29(第2章完). 『動く金鉱』事件の後日
『動く金鉱』の制覇が完了して、数日が経っていた。
結局、カバリには一切のお咎めはなかった。『野蛮なボスカ』達を害した証拠が無い以上、彼女は単に『漁父の利を得ようとして失敗した冒険者の生き残り』でしかなかった。
「しばらくは……冒険する気にはなれないけど、なんでかな。皆に後押しされている気がするの」
カバリはいつの日か、再び冒険に旅立つ事になるだろう。
シムリもまたお咎めはなかったのだが、メアを嘘つきにする訳にも行かないため、自分で保管していた鉱毒の結晶は、口の中に溢れる涎を飲み込みながらも、モンスターの駆除用として冒険者ギルドに提供した。
生命に害を成す毒を凝集したその結晶を見て、ギルド付きの魔術師や錬金術師達がその純度と殺意の高さに顔を引きつらせていたが、それはまた別のお話。
シムリが持ち帰った巨獣の角は、『土喰らう巨獣』を討伐した証と正式に認められ、シムリは一躍『動く金鉱』を攻略した新人冒険者として、俄に注目された。ギルドから支払われた報奨金は数千万タリにも上ったが、シムリはその大半を『野蛮なボスカ』達に譲った。元々、『動く金鉱』の攻略は大半が『野蛮なボスカ』のパーティによるものだったのだ。シムリはそう言って、頑に金を受け取らなかった。
ギィはシムリとは別で、ちゃっかり自分の分の報酬は確保できていたので、文句を言う事も無かった。
しかし、『野蛮なボスカ』達も、その報酬の大半をカバリに譲ってしまった。周囲を驚かせる彼らだったが、『野蛮なボスカ』は悪どい顔でカバリにこう言った。
「姉ちゃん、お前しばらく冒険者休むんだってな! だったら、この金で酒場を開け!」
「う、うう美味い酒を、だ、出すんだぞ! そんで、そんで、そんで! お、俺達の酒代はタダ……!」
「いっぱい飲む! 金無い、心配無い、酒飲む! それ、一番幸せ!」
「そんなんなったら、アタシら毎日通っちまうねぇ……カバリ、どうだい? マジでやってみないかい?」
カバリはその金を受け取り、四人に深々と頭を下げた。
仲間を失い失意にくれていた彼女は現在、酒場の新人オーナーとして、開店準備に奔走している。町中を急がしそうに駆け回る彼女は、悲しむ暇さえ無いようで、シムリともすっかり顔を合わせる事はなくなっていた。
それでも、毎朝彼女は、冒険者達の共同墓地で手を合わせているらしい。ギィがそう語っていた。
「寂しいんじゃねえか? カバリと会えなくてよ」
「……あぁ、まぁ。そうですね」
その夜仕事を終えて、シムリはギィと合流した。初めてこの町に来てから通い続けたこの酒場『ブレス』とも、もうじきおさらばだろう。
カバリの店が開いたら、シムリはそちらに行くつもりでいた。ギィからは冷やかされたが、惚れた腫れたの話じゃないといくら言い聞かせても聞かないので、諦めて『そう言う事』にしておいた。
「……ホント、カバリさんとボスカさん達には、最後まで振り回されっぱなしでしたよ」
「いつかはお前も慣れるだろうさ。こんなのは、ここじゃ良くある事なんだからな」
ギィはそう言って、シムリから視線を外して周囲を眺めた。つられてシムリも視線を周囲に走らせてみる。
三つ向こうのテーブルでは、フードを被った怪しげな集団が顔を寄せ合って話をしている。
反対側では、酔っぱらいに絡まれている酒場のウエイトレスを、身を挺して庇おうとする新人の冒険者がいた。
カウンターでは、中年を過ぎた魔術師が、『もう潮時なんだ』と泣きながら、強い酒を煽り続けている。
「分かるだろ? お前が巻き込まれた事件なんて、ここじゃ精々日常のアクセントでしかない」
毎日どこかで誰かが涙し、一方で誰かが笑っている。人生の大一番を賭けた者も、つかの間の平穏を楽しむ者もいる。
だが、きっとここに居る誰もが、何かしら夢を見ている。だからこの無限大陸にいるのだ。
彼らが夢を追い続けられるのか、いつかは諦めてしまうのか、それは誰にも分からない。なんせ、無限大陸では何だって起こる。
だから今日も、この『ファースト』の町は騒がしい。
「お前も、本腰入れて冒険者やる時が来たか? 飽きる事だけは絶対にねぇぜ」
「そうですね。僕も、母親や生まれの事、知りたい事は沢山ありますが……」
「おう、『クソ野郎のシムリ』じゃねぇか! 今日も下水道掃除ご苦労さん! そのジョッキのはビールか? それとも小便か?」
酔っぱらいの冒険者達が、シムリ達のテーブルをすれ違いざまにからかった。
ギィは呆れたような顔をしたが、シムリは黙って、ジョッキをテーブルに叩き付けて、冒険者を鋭く睨みつけた。
シムリはそのまま何も言わずに、ただ目線だけでその冒険者を威圧している。
やがて、冒険者はバツが悪そうにぺこぺこお辞儀をして、愛想笑いをして退散していった。
ギィが驚き混じりに、感心したのか、ヒューと口笛を一つ鳴らした。シムリも慣れない事をしたせいか、上気した頬を手で仰いでいるが、その表情は爽やかだ。
「差し当たっての目標は、『クソ野郎』の渾名返上でしょうかね」
「全く、違いねぇな」
シムリはほくそ笑みながら、酒を一口で飲み干して、大声でお代わりを注文した。




