東部地方西地区移動中
「ふぅ……やられてないな」
昨日、眠気が出るまで必死に走って走って走りまくった。周囲にいたそこそこのプレイヤーも、俺がいる場所から見渡してもほとんど見なくなった。
周囲にいたプレイヤーの目的は狩りで、モンスターが見つかったら我先にと戦いに行ってくれたんだ。そのおかげでで俺はノーエンカでここまで来れた。ありがとう名も知らぬ者たちよ! 君たちの健闘は忘れない!
俺は今、洞窟の中にいる。といっても大きな岩に空いていた、ログアウトするにはもってこいの穴だ。せいぜい2、3メートルの人が一息つける程度。気休めだけどモンスターに見つからないように、その辺の草木を使って入り口を隠してみた。その草木の中に退魔の石を置いてログアウトしたってわけ。
少なくともモンスター除けの効果はあったはず。4時間の制限時間の内、3時間寝て、30分二度寝して、急いで朝飯兼昼飯食べて顔洗って歯を磨いてログイン! 計4時間50分! 二度寝は1時間くらいだったかな……細かいことは気にしない。結果論だけど俺は生きているのだからな! フハハハハ!
退魔の石はあと一つ。中継地点の集落に辿り着けるか否かは俺のPSと運次第だ。
「さてと、出発するか」
なんだ? まだ洞窟から出てすぐなのに……視線を感じる気がする……右よし! 左よし! 前方よし! 後方よし! おかしいな、下か? 地面が動いてるようには見えない。じゃあ上か?――あっ、どうもー。お世話になってますー。
俺がログアウトした岩の穴の上に張り付いていたモンスターがいた。蛇のようなトカゲのような見た目で、背中には爬虫類らしからぬ鋭くて太いトゲがいくつもある。貫かれたら体に大穴開くこと間違いなし。
「俺、ナイフ一本、初期装備、初級魔法五つ……勝てる気がしないね……俺の1日を……無駄にしてたまるか!!」
「シュルル!!」
「やっぱくるよねー!! やっぱくるよねーー!! どこまで逃げる? どこまで逃げれば逃げ切れる!? うわぁ!!」
大きく息を吸ったかと思えば、背中の棘飛ばしやがった! 危ねえ!! 俺のHPで耐えられるのか!? どうする? どうする!?
冷静に考えろ! 落ち着け、おちつ――うおおお!? とにかく落ち着け!!
あのトカゲ、背中の棘飛ばすたびにトゲの残機が減ってる。息を吸うモーションが起きた時に飛ばすんだ――ッ! こんな感じでモーション見たら警戒すれば当たらない。見切れないほどの速さで飛んでこないことが救いだな!
残機さえ無くなればただデカいトカゲだ。全長2メートルくらいか? そうなればッ! 怖くないはずだ。次、残った一番デカかったトゲ避ければもう安心だ。
「――来る! あっぶ! 最後だけ早いのな!」
これならもう大丈夫……あ、やばい、アイツ背中のトゲなくなったら足速くなってる!?
「追いつかれる! 追いつかれる!! うひゃあ!! その大口で噛もうとするな!!」
噛みつかれたらどのくらいダメージ受ける? 攻撃は噛み付くッ――危ねえ! だけっぽいな!
このままアイツを引き連れて集落目指すか? いやでも他のモンスターに見つかったらどうする? 初期装備でレベルも低い俺がこの辺のモンスターを複数相手にできるか?――無理だ! ステータスで劣ってる俺がPSだけで乗り切れるか?――わからないッ!
「やってやるさ!! お前を倒せるかどうかが! この先に進めるかどうかの瀬戸際ってことにしてやる! その辺の雑魚モンスター相手に何言ってんだかな!!」
俺の攻撃手段は全部で6! そのうちの一つボムは絶対無理だ。他の手段でコイツに通じる攻撃はどれだ?
「まずはコイツを喰らえ!! ライトアロー!」
俺の持つ最短最速の攻撃。体から溢れる魔力はすぐに指先に集まる。どうだ!?
