁ……暇だな」
翔はベッドの上で飾り気のない照明が一つあるだけの天井を視界に収めながら呟いた。ただ、その視界はたまたま天井があったというだけ。実際、翔の目は虚空を見つめていた。この場所が翔の自室でなければ……あるいは吹き抜けであれば、空を視界に収めていただろう。
何処までも虚空を見つめている翔の心境は、空いている時間を無駄に浪費していることを現在進行形で後悔しているようだ。
言葉にしても何かが変わるわけでもなし。翔はだらだらとベッドから手を伸ばす。が、いつもの手の感触が得られないことに小さくため息を吐く。翔は気怠さを多分に含めながら、ゆっくりと体も起こして部屋を見渡す。
「あ〜……何処置いたっけ……いつもの場所――あぁベッドの下に潜ってたか」
周囲を見渡していつも自分が寝ているベッドから届く位置に置いておいたヘッドセットがないことを知ると、ベッドの上からベッドの下を覗き込んでいた。
ヘッドセットがベッドの下に転がり込む理由はいくつかある。一つは翔自身にある。ベッドから起きた時やベッドに潜り込む時に引っ掛けてしまう。もう一つは――
「にゃん吉。お前ベッド下に潜るの好きだな」
「うにゃ〜」
「まぁいいか」
これがもう一つの理由。翔の家に住む家族の一匹の猫、にゃん吉が自身のお気に入りの場所に移動する際にヘッドセットを引っ掛けてベッド下に転がり込むのだ。
へッドセットを取るついでに目が合った翔の部屋の一匹の住人に声をかけ、ベッドの定位置に戻った。翔がヘッドセットを装着し、ヘッドセットの右側についている電源をオンにした。
起動すると翔の目の前に画面が現れデスクトップが表示される。拡張現実によって表示されているデスクトップを眺めなから操作を始める。
「ゲーム、ゲーム――ふぅ、代わり映えしないなぁ……そういえば新作のVRMMOそろそろだったよな」
指で拡張現実を操作していた翔がヘッドセットのマイクをオンにした。
「Freedom Utopia」
翔の声に反応した検索エンジンが開いているウェブサイトを押し退け翔の前にFreedom Utopiaに関する一覧を表示する。無気力だった翔の顔が突然目を見開いて驚きの余り飛び起きた。
「おぅマジか!? サービス開始7月26日じゃなくて7月6日じゃん! もうゲーム始まって2週間経ってる!!」
翔がFreedom Utopiaを知ったのはいつ頃だったか頭の中で必死に思い出そうとする傍らで、Freedom Utopiaのソフトを購入即ダウンロードを始めていた。
「あ〜ん〜あ〜……深夜で寝ぼけてたから見間違えたか? ありえるぞ、十分ありえる。暇だなんて言ってないでさっさと調べておけば良かった……」
「うなぁ〜?」
後悔をする頭を抱えた翔をニャン吉が不思議そうにベッドの下から覗き込む。
「おっと、にゃん吉。俺はそろそろゲームをするから母さんのところに行くんだ」
にゃん吉をベッドの下から抱き上げる。にゃん吉は嫌がる様子を見せずに翔に抱き抱えられて部屋の外で降ろされた。
「にゃー」
「抗議は受け付けないぞにゃん吉」
「にゃうにゃー」
「また後で遊ぼう」
にゃん吉が廊下で何度か翔をチラ見し様子を伺うが、翔の意思は堅い。にゃん吉は手慣れた足取りで階段を降りていく。翔が部屋の戸を閉めると一階に降りたにゃん吉を迎え入れる家族の声が僅かに届いた。
「にゃん吉を頼んだぞ。おっ終わったな。いよし!」
拡張現実には
『Freedom Utopiaインストール完了』
と表示されていた。ダウンロードを終えてインストールも完了した。なら後は起動するだけだ。
翔は再びベッドに横になってFreedom Utopiaを起動する。翔の意識が少しずつ現実から離れていく。それと同時に仮想現実へと意識が近づいていく。
『Freedom Utopiaへようこそ! あなたの物語は今この瞬間から始まる! 行こう! もう一つの世界へ!』
翔のFreedom Utopiaの物語が始まった。