28. 嘘が生む大団円
塞がれた坑道は、目を覚ましたカバリの土の魔術により退けられ、三人はようやく坑道から帰還した。
途中、冒険者ギルドが率いる救助隊と『野蛮なボスカ』のパーティが『動く金鉱』へと急ぐのを見つけ、そこで合流する。巨獣討伐の証明として、巨獣の角を持ち帰っていたのが功を奏した。救助隊の数名を残し、後処理と巨獣の遺骸確認の為にギルドはそのまま『動く金鉱』へと向かっていく。
『野蛮なボスカ』の面々はその場に残った。彼らも病み上がりの身体を引き摺って来ていたようで、無理にダンジョンに赴く事はない、とギルドに押し止められた。
「本当に……本当に、ごめんなさい……」
カバリは『野蛮なボスカ』と、冒険者ギルドの職員に、自身の冒した罪を全て、包み隠す事無く詳らかにした。カバリの言葉を、ボスカ達一行は目を瞑って真剣に聞いていたが、やがてボスカが天を仰いだ。
「なぁ、ギルド職員さんよ」
ボスカは自分の隣にいて、同じく難しい顔で記録を取っていたギルド職員に声をかける。
「この嬢ちゃん、処遇はどうなるんだ?」
「そうですね……まず間違いなく、冒険者としての資格は剥奪となります。幸い、その毒による死者もありませんでしたので、処刑までは行かないでしょう。ギルドの管理下にある牢獄での懲役か、あるいは罰金、と言った所ですね。むしろ、今の話が事実であれば……シムリさん、貴方にも詳しくお話を伺わねばなりませんよ」
「え!? なんで僕が!?」
「今の話では、カバリさんはシムリさんから毒物を奪い取ったと言う事ですが……シムリさんと共謀していなかった、と言う証拠もない。そもそも何故シムリさんは、鉱毒をわざわざ結晶化して集めていたんですか? カバリさんに加担して『野蛮なボスカ』のパーティを破滅させようと目論んでいたのではないのですか?」
ギィがシムリを白い目で見る。まさかこの人までそんな与太話を信じるのだろうか。共謀したかどうかの証拠はない。だが、シムリが毒の結晶を精製していたのはまぎれも無い事実。むしろ主犯格として疑われる可能性さえある。
カバリが必死に「違います! 本当に私が全部やったんです!」と職員に説いているが、彼の視線には疑念が強く含まれていた。
どうすべきか。自分は毒物を好んで摂取する異常な性質がある、と言ってしまうべきか。悩むシムリを見かねたのか、ボスカの隣で話を聞いていた『女騎士崩れのメア』が、膝を叩いた。
「面倒臭いね、アンタ達! なら、一つ、私が話をさせてもらうよ」
メアの良く通る声に、一同が一斉に彼女に注目した。
「まず、その姉ちゃんはまるで『シムリから毒の結晶を奪い取って私達を毒殺しようとした』みたいに話してるけど、実際は違うね。実際は、その姉ちゃんのポケットに偶然、シムリの持っていた毒の結晶が転がり込んだ。アンタら一回抱き合ったろ?」
「だ、抱き合った訳じゃないです! ボスカさんに、押しのけられただけで」
「こまけえこたぁいいんだよ!」
メアが鬼の形相でぴしゃりと言い放つ。あまりに鋭い言葉に、思わずシムリとカバリは揃って背筋を伸ばした。
「それを一緒に飲んでる時に、この姉ちゃんが見せてくれた訳だよ。多分、後でシムリに返すつもりはあっただろうけどさ。シムリは多分、アレだろ? その毒を、モンスター用の罠かなんかに使えないかって、ギルドに提案するつもりだったんだろ?」
「え!? は、はい!」
シムリは反射的に肯定してしまったが、メアが言っている事を後から反芻して、なるほどと理解した。メアは、中々に頭の回転が速い。
「すまないねぇ、それを横取りしちまって。でも、毒の塊、なんて物見せられちゃ、肉体自慢の私達が試さない訳が無い。そうだよなアンタ達!」
話を振られたシロックとマリオは、待ってましたと言わんばかりに声を張った。
「……そ、そそ、そうだよ。僕達は、じ、自分達で、毒だ、って分かってて!」
「度胸試し、俺達、好き! 死ななかった、俺達、強い! 証明した!」
「ちょ、ちょっと皆さん!? 一体何を言って」
困惑するギルド職員に、メアもマリオもシロックも、揃いも揃って至近距離からガンを飛ばす。
屈強な戦士三人に睨みつけられ、職員は震え上がり黙りこくった。今、この場には事件の状況証拠しか存在しない。ならば、一番声高に叫ばれたストーリーが真実となる。カバリはもちろん、シムリも無罪放免だ。何故なら、彼らが毒を煽ったのは、それを承知だったのだから。
困惑するカバリに、不器用なウィンクを送るメア。
やがて、『野蛮なボスカ』が大口を上げて高笑いを上げた。
「はーっはっはっは! お前ら揃いも揃って、とんでもねぇ大バカ共だな! ……あ? 『お前が一番の大バカだろ』って? ちげぇねぇ!」
「誰も何も言ってねぇよバーカ!」
うるせぇバカ! 等と言いながら、ボスカは三人が騒ぐ中に飛び込んでいって、肩を組んで歌い始めた。
「……本当に、これでいいんですね、皆さん」
ギルド職員が確認の為か、そんな事を聞いてみる。しかし、ボスカ達は何も聞いちゃいないようだった。ギルド職員は肩を竦めて、自身が今綴っていた報告書をびりびりに破り捨ててしまった。
「全く、冒険者の方々がみんな、これくらいお人好しなら、我々も気苦労が無くていいんですが」
「こんだけバカばっかだと苦労の方が多いだろ」
「……それもそうですね」
あはは、とギルド職員とギィが冗談で笑い合っている。カバリは小さく肩を振るわせながら、しみじみと涙を流していた。小さい「ありがとう」と言う声は、近くに居たシムリにしか聞こえなかった。
——『野蛮なボスカ』のパーティは、後世でもその評価が対極に分かれる冒険者達であった。馬鹿で能天気で粗野で下品な連中の集まり。酒と女に狂い、手にした金は一晩で使い切る生粋の刹那主義者で、酒乱の粗暴者達だと見る評価が大きい。
だが、一部の近しい者が、彼らの真の姿を語り継いでいた。
『傲慢で、強欲で、底抜けのお人好し。本当に気持ちのいい連中だった』
『彼ら程、冒険者と言う呼び名がふさわしい連中はいないだろう』