当たった! けどダメだ! ゴブリンなら少しだけど怯んだのにっ! 怯みすらしないなら最低威力のアローは使えない! 次!
「今度はッ――っとと! 冷や汗かくから大口で噛み付くのはやめてくれ! ライトボール!」
当たれば最高、回避行動を取るか? どうだ!? 勝手に溢れる魔力が手の平に集まって形作る。トカゲがボールを見たな!
ダメージ覚悟で無視してくれればいいのに、やっぱ避けるな! ヘイト役いないとどうしようもないっ! ステが高い分だけ初動も早い。今の俺じゃ牽制にも使えそうにない! 次!
「その鱗、裂けるか? ライトカッター!」
アローの次に早いこの魔法、他と違うのは斬撃特性があること! 足一本落とすだけでかなり違うはず!
「当たれッ! キレテナーイ! これダメ入ってんのか!?」
魔法じゃわからないな……次は物理で行くぜ! よく見ろよ? アイツは大口を開けながら俺を狙う――迫力ありすぎて怖い!
「うわあああ! 落ち着け――落ち着けッ! 次、次だ! アイツの攻撃方法はあれだけだ。ちゃんと見て避けろ。いいなツバサ。見ろ、見ろ、見ろ見ろ見ろ! ここだ!」
タイミング完璧! 噛み付いた後の硬直中、側面はガラ空きだ。イタダキ!
「ダメだ! ダメ通ってるように見えない。斬撃耐性か? 純粋に火力足りてないのか?」
諦めるか? 逃げるか? 継続するか? 諦めるのはなし! 逃げても詰むから戦った! なら継続だ!
やるなら捨て身覚悟だ。ダメージ覚悟で思い切りやるしかない。噛まれて逝ったらそれまでだ。素直にバイトしながら汎用討伐クエストをしよう……攻撃は避けれたんだ。同じことをすればいい!
よく見ろよ! 俺ならできる――ここだ!
「ダメージ上等! 喰らえ! 捨て身の一突きを! オラァ!!」
「グァ!」
「通った! ぎゃああああ!」
太もも噛まれた! 足に強い痺れが!! 6割持ってかれてるぅ!
「このッ! 離せッ!」
噛み付いてる間は無防備か? だったら通用した突きを目にくれてやる! よし、怯んだな。片目失ったようだな。
「噛まれてる間もダメージ判定……後2割、どっちみち後一発受けたら終わりだ。誤差誤差――ん?」
「シュルルルル!」
「そっかー、そのトゲ生やせるのかー何となくそんな気はしてたけどなーやだなー」
時間経過かな? それとも、アイツのHPが減ったからか? 初エンカで情報全くないからわからん!
「後者に賭ける! 全部避けた後に残りの攻撃を試してやる!」
よし来い! まず一回、楽勝ォ! 次――挙動がちがっ――
「あっぶねえ!! お前突進もするのか!」
突進されないように逃げの一手だな。おっし! 二回目ぇ! 残り3回――2――1! ラストデカイの!
「おっしゃ! どうだ? また出すのか? 出さないな? なら俺の番だ! ライトショット!」
遠くからじゃ外れるかもしれない。アイツの方が速いんだから逃げてもすぐ追いつかれる。なら――自分から近づいてやる!
「何度か打った。これが発動するまでの時間もある程度把握した。タイミングはばっちし! 後はお前の攻撃を避けるだけッッ――っし! 外れようがないだろ? ゼロ距離だからな!!」
バシュンという発動音と同時にドンというヒット音が鳴り響く。トカゲはその威力に耐えきれず何度も横転。止まった後起き上がる様子はない。
「っはぁ!! 倒した!! 割りに合わないぞーーー!!」
ツバサは崩れ落ちていた。ツバサにとってこの戦いは死闘だった。
割りに合わない――それは間違いない。けど倒せる。まだ、聖女からもらったナイフも、魔法も通じる。モンスターの挙動を見極めて慎重に戦えば先に進める。エンカしない方がいいんだけどな。
「ふぅいー。行くか……体より精神的に消耗してんな。集落早く見えてー」