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いつか、清き者と呼ばれるまで  作者: ずび
第1章 毒沼のエルフ
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3.無茶な義妹

「……耳に泥が詰まったのかな。マリ、もう一度言って。僕が集落に帰るだって?」


 シムリは自分をここに追いやった集落の長老の顔を思い出す。まるで恐れるような、汚い者を見るような視線は今もまだ鮮明に思い出せた。

 「分かってくれ」と苦渋の表情を作りながらも、はっきりと拒絶した義父の顔も。

 あまりにもエルフからかけ離れた肌の色。暗視と毒物への耐性を備えた歪な素質。伝承には、その存在が語られていた。

 伝説の『エターナル』、ダークエルフ。またの名を『フィーンド』。黒い肌。闇に生きるための素質を身につけた物。禍を招く象徴だった。


「何がダークエルフよ、馬鹿じゃないの! そんな根も葉もない疑いで子供を集落から毒沼へ追い出すなんて、死刑同然じゃない! 狂人の集まりだわ!」

「この環境では、確かに普通エルフは生きられない。だけど結果として、僕はもう三年も生きているんだから死刑じゃなくてただの村八分だろう。僕の体は、エルフじゃ考えられないくらい毒に強くて、病気もしない。伝説の『エターナル』のダークエルフみたいに……」


 シムリが追放されたのは、三年前のシムリの誕生日の事だった。集落の合議で、15歳のシムリを追い出す事に反対する者は居なかったと言う。

 マリは、その話が決定した後にシムリの処遇を聞き及んだ。長老にも両親にも、泣き叫びながら反対を訴えた。だが、まだ何の力もないただの少女だった彼女の声は、誰にも届かなかった。


「あのね、シムリ。私にとって貴方が何者かなんて、毛程もどうでも良い事なの。私が言いたいのはもっとシンプルな事なの」


 尋ねて欲しそうに言葉を切ったマリが、上目遣いにシムリを見つめる。得意げな顔で、シムリの言葉を待っているのだ。

 こう言う所は変わらない。女傑と言われてもシムリにはイマイチピンと来ていなかった。まだまだ彼に取っては可愛い盛りの妹なのだ。


「それは一体なんだい?」

「『何故ダークエルフが集落から追い出されなければならないのか?』」

「……『エターナル』は禍を招くからって、散々言い聞かされただろ」

「貴方は15年も集落で生きてきたのよ? 一度だってそんな禍が起きたとでも? 合理的じゃないわ。『エターナル』が居ると判明してから禍が起き始めるの? 随分と胡散臭い禍ね。悪戯がバレてやけを起こした子供じゃあるまいし」


 とにかく、とマリはまくしたてながら語気を強める。恐らくは、はなからシムリの意見を聞くつもりはなかった。


「私も今日から18歳。成人したと見なされた。集落の会合への出席権を得たの。そこで貴方の集落復帰を提案する」


 シムリは思わず立ち上がって、マリの腕を掴んだ。自分の手が泥まみれな事を思い出し、慌てて手を離す。


「……止めてくれよ、マリ。そんな事したって、誰も賛成しない。マリの立場が悪くなるだけだ」

「立場が悪くなるって何? 狩猟隊や警邏部隊を追い出されるの? 見てみたいわね、そうなった時の部隊員の慌てた顔」

「滅多な事を言うなよ。僕は君が皆に褒められるのを誇りに思ってるんだ。もしそんな事会合で言ってみろよ。君の友達や義父さん義母さんがどんな顔をするか……」

「そうね。それでもしも皆が悲しんだり、怒ったりして「もう馬鹿な事は言わないで」なんて言うようなら、私は喜んで集落を見捨てる。自分の周りの人間が冷血漢ばかりだったって言う自分の考えが正しかったって事だものね」


 マリの視線は、矢のように鋭い。シムリはその視線に気圧されて、それ以上何も言えなくなってしまう。


「お生憎様、シムリ。誰が私を罵ろうとも気にならないわ。私の心はもう集落にはないの。貴方が居なくなったあの日から、とっくにね」


 マリは意地悪そうに口角を上げて微笑んだ。

 エルフの集落はどこも似たり寄ったりで、集落の長以下数名の権力者が参加する合議制で全ての方針を決定する。マリは兼ねてから議会への参加を推薦されていた。既に村の中心人物としてふさわしいだけの名声は手に入れていた。彼女の両親、友人、そして仕事仲間の全てが彼女を賞賛していた。まだ成人でないと言う理由から集落の長が反対していたのだが、その理由も今日なくなるのだ。


 シムリは頭を抱える。シムリがまだ集落に居た頃、マリは快活ではあったが少し抜けた所もある愛される子だった。

 いつもシムリの後を追いかけてくるし、シムリがやった事は何だって真似をする、お兄ちゃん子そのものだった。それがシムリが追い出されて以来、見る度に美しく、逞しく成長する一方で、強かで抜け目なく、そして冷徹、あるいは冷酷になっていった。

 自分のせいだと分かってしまう事がシムリには辛かった。

 マリには才能があったが、当然それを伸ばすだけの修練は積んだだろう。恐らくは、シムリの想像を絶するような過酷なものだったに違いない。

 今や集落の民の大半が、彼女の支持者だ。努力家で滅私奉公するその姿を見続けてきたのだから。政治的に重要な地位を築く為に、恐らくは兄を集落に取り戻すだけの権力を得る為に、彼女はその純真で快活な性格を自らねじ曲げたのだ。


「……次の会合は三ヶ月後よ。それまでに、何とかしてみせる」

「マリ。お前がそんな風に頑張ってくれたのは嬉しいし、お前の気持ちも分かるよ。でも、そんな強引な手を使うのは……」

「『お兄ちゃん』には……あの日、私がどんな気持ちだったか、なんて分からないのね。ろくに顔も見れないまんま家族を引き裂かれた私の心の痛みがどれ程のものか……!」


 歯を食いしばるマリ。目に涙が浮かぶ。シムリはおろおろとして、これ以上言葉をかけられなかった。立ち上がったマリは、素早く涙を拭うと、傍らの鞄の中から大きな麻袋を差し出した。


「……昨日村で取った鹿。脚んとこ、ちょこっと分けてあげるから、食べて」

「う、うん……ありがとう。最近肉があんまり取れなくて困ってたんだ」

「私の所もそうだけど、最近妙に獲物の数が減ってきてる。他の森から来た狼の群れでもうろついているのかも。貴方も食べられないように、気をつけて」

「安心して。僕の肉なんて食べたら、きっとその狼も死ぬだろうから」

「冗談のつもりはないんだけど? 気をつけてよね。後少しの辛抱なんだからね」

「いや、だからそれは」


 マリは最早聞く耳を持たなかった。風のように出口に駆けていくマリの背中は、あっという間に彼方まで遠ざかっていく。

 このままでは本当に集落に押し戻されるかも知れない。そうなった時の想像をして、シムリは背筋を冷たくする。同族から向けられる軽蔑の視線をまた味わうくらいなら、いっそここでくたばった方がまだマシだと、シムリは本気で考えていた。

 話を聞かない頑固者。昔は自分や周りの人の言う事をちゃんと聞く『いい子』だったのに。


「……でも、肉は本当にありがたい」


 シムリは麻袋を広げる。鹿の後ろ足、ちょこっとどころかまるまる一本が入っていた。シムリは手を擦り合せて、マリと鹿の命に感謝を捧げた。

 今日は豪勢な夕食を取ろう。また明日から頑張るために。

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